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【20】なぜ人間は魔族を敵視しているのか

 翌日。レクスは、キングと護衛の五人、ブラムとカルラを執務室に集めた。レクスの緊張が伝わって、彼らも一様に真剣な表情を浮かべている。

「いつまた人間が攻めて来るかわかりません。防護ラインを強化しようと思います」

 もとより魔族の国の防護ラインは手厚い。対人間用に特化したものが設定してある。それを五人の人間が越えて来たとなれば、さらに強化する必要があるだろう。

「いまは国境の関門に騎士隊が一隊いるだけです。増員などで対処する必要があるでしょう」

「そもそも」フェンテが言う。「あの五人はどこからどうやって入ったんでしょうか」

「魔防壁……魔法による防護壁を掻い潜ったテレポートの魔法だと思います」

 それは国を覆うように張り巡らされている。魔族の中でも最も強い魔力を持つ者により設置されたものだ。

「魔防壁はどうなっている?」

 キングの問いに口を開いたのはルドだった。

「自分を含めた魔法使い六人で結界を張ってますね~。そう簡単に越えられるものじゃないと思ってたんですけどね」

「いままではそれで防げていたが」と、キング。「人間の魔法が進化しているということか」

「そういうことですね。……アンシェラ、キールストラ。協力していただけますか」

 レクスがそう言うと、アンシェラは拳を握り締め、キールストラは力強く頷いた。

「なんでも任せてください!」

「僕たちが結界を張ればよろしいですか?」

「それが手っ取り早いですが、あなた方の魔力回路を鑑定させていただきたいんです」

 鑑定で魔力回路を解析すれば、どういった魔法を使えるかがわかる。それがわかれば、対応する魔法を確定することができるのだ。

「魔族の魔法が人間に対応する必要があります。そのためには、人間の魔法を知ることが肝要です」

「私たちは一度、魔防壁を越えたってことですもんね」

「その僕たちと同じ魔法を、あの五人も持っていたということですね」

「ええ。あなた方の魔力回路を鑑定して、それに対応する魔法を作ります。それを基に結界を張らなければなりません。あなた方には、魔族のために手を煩わせてしまいますが……」

「なんてことないです! これでキングへの恩を返せるなら、なんでもやります!」

「ここにいることを許してくれたレクスへの恩返しでもあるんです」

「……ありがとうございます」レクスはひとつ息をついた。「魔族のため、その知恵を貸してください」

 アンシェラはスカートの裾をつまみ、キールストラは胸に手を当てる。そして――

「王の御心のままに」

 辞儀をしてそう声を合わせた。

 魔力回路の鑑定のため、ブラムとルドがアンシェラとキールストラを執務室から連れ出す。それを見送ってから、レクスは地図に目を落とした。

「あとは国境警備隊の強化ですね」

 この国と人間の国の国境は魔防壁により防衛ラインが敷かれている。この国で最も優れた騎士の六人が関所を厳しく閉ざしている。先日のように人間が通ろうとした際に、関所を越えることを防ぐのだ。

「俺に協力させてくれませんか」フェンテが言う。「そもそも、魔王に人間の攻撃が届くのはおかしいんです」

「おかしい……ですか」

「魔王には、特別な武器でないと攻撃が通らないんです。魔王の名を持つ魔族には、特殊な防護の魔法がかかっていますから」

 レクスが振り向いて視線を遣ると、キングは肩をすくめた。

「王の名に付随する恩恵だ。お前にはさらに私の祝福も与えていた。あれだけ傷付いたのは異常だよ」

「そうですか……」

 知らなかった、とレクスは心の中で呟く。ただ自分が弱いだけだと思っていた。キングとフェンテの言うことが本当なら、人間は随分と卑怯な手を行使したものだ。

「俺の剣がそうなんですが、この特殊な武器を作れる者は人間の国にはひとりだけです」

 レクスは思わず顔をしかめた。

「フィリベルト。五人の武器は押収していますね?」

「はっ!」フィリベルトは敬礼する。「人間が持っていたすべての武器を押収したっス!」

「それを解析して、それに対応した防護魔法を作りましょう」

「はっ!」

 魔王に攻撃を通すことのできる武器を作れる者のことは慎重に調べたほうがいいだろう。魔王に攻撃の通る武器は、他の魔族にも効くはずだ。そんな危険極まりない武器を、もう二度と魔族の国に持ち込ませてはならない。

