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第5話 黒船

 その女性は、ウェーブがかかった金色の短髪と血のように赤い口紅を除けば、黒一色の姿をしていた。

 服装は真っ黒なスーツで、つばの長い中折れ帽と逆台形(ウェリントン)のサングラスもまた黒で統一されており、小柄な顔に浮かぶ表情を覆い隠しているかのようだった。

 一言で表現するならば厳格。

 先程の言動も然り、“馴れ合うつもりはない”という明確な拒絶の意思がひしひしと伝わってくる。


「その椅子ぅ……まさかそのままじゃねぇだろうなぁ?」


 砕け散った椅子のかけらが細かく散乱している。

 もっとも、そんな古御出の不満など時間の無駄だろう。

 誰かが掃除しなければならないというのであれば、その役目は彼女の言う日本人(ジャパニーズ)が担うに違いない。

 そんな先の読める雑談よりも話を進めた方がいい。統和は率直にそう思った。


「古御出さん、説明してくれないか。この女性、精霊の能力を持っている。俺がわざわざ呼ばれた理由も彼女と関係があるんじゃないか?」

「コーディー、説明しろ。セーレーとは何だ?」


 出鼻をくじかれたとはこのことだろう。統和の質問はあっさりと女性に割り込まれることになった。

 古御出も女性の方の質問に先に答える。


「アメリカで言うもう一つの(バックアップ・)霊的な(ゴーストリィ)精神(・マインド)のことだな。略称はBGMだ。日本では精霊と呼ぶ」

「ならアメリカに合わせろ。日本人(ジャパニーズ)が考えた用語(ワード)世界基準グローバル・スタンダードにならん」

「あ、あぁ?グローバル……何だって?ったくよぉ、その英語混じりの言葉遣いはどうにかならねぇのか?」

「使う機会(タイミング)もない日本語(ジャパニーズ)習得(マスター)しろと言うのか?そんな価値は無い!日本語の形式ジャパニーズ・フォームで喋ってやるだけありがたく思え!後はお前らから分かりに来い!」

「やれやれ……勘弁してほしいぜ」


 女性の発する横文字の意味を捉えるのは、もう若くはない古御出にとってはなかなかの重労働らしい。

 古御出は頭を掻きながら同情を求めるような視線を統和に向ける。

 早く自分の質問に答えろ、と彼の目が訴えていた。


「この人はフローリアだ。アメリカの連邦捜査局、いわゆるFBIの捜査官だとよ」

「FBI……何となくそんな感じはしたよ」


 これまでのやり取りで彼女がさんざん見せてきた“選ばれた優秀な人材”を自負する図々しさ。その答えがFBIというわけである。


「そいつが日本警察に要請してきたんだ、精霊を扱える奴を貸せってな。それでお前が呼び出された。詳しい話は俺も今から知るところだが、上層部からはくれぐれも失礼のないようにってお達しだ」

「コーディー、貴様はただの橋渡し(ブリッジ)だ。私の命令(オーダー)統和(トーワ)、貴様にだけ伝わればそれでいい」

(コーディーにトーワか、変な発音)

単刀直入(ストレートフォワード)に行くぞ。これを見ろ」


 フローリアが懐から取り出したのは一枚の名刺だった。彼女はそれを統和の前方へ放り投げる。

 それを手にした統和はすぐに怪訝な表情を浮かべた。


「見ろと言われたって……何も書かれていないぞ」

「今から見えるようになる」


 フローリアが指を鳴らす。

 名刺の表面がひび割れだした。


「これはさっきの椅子と同じか。名刺の中から別の紙が出てきた。これがあんたの能力ってことか」

恩恵(ベネフィット)と呼べ」

「うん?」

顧客(クライアント)が私から受けられる恩恵(ベネフィット)の一つだ。あらゆる物を携帯可能(ポータブル)に変える、しかも秘密裏(コンフィデンシャル)にな」

「統和ぁ!何を言っているのかおっさんにはさっぱりだ!翻訳してくれ!」

(俺にもさっぱりだよ!)


 統和は心の中で悪態をついた。

 とりあえず彼に分かったのは、フローリアが自分の能力について詳しく語るつもりがないということだった。

 古御出のように言葉の意味を求めた所で彼女は何もしないし、それどころか何も知らない自分たちを蔑んで悦に浸られてはたまったものではない。

 なので統和も深掘りせず、シュレッダーにかけられたような細かい名刺の破片に埋もれる、もう一つの紙に言及することにした。


「これは写真だな」

「そいつの名はチャックル・ハック。一応は米国人(アメリカン)だ」


 おそらくは隠し撮りしたのだろう。車から降りるスーツ姿の外国人を低いアングルから撮影した写真だった。

 体格は小柄で、顔にはくるりと弧を描く左右対称のチョビ髭に、茶髪と白髪の入り混じったオールバック。ぎょろりとした大きな目はやや不気味な印象を受ける。

 そしてスーツや車はいずれも海外製の高級品であることは、統和の目にもすぐに分かった。スーツの下にはこれまた高そうな腕時計が顔を覗かせている。


「“一応”というのは?」

「アメリカの誇り(プライド)のために、そいつを米国人(アメリカン)と呼ぶつもりはないということだ。病気持ちで虫けらのクズごときをな!」

(悪口は日本語で言えるのか……)


