【5】視察
執務室にて、南の町へ視察に向かう準備が進められる。視察団だけでは干ばつの原因を究明することができず、レクスが直接に様子を見に行くことになったのだ。
「私が行ったところでなんの解決にもならないと思いますけど」
ブラムが腰に剣のベルトを装着しているため、腕を横に上げながらレクスは言った。
「それでも、レクスのお顔を見れば民も安心するでしょう」
「そうでしょうか……。キングが行かれたらいいんじゃないですか?」
「私のこの能天気な面のどこに安心要素があるんだい?」
「いや、腐っても先代王ですし」
「腐っても?」
いいですよ、とブラムが言うので腕を下げ、レクスは腰の剣を確かめる。彼が使うために誂えた物で、長さも重さも彼の身体能力に合わせてある。使うかどうかはさておき、多少なりとも安心感は与えてくれるようだ。
「まあ、どちらにしても私も行くけどね」
「あ、そうなんですか。じゃあ私は行かなくても――」
「レクス、王のお役目ですよ」
ブラムがぴしゃりと言うので、はい、とレクスは俯いた。
視察団でも解決できない問題が自分に解明できるとは思えない、とレクスは考える。自分の能力がこの王宮内で最も低いことは自覚しているし、頭が良く回転が速いというわけでもない。知識が豊富ということもないし、ともすれば一番の足手纏いなのではないかと思う。
「ルド、フィリベルト」と、ブラム。「仕度はできましたか」
「はあ〜い」
「準備万端っス!」
ルドは気怠げに、フィリベルトは気合い充分に返す。
今回の視察は、レクスとキング、ブラムに加え、ルドとフィリベルトが同行する。王の護衛として心許なく思える人数だが、レクスを除く四人は相当な手練れだ。その実力は一個中隊を簡単に退けるほどだと言う。むしろ四人も要らない、とはカルラから聞いた話だ。護衛としては充分すぎる戦力と言えるだろう。
* * *
南の町では、民が畑の周囲に集まっていた。視察団の報告では、川から水を引き上げられないか模索が続いていると言う。それも魔族の知識だけでは足りず、難航しているらしい。それが可能になれば雨が降らなくとも干ばつを解決できるだろうが、残念ながらレクスもその知識は持ち合わせていない。
レクスたちが歩み寄って行くと、茶髪の青年が振り向いた。
「よう、コーレイン」
「レクス、です」
ブラムが即座に厳しい声で言うので、悪い、と茶髪の青年――エーリクはそばかすだらけの顔を引き攣らせた。エーリクはレクスの幼馴染みだ。
「友人なんだから、いいんじゃないですか?」
「魔王を統べる王というけじめです」
きっぱりと言うブラムに、ふうん、とレクスは呟いた。
「堅苦しく考えなくていいんじゃないの?」
キングがのほほんと言うので、キングは相変わらずだな、とエーリクが笑った。
「やや、これはレクス、キング」
慌てて駆け寄って来るのは、この町の長だった。ふくよかな頬に汗を垂らしながら、帽子を脱いでふたりに辞儀をする。
「どんな状況ですか?」
「ええ、ご覧の通りで……。元々こちらに流れて来ていた川の溜め池が干上がってしまいまして……。溜め池の上流の川は流れているのですが、流れが不規則になり溜め池に流れ込まなくなったのです」
「そうですか……おかしな話ですね」
町長の話と報告書を照らし合わせて、何か妙な魔法でもかかっているのではないかと分析したが、特に何も発見されなかったと言う。木の枝など堰き止める障害物があるというわけでもなく、奇妙な流れで溜め池への水路に流れ込まないらしい。
「何か“雨の神”の気に障ることでもしたんじゃない?」
枯れた作物の葉を見ながらキングが言った。
「雨乞いの儀式はしていますよね?」
レクスの問いに、町長とエーリクが揃って目を丸くする。
「しておりませんが……。神官が病に臥せっておりまして」
ひたいの汗を拭いながら町長が言うので、今度はレクスが目を剥く番だった。
「なぜそれを報告しなかったのですか?」
町長が怪訝に首を傾げる。エーリクが代わりに口を開いた。
「雨乞いの儀式がそんなに大事なのか?」
「なに言ってるの。雨乞いの儀式は雨の神のご機嫌取りのようなものだよ。雨乞いの儀式をしなければ、雨の神も機嫌を損ねるんだ」
町長とエーリクは顔を見合わせる。予想外、といった様子だ。
雨乞いの儀式は各地で定期的に行われる。その名の通り、雨の神に雨を降らせるよう懇願するための行事だ。長らく風習として続けられているため、その本来の目的が薄れてきているのかもしれない。
この国は、雨乞いの儀式をしなければ雨が降らない温暖で乾燥した土地だ。雨が降らなければ畑はすぐに干上がる。そのための雨乞いの儀式なのだ。
「とにかく」レクスは言う。「神官のもとへ案内してください」
「は、はい。こちらです」
町長は木造の一戸建てにレクスたちを案内した。ドアをノックして名乗った町長は、返答を待たずに家の中へ入って行く。おそらく家主は応対に出て来ることができないのだろう。
