3.たんこぶ令嬢
■□■□ナタリーSide□■□■
「スコット・ハイトランド侯爵様と婚約ですか。」
「そうだ、相手は侯爵だ、なんと云う幸運だ、喜べナタリー。」
アントニオ様との婚約が解消されてから三ヵ月も経たないうちに新たな婚姻の話が運ばれてきた。
やっぱりお父様は私の事が疎ましいらしい。
「相手方は直ぐにでも婚約を結びたいと仰られてな?1週間後お前を連れて侯爵家に行く事になった、直ぐに出られる様に用意だけしておくように。」
私の方を見もせず書類に目を通しながら話す、もうこれは決定事項なのだと告げられた様なモノ。
イエスしか言わさないとでも言いたげな顏をしておられる。
「・・・分かりました。」私にはこの言葉しかもう選べないのだ子爵家をどうする事も出来ない。
「良かったわね~ナタリー、アントニオ様の事でこのままいけば貴女はどこにも貰い手がなくなったからお父様も困ってらしたのよ?感謝なさいね?」あからさまに安堵した様子で話かけられた。
「・・・はいお義母様。」
俯いて軽くお辞儀をし執務室を出るとメロウと家令のトマスが話をしていた。
「ナタ・・・お義姉様・・・お父様とは何のお話をされたの?」
碧い瞳が揺れている、きっと私を心配してくれているのね、こんな時でも少し心が軽くなる気がする。
「スコット・ハイトランド侯爵様との婚約が・・・1週間後に決まったの。」
「まさか?!スコット・ハイトランド卿は齢70代の方だよ?それに後継は娘婿が継いでおられるのに何故?!」
まさか信じられないとでも云う様な顔をしてメロウはナタリーを見た。
「・・・そうなんですの?」
「はい、ナタリーお嬢様に釣り合う御年齢の方はおられなかった筈です。」
貴族鑑名簿を把握しているトマスはハイトランド侯爵家の事も良く知っているいると話すが沈痛な面持ちで苦く唇を噛みしめた。
「トマス、内情がどうなっているのか調べてくれる?出来たら3日内に・・・。」
「はい、畏まりました、早急に調べてまいります。」トマスは足早に階下へと去って行った。
「・・・お義姉様、1週間後に婚約式って・・・本気?」
メロウが今迄見た事もない様な怖い顏をしている。
碧い目が冷たい光を放って静かに怒っているみたいだ、誰に?私に?
「そうみたい・・・用意しなきゃいけないわよね。」
情報が何もないし不安が胸を押し寄せる、子爵家の娘として生まれて来たのだからこれは義務なのだと自分に言い聞かせ顔をあげた。
「そんな顔をして笑わないでよ・・・。」
メロウの方が泣きそうな顔をして私の肩口で頭を伏せる。
最近ずっと2人で居る事が当たり前みたいになっていたから、少しでも寂しいと思ってくれてるのかな、そうだと嬉しいなと思った。
緊張していた事に自覚がなかったみたいで、ふらりと足元が揺れてしまう、思わずメロウの肩に私も顔を寄せると温もりが伝わってくるメロウはそっと抱きしめてくれた。
ああ、やっぱりあの子だ。
初めてお母様と街に出かけた先に、あの子は大きな瞳で私達を見つめて声を掛けてくれた。
まるでお日様みたいな笑顔で、たった1度会っただけだったけれど私には忘れられなかった。
*
「あの子とお話したの?ナタリー。」
「うん、あの子凄く可愛いかったから髪留めあげたのよ。」
「そう、何て言ってたの?」
「貰っていいの?って聞いてきたの、だからいいよって。」
「そう、仲良くなったのね。」
「うん、また会えたら仲良しになれるかな。」
「そうね、なれると良いわね。」
お母様は私の手を繋いで笑い掛けてくれた。
「私より年上かしら?お姉さんかしら?」
「ふふ、ナタリー見た目で全部を判断しちゃダメよ。」
「どうして?」
「あの子はあなたの騎士よ?」
「騎士様?」
「そうよ騎士になるの。」
私のお母様は類稀な神の祝福を持っておられた。
子爵家の隠された秘匿の神の贈り物なのだそうだ、直系の者だけが継承するらしい、けれどこの力を悪利用したり子爵家の繁栄だけに私利私欲で働くとたちまち消えてしまうのだそうだ。
お母様は人の身体を見ると纏う色や瞳を見分けるだけで善い者、悪き者が分かるのだと云う。
けれど、少しずつ人は変化してゆくモノで、善いモノにも悪いモノにも成り得るのだと最後にお母様は教えてくれた。
醜い自分の心を見ないフリをしたり、憎悪に支配されてしまう人は、悲しいけれど黒く灰色に染まってしまい最期は亡くなってしまうのだそうだ、そんな人を沢山見て来たとも言っておられた。
そしてお母様が亡くなった後暫くして、私に祝福の力が発現した。
知らなかったのだ神の贈り物はこうして継承されていく事を。
「初めましてお義姉様、安心して?お義姉様の物を全部奪ってあげる。」
(あぁ、なんて綺麗な澄んだ碧い色・・・瞳と同じ色を纏っている、ずっと眺めて見ていても飽きないくらい、生まれて初めてだわ、こんなに優しい色を纏う人を見るなんて、お日様の光を浴びる空の様な人。)
この子はお母様が言っていた騎士様ではないだろうか。
直感がそう告げている。
メロウはいつでも私の物を欲しがってみんなの前で大袈裟なくらい派手な行動を必ずする、屋敷では私を疎い使いの者でさえお父様の顔色を伺っていたのにメロウは違った、誰も近づいては来ない私にも全く気にせずの様子だった嬉しかった。
身体が見えないくらい錆色に染まったメイドは私にいつも言っていた【たんこぶ令嬢】と、お父様にとって私はいらない娘だから。
お母様が生きておられた時もお父様と話などなかったし、普通の親子関係とはかけ離れている気がしていた。
アントニオ様との婚約で後継者が私ではないと告げられた時、メイドの言う通りそうなのだと思わず納得してしまう自分がいた、もう修復さえ出来そうになかった。
屋敷に訪れた碧い色を纏うメロウはずっと変わらない子だった、【たんこぶ令嬢】と言われた私にずっと付き纏い「あれもこれも頂戴」と言う、私は戸惑うばかり、スカートを破ったり、スープをひっくり返したり、布団を窓から投げた時は「あなた本当にコレが欲しいモノなの?」って笑いそうになった。
本当は与えてくれているのにそれを言うとはぐらかすメロウ、お母様が大切にしていた絵本をずっと探していたのを内緒で見つけてくれたのにわざとらしく知らないフリをしてくれた。
アントニオ様の前で貴方は碧い色をまるで炎の様に燃え上がらせ、その怒りを天井一杯に届くまで碧く拡げて私を守ってくれたわ、本当の姿を隠しながら。
(あなたを見ていると私の心も澄んでいく、こんなに穏かで美しい色を纏うあなたの傍に居たかったけれど無理みたい、さよならメロウ可愛い騎士様、あなたの本当の姿を私は見る事が出来なかったけれどとても素敵な生活だった。)
一週間後、両親や家令に見守られナタリーはソアラを連れてスコット・ハイトランド侯爵の下へひっそりと嫁いで行った。
もうちょい続きます。
読んで下さいまして、有難うございます。