【16】幸福
私室に戻って右手薬指の指輪を眺めていると、指先から広がる温かさが胸の奥にも染みていくような気がした。
「キングも人騒がせなお方ですね」
イーリスがくすくすと笑う。コーレインがキングに嫌われてなかったことで安堵していることは、イーリスにはお見通しである。
「……でも、キングは本当に僕でいいのかな」
声の調子を落として言うコーレインに、イーリスは先を促すように首を傾げた。
「僕はなんの力も持たないし、仕事ができるわけでもない。能力も低い……。僕がキングの隣に立つのは不釣り合いだよ」
「そんなことは関係ありませんよ」
自信を湛えた声でイーリスは言う。窺う視線を送るコーレインに優しく微笑んだ。
「キングはコーレイン様自身を愛してらっしゃるのです。レクスとしてでなく、コーレイン様としてそばにいてほしいと願っていらっしゃるんですわ」
「……そうかな」
「そうですよ。このイーリスが証明しますわ」
「……うん、ありがとう」
そこへ、コンコンコン、と軽快なノックが聞こえて来た。ほんの少し肩を跳ねさせて固まるコーレインに、イーリスはまたくすりと笑う。それから、にこやかにドアを開いた。
「キング、ごきげんよう」
「やあ、イーリス。今日もご苦労様」
「恐れ入ります。お茶を淹れて参りますね」
辞儀をして部屋をあとにするイーリスに、キングは朗らかに微笑む。それから振り向くので、コーレインは思わず表情が強張った。そんなコーレインに、キングはくすりと小さく笑う。
キングが軽々とコーレインを抱えてソファに腰を下ろすと、いつもそうであるというのに妙に緊張した。昼間の出来事が原因であることはコーレインにもよくわかっている。それが、愛の告白のためばかりでないことも。
キングの温かい手が頬に触れる。慈しみを込めた優しい指先に、顔があっという間に熱くなった。
「私の可愛いコーレイン。やっとお前を私のものだと証明することができたようだ」
「……本当に、僕でいいんですか?」
伏せられた視線を掬うように、キングがコーレインの顎に手を添える。
「お前がいいんだよ。私はお前さえそばにいてくれればそれでいい」
いつもより囁きが甘く聞こえるのは指先から伝う温もりのせいだろうか。コーレインはそう考えると、より頬が熱くなった。
「それに……お前も、私の愛を疑って不安になるくらい、私を愛してくれているんだろう?」
その言葉が脳に到達した瞬間、コーレインはこの腕の中から飛び出したいという一心に駆られた。もちろんそれが許されるはずはない。
「ち、違っ……それは……!」
「違うの?」
「うぅ……いや、その……」
しどろもどろになるコーレインに、キングは愛おしげに頬を撫でながらくすりと笑う。射抜くような瞳に耐えきれず、キングの片口に顔を埋めた。キングはそんなコーレインを力強く抱き締める。
「私は指輪を拒まれなかっただけで満足だよ」
体を離したキングが頬に手を添えるので、コーレインは逃げ出したい気持ちをなんとか堪えて顔を上げる。破裂しそうな心臓の騒がしさとは対照的に、キングのキスは優しく暖かい。なぜだかわからないが、胸がいっぱいになって涙が滲みそうになった。
こういう気持ちを人は「幸福」と言うのだろうか。そんなことを考えていた。




