2.欲しがり義妹の本当の姿
□■□■メロウSide(幼少)□■□■
「貴方はジュリアさんのお子さんね?」
「うん、そうだよ!おばさん誰?」
夕陽が沈みだし、うす暗い街灯の下に女の人が立っているのが見えた。
ロングコートにケープを羽織っていて姿がハッキリとは見えずらかったのでメロウは目を凝らして瞬きした。
お客だと思い弾ける様な元気な声で顏を上げるがそれ以上近づいて来ない事に訝しげに思った。
「おばさん、店もうすぐ開くから寄ってく?」
自分の顔がとびきり可愛い事を知っているので言葉と満面の笑みで大概お客は店に入ってくれるのに今日の女の人は微動だにせず只、街灯に佇みメロウを眺めていた。
「おばさん?来ないなら急いでいるから戻るね。」
「あ・・・待って。」女の人はメロウに近づき掌に飴と少しの金貨を渡した。
「何?・・・これチップ?」
「いいえ、違うわ、貴方が本当に困った時に使って頂戴。」少し屈んでメロウの瞳を見つめる。
優しいヘーゼルの色が見える、少し揺れている様な気もするがメロウは咄嗟に貴族の女性だと直感的に思った平民の女性は普段香水等付けない、でもこの女性からは仄かに甘い香りがするからだ。
「おばさん、あ、ありがと。」
平民に施しをする貴族は時々気まぐれにチップとして銅貨を渡してくる。
食事のサービスでまっとうな対価だとメロウは思っているが、この金貨はチップではないとすれば、ただで貰って良い金額ではないくらい子供ながら分かっているから気後れがした。
「貴方は賢い子ね、これは決して施しではないのよ、ジュリアさんには内緒にしてね。」
女性はメロウの母親を知っているらしい口ぶりであったが、知り合いなのかどうかと確かめる事に一瞬躊躇いを感じたので黙ってコクリと頷くだけにした。
施しではないと女性は言ったがでは何のお金なのだろうかとメロウは気になり手元をじっと眺めた。
「それじゃあね。」
女性はクルリと踵を返すと左のスカートの裾辺りに小さな影が差す、小さな女の子も子居たのだ。
歩き出したその子は茶色いサラサラの髪の毛にピン留めが両端にキラキラ光っている、すると女の子は突然来た道を逆戻りしメロウに向かって歩いて来た。
「な、なに?どうしたの?」
「コレ、あげる半分こ。」
「え、いいの?」
「いいよ。」
人形の様に可愛い、今まで自分が見てきた女の子達の中でもダントツにとびきり可愛い子だと思った。
自分の顏は街では1番だと自慢げに思っていた事が恥ずかしくなるくらいに。
女の子はニコリと口元を綻ばせ、女の人と同じく優しそうなヘーゼルの瞳が弧を描いてメロウを映しだす。
「じゃあ、さようなら。」お辞儀を軽く、女の人が待つ場所へと歩いて行ってしまった。
掌の中に可愛いピン留めがキラキラしている、花模様のガラス細工は丁寧にあしらわれており、街の商店では売ってなさそうな感じがした。
メロウの髪は薄い金髪でクルクルツンツンしていてまるで鳥の巣みたいだった。
そんな髪に留めろとでも言うのか、平民は毎日丁寧に髪の手入れなんかしない、こんな可愛い髪留めは自分には全然似合わないと思った。
「あの子可愛いかったな。」
ほぅと溜息が零れるとジュリアが急かす様にメロウを酒場のカウンターに呼ぶ。
「メロウ何ぼさっとしてるのさ?!これ持って行きな。」
「ほ〜い!!」口を尖らせボヤキながら接客をするメロウ。
自分の親ながら、さっきの女の人と同じ生物とは思えなかった。
がさつで無神経で大きな声を出して笑うジュリアが時々嫌になる、あの女の人が母親だったら良かったのにとメロウは不謹慎にも思ってしまうくらい母親として質が良いとは言えない女だった。
男にもだらしがなく、頻繫に彼氏が変わる度にジュリアはしょっちゅう騙されて捨てられて泣いていた。
メロウの父親はどこの誰なのかもさっぱり分からないらしい、自分を育ててくれた恩は感じているが子供心にジュリアの奔放さと乱れた生活を内心軽蔑していた。