奥の部屋で、初老の男性が蒼白な顔でベッドに横たわっていた。この町の神官で、雨乞いの儀式の神主を務める人物だ。
「これは、レクス」
「そのままで構いません」
慌てて起き上がろうとした神官を制し、レクスはベッドに歩み寄る。神官は顔から血の気が引き、頬は痩せこけ呼吸も乱れている。
「医師には見せたのですか?」
「ええ」町長が頷く。「魔力回路に異常があるとのことですが、どの魔法を試しても効かず……」
「そうですか……。ルド、見てください」
「あーい」
気怠げに返事をしたルドは、神官のひたいに触れて目を閉じる。神官の中にある魔力回路を感知しているのだ。ややあって顔を上げたルドは、片眉を上げて見せた。
「アンチマジックが掛かってますねえ」
そんな、と町長がぎょっと目を丸くする。
「いままで何人もの魔法使いに見せてきたのですよ」
「かなり複雑に掛けられていますからねえ。それこそ、宮廷魔法使いくらいの手練れじゃないとわかんねえっすよ」
「そうですか……」
「ルド、解けますか?」
「よ〜ゆう余裕〜。複雑つっても、解く方法はひとつっすからねえ」
軽口を叩きながら、ルドは再び神官のひたいに手を置く。目を閉じて意識を集中させるルドの手のひらから淡い光が溢れ、ゆらゆらと瞬いた。風に吹かれたように光が掻き消えるのと同時に、パキン、とガラスが割れたような音が響き渡る。ルドはゆっくりと目を開き、静かに立ち上がった。
「こんなもんすかねえ」
「どうですか、神官」
「ああ、体が軽くなりました。どうもありがとうございます」
アンチマジックはその名の通り、魔法の力を封じ込める魔法だ。魔力の保有量が多い魔族にとって、アンチマジックにより魔力回路の動きを止められるのは危険なことである。アンチマジックに掛かると神官のように起き上がれなくなるほどに衰弱してしまう。アンチマジックを魔族にかけるのは、殺すも同然ということだ。
「なぜアンチマジックなんかに?」
「実は先日、国境付近に迷い込んだ人間がいたので近隣の町まで案内してやったのです。思えば、そのときからおかしかったような気がします」
「……そうですか。それについては、回復し次第、報告書を王宮に提出してください」
「承知いたしました。お手を煩わせて申し訳ありません」
「いえ。私のほうこそ、もっと早くに来るべきでした。とにかく、いまはゆっくり休んでください。一晩もすれば元通りですよ」
「はい、ありがとうございます」
雨乞いの儀式は雨の神との交流のようなもので、高度な魔力を持つ神官にしか執り行えない。この町には神官はひとりしかおらず、彼が倒れたことで滞ってしまったようだ。
神官が回復し次第に雨乞いの儀式をするよう町長に伝え、五人は南の町をあとにした。これで南の町の停滞は改善されるはずだ。
「一件落着でよかったね」
帰路の馬車でキングが朗らかに言うので、レクスは曖昧に頷く。先ほどから考えていることがあり、キングの言葉をよく聞いていなかった。
「どうした、レクス?」
「……町長たちは、私が当てにならないと思って報告しなかったんですよね」
「事態を重く見ていなかったというだけさ」
「そうでしょうか……。ですが、キングがいなければ、私は神官のことに気付けなかったと思います」
「私の独り言を雨乞いの儀式に結びつけたのはお前だよ」
キングは慰めるようにレクスの頬を撫でる。レクスは自信を失くしたまま俯いていた。
「視察団がそれに気付けなかったことで、王宮は当てにならないと思ったのではないでしょうか」
視察団の派遣は王の務めだ。王命により調査に向かった遣いが原因を究明できなかったと考えると、ともすれば信用度を下げることになるのではないだろうか。とは言え、視察団に罪はない。レクスに彼らを咎めるつもりはない。
「雨乞いの儀式はやっていて当然という頭だったんだろうね。視察団が難しく考えすぎていたというだけだよ。それで信用を失っていたとしても、お前が解決したことでそれも取り戻せたんじゃないかな」
「…………」
キングの言う通りかもしれない。そう思うが、キングがいなければ雨乞いの儀式のことは気付かなかったし、神官のアンチマジックを解いたのもルドだ。自分は何ひとつ役に立っていない、という無力感で頭がいっぱいだった。
「ところで、レクス。気付いていないようだけど」
「……? なんですか?」
「いま、私たちはふたりきりなんだよ」
頬に触れながら言うキングに、レクスはハッと我に返る。ブラムとルドは馬車が別なのだ。
「い、いや、御者台にフィリベルトがいますし、ふたりきりではないと思いますけど」
「御者台なら何も見えないし、何も聞こえないんじゃないかな」
笑顔で言うキングに、レクスは頬を引き攣らせた。
それからキングに愛を囁き続けられたレクスは、王宮に到着する頃には、悩んでいたこともすっかり忘れてしまったのだった。