「その武器職人を、人間の国の信用できる者に調べさせます」と、フェンテ。「その武器職人が五人に武器を渡したということですから」

「わかしました。調査のことは一任します」レクスはひとつ息をつく。「魔族のため、その力を貸してください」

 フェンテは胸に手を当て、辞儀をする。

「王の御心のままに」

 フィリベルトに連れられ、フェンテも執務室をあとにする。カルラもその補佐のためふたりについて行った。

 人間から魔族を守るために人間の知恵を借りる。なんとも皮肉なものだ、とレクスは心の中で呟いた。

 護衛たちが執務室から出て行くのを見届けると、レクスは厳しい表情でキングを振り向いた。

「いつか聞かなければならないことでした。なぜ、人間は魔族を敵視しているのですか?」

 この国への視察を申し出ておきながら、レクスが視察へ向かった先では敵意を剥き出しに勇者パーティの三人を連れて来た。さらにレクスに差し向けられた五人の襲撃者。王宮は自分たちの責任ではないと主張したが、視察の申し出の際に国交を結びたいと書かれていたのが王宮からの伝達でなかったことがはっきりとした。

「フェンテたちのときは、人間の王が暴走したものでした。けれど、代替わりしたいまもなお人間が魔族を執拗に狙うのはなぜなのですか? 因縁だとキールストラは言っていましたが、それだけではないように思うんです」

 キングは一呼吸を置いたあと、静かに口を開いた。

「簡単なことだ。人間にとって魔族が脅威であるから。それだけのことさ」

 なんとなくそんな気はしていた、とレクスは考える。脅威であるから排除しようとしている、ということである。

「魔族は、確かに文明は遅れている」キングは続けた。「だが、実力は魔族のほうが上だ。五人掛かりでもお前を倒せなかっただろう? それに、私のもとへ辿り着けたのはあの三人だけ。いまのうちに芽を摘んでくということだよ」

「それで戦争になれば、人間には勝ち目がないと思うのですが」

「だから空間分断を使ってお前を狙ったんだよ」

 五人掛かりでもレクスを倒せなかったことは事実だが、あの五人はレクスの護衛がいれば彼に傷ひとつつけることすらできなかっただろう。

「人間は、先代魔王は死んだと思っている。現代王を狙えば国が壊滅すると思っているんだろう」

「王を殺したくらいでは魔族が壊滅するとは思えませんが……」

「王と魔族は繋がっているんだよ」

 キングの言葉に、レクスは首を傾げた。

「お前がレクスの名を冠したとき、魔族はレクスの祝福を受けた。つまり、お前を殺せば魔族を弱体化することができるんだ」

 先の戦いでキングは死んだことになっている。キングのもとへ辿り着けたのは勇者パーティの三人だけだが、もしキングが倒されていれば、魔族は弱体化し多くの被害者を生んでいたということだ。先の戦いで魔族にひとりの死者も出なかったのは、キングが“討伐されたことにする”ことで魔族の弱体化を防いだためだ。

「なぜ人間がそのことを?」

「……いたんだろうね。密告者が」

 冷ややかに言うキングに、レクスは背筋がゾッと凍り付いた。魔族の中に魔族を裏切った者がいる。それも、国を滅ぼそうとするほどの悪意を持った者だ。

「だから、私たちはなんとしてもお前を守らなければならないんだよ」

 もし勇者パーティの三人がそれを知っていたなら、護衛として申し出てきたことにも納得がいく。勇者パーティの三人は、魔族を滅亡させたくないのだ。

「もし、あのとき私が死んでいたら……」

「絶好の機会を得た人間が、戦争を仕掛けて来ただろうね」

 ふと表情を和らげたキングが、レクスの頬に触れる。

「だから、私の嫁になって私の祝福をお前に与えるのが安全策なんだよ」

 祝福、それはあらゆる効果を付与するものだ。レクスの名の祝福を受けた魔族は、様々な能力が向上しているということだ。

「具体的にはどういう効果なんですか?」

「先にも言った通り、耐性が強化される。もっと言えば、結界に囲まれる感じだ。攻撃が通らなくなる、と言えば簡単かな」

 それはあらゆる耐性が極限まで上がるということだ。物理攻撃、魔法攻撃、そのどちらも通らなくなれば、簡単に死ぬことはなくなる。

「それはもう無敵なのでは……」

「そうだね。私が王になったときに身に付いたものだよ」

「ということは、勇者パーティの三人がキングのもとに辿り着けても、彼らには勝ち目はなかったということですか」

「そうだろうね。私に戦う気がなくて、彼らはついていたよ」

 レクスは心の中で考え込んだ。自分が死ぬ可能性がなくなれば、魔族を守り続けることができる。人間に戦いを挑まれたとしても、負けることはない。つまり、魔族にとって利点しかないのだ。

 レクスが口を開こうとしたとき、執務室のドアが乱暴に開け放たれた。飛び込んで来たのはアンシェラだった。

「大変! 大変よ!」

 レクスはキングと顔を見合わせ、即座に立ち上がった。





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