「あんた!どうしてこんな良い髪留め持ってんのさ?!きゃはは似合わないだろ~?」
「ちょっとやめろよ!貰ったんだよ!」赤くなりながらジュリアの手からひったくる。
「ふ~ん?いい客なんだね?あんたが男とも知らずに騙されてんだからさ~~!!」
ジュリアは嬉しそうに柔らかいメロウのホッペを突きながら揶揄うと頬を膨らませて反論する。
「うるさいな!そんなんじゃないよ、それに女のフリはやめるから!」
「もうすぐ背が伸びて声がかわるから本気で止めるからね!」
「えぇ~?残念~マーカスが本当に女の子だったらもっと稼げるのになぁ~。」
ジュリアはさも残念そうに嘆く、客を騙して稼ぐ等自分が望んでした事ではない。
お店に可愛い娘がいるという理由だけで酒場へ足を運んでくれる男達が増えて売上が伸びるからだ。
「まぁ稼ぐだけ稼がせて貰って大人になったらあんたの好きにしたらいいよ。」
ジュリアは男にもお金にもだらしがないが子供に対する愛情はちゃんとあった、メロウはそれを知っているから冷たく出来ず嫌いになれない、母親を助けてあげなければと思う気持ちでずっと我慢していた。
「15歳になったら女の格好なんか似合わなくなるよ。」
マーカスにすれば学校にも通えず女の子として生活するなど屈辱でしかなく店が繁盛するという理由でなければこんな馬鹿げた事をしたくない。
「分かったよ!もう、マーカスは真面目なんだから~。」
仕事をする事は好きで、体を動かす事も苦痛ではない。
時々必要以上に触ろうとしてくる客を躱しながらもこんな毎日が続いて行くのだろうと思っていた。
最近頻繁にジュリアに会いに来るかつての元恋人が自分達の生活を一変させる事等、思いもしなかった。
◆◇◆◇メロウSIDE(現在)◆◇◆◇◆◇◆◇
「マーカス様、この内容をどういたしましょう?」
「う~ん、そこの商会は眉唾物だからこの商品に手を出すのは今回止めておこう。」
「畏まりました、制約をつけて返送し今後の違約を含め警告致します。」
「うん、今後は西の交易は要注意だね。」
「スティングレイ家の棚卸しの帳簿はお確かめになられますか?」
「そうだね、子爵が戻って来られたら再確認できる様に月毎に取り分けておいて。」
「はい、了解しました。」
7街区の寂れた街の外れに小さな商会がある、真新しい物は取り分け無いが古くても品質の良い物を売っている。
海外製のペンであったり、国内の名前も知られていないが狂いが少ない緻密な置き時計や、携帯ルーペに銀細工の瀟洒なカフスと様々な物が店先に並んでいた。
店の名前は【Y&NfaetM】
かつて酒場の店先で出会った女性から貰った資金でマーカスは店を開いた。
若干13歳で店を出す等、到底出来る事ではなかった上に信用にも関わる商売を子供が切盛りなど出来る訳がなかった。
しかしマーカスはそれをやり遂げた、協力者がいたのだ。
【スティングレイ夫人】と名乗る者からの全面的なバックアップに子爵家のコネクションをフルに持たせてくれた。
貴族からの大盤振る舞い等、何かリターンが無ければ普通はやらない、ましてや子供が商売を手掛けているなんてハイリスクでしかない、なのに夫人はマーカスに運営を勧めたのだ。
商売のノウハウも学校にさえ通ってなかったマーカスの為に家令のトマスが手取り足取り徹底的に仕込んでくれた、店は目立たずひっそりとしているが海外からも注文が徐々に入りやっと昨年軌道に乗り出したのである。
まだまだ新参として情報収集やルート等覚えなければいけない事が山積みではあるがマーカスは生き甲斐として懸命に働いたのである。
しかし意図せず悲報は降ってきた。
【スティングレイ夫人】が息を引取られたとの一報が入りマーカスは深く嘆き悔やんだ。