 強い憎しみのこもった口調。先程まで見せていた日本人への侮蔑とはまた異なる感情だ。


「俺も聞いたこたぁねぇがこいつは何者なんだ?FBIが追うってことはテログループの一味か?」

ある意味では(イン・サム・ウェイ)、それ以上だ。奴は世界中(ワールドワイド)被害(ダメージ)を出し続けている。覚醒剤(アイス)を撒き散らして薬物中毒者(トゥイーカー)を増やすことでな」

「おお、つまりは覚醒剤の売人だな!」

「声がでかいな、古御出さん。英語が理解できたのがそんなに嬉しかったのか」

「うるせぇ!」

「それで?ただの売人なら俺を呼ぶ必要は無い。こいつも精霊……えっとビージーエム?の能力を持っているってことでいいんだな?」

「よく分かっているじゃないか」


 フローリアは表情を変えずに言う。


「だがチャックルそのものは小者(ピーナッツ)だ。大事なのは中身()の方ではなく、それを覆い隠す方なのだ」

「あぁ?ピーナッツに殻はねぇだろう?殻があるのは落花生──」

黙っていろ(ユー・シャラップ)!どういうわけかチャックルは精霊(ビージーエム)を持つ奴といることが多い。それゆえにFBI(われわれ)も手を出せずにいた。だが日本(ジャパン)は別だ。この国の治安(セキュリティ)は奴を不注意(ケアレス)にさせている」


 フローリアがドンと強くテーブルを叩く。

 写真の周囲に散乱した紙の破片が舞い上がった。


今しかない(ナウ・オア・ネヴァー)!チャックルを消せ!それがトーワへの命令(オーダー)だ!」

「……消す?」

「チャックルが精霊(ビージーエム)を持つかは分からないが、精霊(ビージーエム)についての知識(ナレッジ)を持っている以上、貴様らに要請(リクエスト)するのが普通だろう」

「待ちなぁ、フローリア!」


 古御出が強い口調で言う。


「ここは日本だぞ!いきなり逮捕をすっ飛ばして死刑だぁ?そんな暴挙が許されるわけねぇだろうが!」

日本人(ジャパニーズ)の好む手段(アプローチ)か……ふはっ!笑わせるな、そんなお粗末な脳ミソ(ピーナッツ・ブレイン)に合わせる気はない!」

「な、なんだと……!?」

「これは米国人(アメリカン)の私が、一応は米国人(アメリカン)のチャックルを消すというだけの事例(ケース)だ!貴様らはその手段(アプローチ)として選ばれただけの道具(ツール)……個人的見解(パーソナル・ビュー)は許されていない!」

「て、てめぇ……そんな江戸時代みてぇな不平等が許されると思ってんのか!?」

「まぁ、コーディーはどうでもいい」


 フローリアが統和の方を向く。


「トーワ、やるのは貴様だ。チャックルを消せ。いいな?」

「…………」

「統和ぁ!聞く必要はねぇ!」

「別に。やるのは構わない」

「なっ!?統和ぁ!!」

「話は最後まで聞いてくれ、古御出さん。大体、俺はあんたの味方になったつもりは一度も無い」

「ぐ……!」


 そうだった、と古御出は肩を落とす。

 今日だって統和は記憶を奪われるなどと警戒心をむき出しにしてここまで来たのだ。


「だがフローリア、約束はできない」

「……ほう?」

「俺の役割は“罪を滅する”だけ。その結果、そいつが死ぬ可能性も少しはあるだろうけど、絶対じゃない。わざわざ俺を指名したんだ。それくらい分かってくれていると思ったんだが……違うのか?」

「ふん……!言ってみただけだ、分かっているさ。私もそれでいい。他に選べる道具(ツール)も無いのだからな」


 そこでフローリアは立ち上がり、本部から連絡が来たと言って部屋を出ていった。

 統和は一つ息を吐きながら古御出に声をかける。


「古御出さん、俺はあんたの味方じゃないとは言ったが、あの女の味方をするわけでもないからな」

「ふん、生意気に気を使ってんじゃねぇよ。いいんだ、正しいのはお前の方だ統和。上層部の連中はフローリアの味方なんだ。俺一人の意見なんざ通るはずがねぇ。とんだ黒船の来航だぜ」

「…………」


 統和はまた一つ息を吐く。


(違うんだよ、正しいとか正しくないとか、あんたたちの語る理屈なんて俺からすれば意味が無い。この世に正しいものがあるとしたら……!)


 それは『オーディール・ドアー』だけが知っている。

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