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【4】コーレインの苦手な時間

「あー疲れたー!」

 溜め息とともにベッドに倒れ込んだコーレインに、侍女のイーリスがくすくすと笑った。

「今日もお疲れ様でございました」

 カルラは公的な、イーリスは私的な侍女といったところだ。絹のような金髪をホワイトブリムでまとめた、可愛らしい顔立ちの人型の魔族である。

「今日もお布団が気持ち良い……」

「良いお天気でしたので、天日干ししておきましたわ」

「ありがとう、イーリス」

「恐れ入ります」

 イーリスはいつも、コーレインが心地良く過ごせるようにこの私室を整えてくれている。コーレインが唯一、気を抜ける場所だ。丁寧にメイキングされたベッドに横になると、体の力がすべて抜けて一日の疲れも癒やされる。これがなければ、すでに王の座を投げ出していたかもしれないとすら思う。

「ほんと、なんで僕なんかが王に選ばれたんだろ……」

 考えれば考えるほど不可解である。ただの一介の魔族に過ぎなかった自分がなぜ王に選抜されたのだろうか、とコーレインは毎日のように思っている。家の地位が高いわけでもなく、彼自身の能力が抜群なわけでもない。国王に最も遠い場所にいたのではないかとコーレインは思う。

「国王って世襲のイメージがあったけど」

「そうですね。キングは世襲で王になられましたわ。ただ、キングには御子がありませんので、血族から何人かの候補が上がりました。その中で、キングが指名されたのがコーレイン様ですわ」

 血族とは言っても、コーレインはかなりの遠縁だ。他の候補者は多少なりとも近い血族であったと考えると、候補入りしたことすら不可解だ。

「なんで僕なんだろ……。僕は普通のなんの変哲もないただの魔族なのに……王なんて荷が重いよ……」

 王に選出に関する勅使がコーレインのもとへ訪れたとき、彼自身も母もそれを断ろうとした。一般家庭で育った彼に王の素質があるとは思えず、数日ともたない、と母は主張した。それでも勅使は、決まったことだ、とコーレインを王宮に召し上げた。王命であったためだとはのちに知ったことだが、そのときコーレインは、キングとは領地の視察で何度か会ったことがある、という程度だった。選出された理由は見当もつかない。キングの私欲がどこまで本当なのかも謎に包まれている。

「お茶を淹れましょうか? それとも湯浴みされますか?」

「湯浴みして寝たい……」

「かしこまりました」

 イーリスはくすりと笑ってコーレインに背を向ける。ドアがノックされたのは、それとほぼ同時だった。ドアを開けたイーリスが、あら、と明るく言う。

「キング、ごきげんよう」

「ああ」

 その声に、コーレインはがばっと起き上がった。

「私室まで来ないでくださいっていつも言ってるじゃないですか!」

「お前を堂々と愛でられるのは私室だけじゃないか」

 あっけらかんと言うキングに、コーレインは言葉に詰まる。普段は話のわかる人なのになぜこういった話は通じないのだろう、と溜め息を落とすばかりだ。相変わらず崩れないキングの微笑みが腹立たしい。

 コーレインが私室で休んでいると、キングはほぼ毎日、こうして訪ねて来るのだ。おそらくひと息ついた頃合いを見計らっているようなので、気を遣ってはいるのだろうとコーレインは思っている。

「お茶を淹れて参りますわ」

 うふふ、と楽しげに笑ってイーリスが出て行くので、コーレインはまた重い溜め息を落とした。

 そんなコーレインを軽々と抱え上げると、キングはそのままソファに腰を下ろす。キングの膝に乗せられてしまえば、コーレインに逃げ場はない。

「お前は本当に可愛いな」

 コーレインの頬を撫で、キングが甘く囁く。その深い真紅の瞳に射抜かれると、何も言えなくなるのだ。せめてもの抵抗に、とコーレインはその手を払い顔を背けた。

「可愛いと言われるのは嬉しくありません。私だってこれでも男です」

「可愛いものに可愛いと言って何が悪い」

 そう言って、キングは優しくコーレインを抱き締める。

 コーレインはこの時間が苦手だ。王に就任した当初から始まったことであるが、コーレインは愛でられることに免疫がない。そもそもこれほどまでに愛でられる理由がわからない。だと言うのに、キングはほとんど毎日、こうしてコーレインを愛でに来る。こんな美形に迫られてどぎまぎするなと言うほうが土台無理な話である。

「早くお前を私のものにしたいよ」

 指先の触れる頬が熱い。

「そうでないと、いつ誰に奪われるかわからないからね」

「……そんなこと考える余裕なんてないです」

 王の任務だけでいっぱいいっぱいなのに、それ以外のことなど考えられない。キングが言うことの意味はわかるが、コーレインにはそれに応えるだけの余裕がない。それでもキングは愛おしそうに頬を撫で、静かに微笑むのだ。