大恩を返す事が出来なくなってしまった、夫人の葬式に平民が参列出来る筈もなく、遠くから見送るのが精一杯でせめて夫人の月命日には墓前に花を捧げようと誓い今もそれは守っている。
けれど悔しくて悔しくて自分の非力を恨めしく思わない日はなかった。
何故なら自分が夫人を苦しめる存在だった事を後から知ったからだった、ジュリアは愛人で夫人を脅かす存在であった事を。
「憎いであろう相手の子供に何故こんなに手厚く援助までしてくれたのだろうか。」
何度考えてもマーカスには分からなかった、その答えさえ永遠に聞く機会を失ってしまった。
1度も夫人にまともなお礼を捧げられないままに・・・初めて誰かの為にマーカスは泣いた。
(自分は余りにも無力で世界を知らないでいる、スティングレイ夫人の為にも自分の為にも、これから沢山知らなければならない事が山程ある、もっとこの商会を通して自分は大きくならなければダメだ、誰かを守れるくらいに大きく、それが夫人が残してくれた唯一僕との運命共同体。)
「夫人の最期の願い、ナタリー様を幸せに導くこと・・・。」
(嫌われたっていい、周囲が何と言ってきたとしても、これだけは約束するよ。)
自分の道を明るく照らす道程の様にも感じる、墓前に毬の白い花を添えてマーカスは祈りを捧げた。
*
ロア・スティングレイ子爵が経営する商会は既に形骸化しており今月も赤字が続いている。
「はぁ・・・お先真っ暗なのに2人で仲良く海外旅行ですか、いい気なもんだよ。」
書類の▼赤マークが増え続ける事を両親は把握出来ていない。
特にジュリアは子爵にちょくちょくおねだりをする【ドレスに宝石に靴に髪飾り】と自分を着飾りご満悦な様子でまるでお金は無限に湧き出てくると思い込んでいるようだ。
「トマス、このまま行けばナタリーが被害を受けてしまう・・・早めに良い縁談はないものだろうか?」
本心は気が進まない、ジレンマを感じながらも【優しく穏やかな性格のナタリーを大切にしてくれそうな男性】を探してはいたがこんなに苦痛な気持ちを味わうとは思わなかった。
この間の婚約解消が後を引きずってなのか釣書きが少しずつ減ってしまっているのも心配でもあった。
トマスは釣書きを吟味しながら軽く首を横に振った。
「あの屑男のせいでナタリーが謂れの無い中傷を受けてしまったんだ、それに愛妾母娘の醜聞も貴族として彼女の足を引っ張る要素だよね。」机の上で拳を強く握り焦りを露わにした。
「マーカス様、ナタリーお嬢様は物静かな方ですからこの際、キチンとお話しをされる事をお勧めいたしますわ、ご自分の状況等も踏まえて子爵家の事もちゃんと分かっておられますとも。」
静かに頷きながら慰める様に背を優しくさすった。
既にメロウの正体を知り、家令のトマスと共に陰日向にとソアラ達は子爵家を支えてくれる存在となって2人の姉妹を見守ってくれていた。
スティングレイ子爵家のメイドやお付きの者達は中枢以外殆どいなくなった。
それはメロウ(マーカス)が繰り返す嫌がらせや我儘で辞めてしまったと云う噂を表向きとして流している、ナタリーを蔑ろに扱った者を弾いて行った結果でもあるが、子爵家の台所事情が芳しくないのが真実であった。
「そうだね・・・だから余計にナタリー様を追い詰めたくないんだ。」
幾度も傷つけられてきた彼女の諦めた顏を見たくない、幸せを望んで欲しいとマーカスは思っているがナタリー自身が願わなければ意味がないのだ。
子爵家を上手にやり繰りしていたスティングレイ夫人のやり方を真似てマーカスは維持する方向に舵をきってはいるが、自分の両親が金食い虫であるために今後5年の見通しをシミュレーションすれば早くて3年で破綻する事になる。
「あ~~~いよいよダメなら僻地に送るか!」
「僻地に誰を送るの?メロウ、何かあったの?」
ナタリーが顏を覗き込んでいる事にも気付かず思わず「ひえ!」と淑女らしくない声を出してメロウは後ろに勢い良く大回転した。
「きゃあ、大丈夫?頭打ってない?ごめんなさい、急に声を掛けてしまって驚いたのね?」
「ううん、全然平気!平気!平気!大丈夫、大丈夫!!」
顏から火が出そうだった、スカートも全部捲れ上がり中身をナタリーに晒してしまうとは迂闊だった慌てて裾をはたいて勢いよく立ち上がり椅子を戻す。
(うっかりしてた、執務室で領地の勉強しようってさっき2人でココに来たんだった・・・。)
「フフフ、お転婆なのね、1回転するとは思わなかったわ。」
「うぐ、そうなの!私ってばアクロバットも出来るのね知らなかったわ。」
「いけないわ、メロウに素敵な人が現れたら1回転を見て驚かれるわよ?」
「別にいいよ、その人も1回転させるから。」
その返答にナタリーは声を出して笑いだした、会心の一撃とも言える笑顔に心臓が大きく鳴る。
屋敷のメイド達や両親がいない今、2人は壁がなくなった様に仲良くなり距離が近づいた、ナタリーは色々と話をしてくれる様になりメロウは過剰な振る舞いをして牽制しなくても良くなったからだ。
「ナタリーお義姉様は・・・アントニオ男爵令息をどう思ってたの?」
「え?・・・そうね、この子爵家を担ってくれるパートナーだと思っていたわ。」
「そう、好きだった?」義務的な回答に胸が苦しくなる。
「好き・・・になれればいいな、と思っていたわ。」
【なれなかった】と暗に語っているのが分かる、ナタリーは努力をしていたのだろう。
あんな屑男でなければきっと普通に良きパートナーとして結婚して仲睦まじく過ごすうちに好きになっていっただろう想像に難くない。
ただ【そこに自分がいないだけだ】何故かメロウは泣きたくなった、もう欺いている事が嫌になってきている。
(こんな可愛い人を手放そうとするスティングレイ子爵は愚か者だ、人を貶したり悪く言ったりしない思いやりのある令嬢なのに、何故こんな酷い仕打ちをするんだ?僕なら絶対に大切にするのに!僕がナタリーと結婚できるなら何でも我慢するし何でもやってみせるのに。)
「メロウ?急に黙ってどうしたの?」
「お義姉様に次はまともな婚約者が来るといいなと思ってたの。」
「私よりメロウが先にどうぞ?」
「ダメ!ダメ・・・逃げ腰はダメよ!」
「逃げ腰じゃないわよ?今がとても楽しいの、メロウといる毎日が凄く楽しいの。」
ナタリーはヘーゼルの瞳を細めて優しくメロウの手を握り締める。
そんな姿をみせられると勘違いしてしまう自分がいる、これは完全に思い違いのひとりよがりだ、だってメロウはナタリーにとって義妹なのだ、天地がひっくり返ってもあり得ないのだ。
それでも告げずにはいられなかったナタリーが誰かのモノになってスッキリ忘れられてしまうなんて耐えられないから。
「もしも・・・もしも、ナタリーお義姉様が結婚したくないと言うなら。」
心臓がキュウと音を立てて締まる気がする、顔面の毛細血管と云う血管が凄いスピードで駆け巡っている。
「お義姉様の人生を私に頂戴!!」渾身込めて爆弾を投下してみた。
欲しがり義妹にも程があり、シスコン過ぎる発言である。
手が震えた、けれど目を逸らさず告げられた事を自分で褒めてあげたい、ナタリーは大きく瞳が見開かれている、困らせたい訳でもないのに急に恥ずかしくなり勢いよくメロウは俯いてしまった。
「んんっ!!お嬢様方?!お茶のお代わりは宜しいですか?」ソアラは咳払いをして声を掛ける。
「わ、私はいいわ!」
メロウは弾ける様に席から立ち上がり、扉を勢いよく開けて走って行ってしまった。
「メロウ・・・。」
握り締めた手を離されたままでナタリーは消えた扉に声を掛けていた。
その2日後両親が海外旅行から戻り、新たにナタリーの契約結婚の話が急に決まったのだ。
読んでいただき有難うございますマーカスの店名は【Y&NfaetM】ユフィアとナタリーの頭文字を入れてます、てへぺろ義妹はまだまだ欲しがります。