「それなら、余裕ができたら私のことだけを考えてくれ」

 キングはいつも、触れるだけの優しいキスをする。コーレインは、心臓が爆発する、と叫びそうになるのを堪えるので精一杯だった。

 キングは、真っ赤になるコーレインを揶揄からかうでもなく微笑ましく見つめる。コーレインはキングの膝の上でどうしたらいいかわからず、ただ固まるばかりで何も言えなくなってしまうのだ。キングに触れられると、心の中で様々な感情が湧いては消えていく。頭の中がぐるぐると忙しなく、何がなんだかよくわからなくなるのだ。だから、コーレインはこの時間が苦手だ。

「キング……そろそろ降ろしてください……」

 このまま真っ直ぐに見つめられていたら、抵抗する間もなく心臓が破裂してしまう。そもそもどうしてキングがここまで自分を溺愛するかコーレインにはわからないが、それを聞くのはより気が引ける。キングはおそらく、嘘偽りなくその理由を話すだろう。キングがなんと言うかは想像もつかず、しかしコーレインにとって恥ずかしいことなのではないかと思っていた。

 コーレインの懇願が聞き入れられることはなく、キングはコーレインの腰に回した腕にさらに力を込める。

「嫌だと言ったら?」

「すでに拒否権がないのやめてくださいよ……」

 コーレインはわかっている。本気で突っぱねないから付け上がらせるのだ。しかし、そうしない理由は自分にもよくわからない。恥ずかしくて堪らないのに拒絶することができない。それはキングも見抜いているはずで、そう考えるとまた顔が熱くなった。

「拒否権はもちろんあるさ。いま私がお前を組み敷いたら、お前は抵抗することができないだろ?」

「……それはそうですけど……」

 コーレインの力ではキングに敵うはずはない。本気でそうしないのはキングも同じだ。コーレインとしては、本気を出されては困る。それこそまさに、拒否権がなくなってしまうからだ。それがコーレインの気持ちを尊重している証拠で、ただ単に溺愛しているだけではないという証明だ。その事実が、コーレインの胸を締め付けた。

 キングは真っ赤になるコーレインの頬を、愛おしむように優しく指で撫でる。コーレインは目を細めて微笑むキングの顔を直視できず、顔を隠すようにして俯いた。

「私の可愛いコーレイン。顔を背けないでくれ」

「…………」

 キングはコーレインの頬に手を添え、有無を言わさぬ力でコーレインの顔を上げさせる。深い真紅の瞳に見つめられると、コーレインは言葉に詰まってしまった。

「お前は本当に可愛いな」

 早くこの時間が終わってくれ、と心の中で唱える。このままでは心拍が落ち着かず、だと言うのにいつか止まってしまうかもしれない。

「……あの……」

「ん?」

「……もし、僕が……キングのお気持ちに、お応えすることができなかったら……」

 いまはそんな余裕がない。余裕ができてくると、また気持ちに変化が訪れるかもしれない。本気で突っぱねる日が来るかもしれないのだ。

「それなら別にそれで構わないよ。私はお前の意思を捻じ曲げるつもりはない」

「…………」

「なんとしてもお前の心を奪うがね」

 キングの表情には強い意志が湛えられている。その色にはもちろん自信が含まれており、コーレインの心を奪うことができるという確信にも近いものだ。もしその通りになるなら非常に悔しいが、気持ちに応えられなかった場合、それはそれで罪悪感が湧くかもしれない。本気で拒んだとしても、キングはきっとコーレインの気持ちを尊重してくれるのだろう。

 きっと、キングはそれほどまでに……。

「コーレイン、いま何を考えているんだ?」

「……何も考えていません」

「そんな顔をして、誤魔化せると思うな」

 キングはまた優しくキスをする。自分がどんな顔をしているかはわからないが、胸が締め付けられていることは間違いない。どうしてこれほどまでに苦しくなるのかも、コーレインにはよくわからない。

 絆されたりなんかしない、と心に決めているのに、これほどまでに愛でられては決意も揺らぐというものだ。それでも、気をしっかり持たなくては、と悔しさとともに決心している。しかしそれも、キングの愛おしむような微笑みの前では無力である。

 キングはコーレインを優しく抱き締める。背中に触れる手は、コーレインの心拍が落ち着かないことにはすでに気付いているはずだ。それが恥ずかしくて堪らなかった。

 それでもキングが揶揄からかうことはない。揶揄からかわれてはコーレインの心が離れる可能性があると承知しているのだ。キングはいつでも真剣だ。だからこそ、絆されてしまいそうなのだ。

「愛してるよ、コーレイン」

 耳元で囁く声に、抱き締める腕すら拒絶できなくなる。ただ俯くことしかできない。

「……絆されたりなんてしませんから」

「いつまでもつかな」

 ふふ、と小さく笑うキングの余裕が無性に悔しくて、せめてもの抵抗にと肩に拳を落とした。そんなものに効果などあるはずもなく、キングは困ったように笑う。それで悔しさを感じることが悔しく思えてくる。この人には一生を懸けても敵わない、そんな気がした。

 ドアがノックされるので、コーレインはキングの膝から飛び降りる。どうぞ、と応えた声にドアを開けたのは、ワゴンを押すイーリスだった。

「お茶が入りましたよ〜」

 キングが来るとイーリスは空気を読んで部屋を出て行くが、そんな空気なんて読まなくていいのに、とコーレインは思っている。キングがいつも余裕なので腹が立つ、とも思っている。






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