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【15】まったく、これっぽっちも

「キングに避けられてる気がする」

 レクスがそう零したのは、ブラムの執務室だった。ブラムは書類にペンを走らせている手を止め、レクスを見遣る。

「そんなまさか。あのキングに限ってそんなことは有り得ません」

 ブラムは断言するが、レクスは自信を持てずに俯く。

「なぜそう思われるのですか?」

「だって、いつもなら――」

 と言いかけてレクスはやめた。いつもなら夜にレクスの私室へ訪れ、思う存分にレクスを愛でていく。しかし、そんなことを言えるはずもなく。

「……いつもなら、仕事の邪魔をしてくるから」

 キングがレクスの私室に来なくなって、三日が経った。毎晩、欠かさずレクスを愛でていたと言うのに。避けられていると思わせるには充分だろう。

「確かに、最近のキングは大人しくしていらっしゃいますね」

 仕事の邪魔をして来ないというのも事実だ。キングは隙を見つけてはレクスに愛を囁く。それもなくなってしまったのだ。

「何かお考えがあってのことでしょう。私も少し探ってみます。どうかお気に病まれませんように」

「……わかった」

もしキングに何か考えがあってレクスの私室に来なくなったのなら、ブラムに任せておけば何かしらの理由を見つけてくるだろう。いまはそれを信用して結果を待つしかない。いつも私室まで来るなと怒っているレクスには、なぜそうしないのかと詰め寄ることはできないのだ。

 ブラムの執務室をあとにすると、部屋の外では勇者パーティの三人とフィリベルト、ルドが待っている。私用で待たせてしまったことに、若干の申し訳なさが湧いた。

「お待たせしてすみません。執務室に行きましょう」

「はーい」と、アンシェラ。「用事は済んだんですか?」

「ええ」

 ブラムへの相談事の内容は彼らには言えない。なぜなら――

(だってこれじゃあ、僕がキングのことを好きみたいじゃないか)

 そんなことは断じて認められない。絆されたりなんかしない、とレクスは気を強く持っているのだ。

「レクス」カルラが歩み寄って来た。「報告書を執務室のデスクに置いておきましたわ」

「わかりました。目を通します」

 執務室へ行きましょう、と護衛たちに声を掛けてレクスは歩き出す。レクスの前を勇者パーティの三人が歩き、フィリベルトとルドはレクスのあとに続いた。

「毎日、報告書だらけですね」

 感心したようにアンシェラが言う。

「報告書がなければ、民がどうしているかわかりませんからね」

 毎日、山のように報告書は届く。すべてにレクスが目を通すことは不可能で、ブラムが半分以上を請け負ってくれている。レクスの倍以上もの実力を持つ有能なブラムがいなければ、レクスは王を続けていくことができないだろう。

「今日はキングは一緒じゃないんですね」

 不思議そうな表情で言うアンシェラに、レクスは少しだけ心拍が上がった。

「いつもレクスのそばにいる印象でしたけど」

「執務室にいたら来るんじゃないでしょうか。常に一緒にいるというわけでもありませんし」

「ふうん」

 常にというほどではないが、キングはほとんどの時間をレクスと過ごしている。レクスの護衛という点もあるが、キングがそうしたくてそうしているのだろう。仕事後に私室に突入してくるくらいだ。それがなくなったのだから、避けられていると考えてもおかしくはないだろう。

 キングの姿は執務室にあった。デスクのそばに椅子を寄せ報告書を眺めているので、あ、とレクスは声を上げる。

「勝手に読まないでください」

「どうせ読むのだから、あとでも先でも同じことだろう?」

 相変わらずマイペースなキングに、レクスは溜め息を落とした。

 ブラムとカルラも執務室に集まって来て、レクスの仕事は始まる。ブラムとカルラ、フィリベルトとルドにはその時々で仕事を任せることがあるが、勇者パーティの三人はやることがないのでテーブルに着かせる。

 レクスが集中して書類に目を通しているあいだ、キングは静かにレクスを見つめている。愛おしむような視線に居心地の悪さを感じつつも、キングの関心がなくなったわけではないことに安堵したのも確かだ。

 レクスが十三枚目の報告書に手を伸ばしたとき、不意に報せ鳥が執務室に現れた。それはキングのもとへ寄って行く。

 報せ鳥は、触れるだけでその内容が頭の中に流れ込む。周囲の者に報せが知られることはないのだ。

「ちょっと失礼」

 報せ鳥を解体してキングが立ち上がる。そのまま執務室を出て行くので、勇者パーティの三人はきょとんと目を丸くした。

「仕事中なのに」アンシェラが首を傾げる。「どうしたのかな」

「これは全部、私の仕事ですから」レクスは言った。「キングの仕事はないですよ」

「ふうん」

「しかし」と、フェンテ。「キングがレクスのそばをこれだけ離れるのは珍しいですね」

「キングはレクスのそばを離れないと思っていました」

 キールストラの言葉に、そうですね、とレクスは小さく呟く。ここへ来て間もない三人がそう思うなら、キングがレクスのそばにいないことは不思議なことなのだろう。


   *  *  *


「今日もいらっしゃらないのでしょうか」

 私室のベッドに横たわったままのレクスに、イーリスが静かに言った。キングがここに来なくなったことを、イーリスも不安に思っているのだろう。

「他に何か関心ができたんじゃないかな」

 レクスは息をつきつつ言った。イーリスはどこか不思議そうだ。

「もしくは、僕のことが嫌いになったとかね」

「それは有り得ませんわ」

 イーリスが即答するので、レクスは苦笑いを浮かべる。

「断言するね」

「あのキングに限って、そんなことは有り得ません。キングの愛を疑う必要はありませんわ」

「そうかな……」

 これまでの経験上、キングの愛を疑っているわけではない。愛という不確定な感情が信用できないのだ。いつでも失われる可能性がある機微に、自信が持てないだけなのだ。



   *  *  *



 結局、昨夜もキングはレクスの私室に来なかった。レクスの中で不安が膨らみ、よく眠れずに早く目が覚めてしまった。部屋の外で見張りをしていたフィリベルトとともに執務室へ向かう。庭園を散歩でもしようかと思ったが、報告書で頭を忙しくしたほうがいいだろうと考えたのだ。そうすれば余計なことは考えずに済む。

「いやー、朝の人気ひとけがまばらな廊下は新鮮っスねえ」

 フィリベルトが辺りを見渡して言うので、レクスは小さく頷いた。

「いつもなら、私が起きる頃にはルドと交替していますからね。それなのに付き合わせてすみません。ルドかブラムが来たら部屋に戻って構いませんから」

「承知っス。お気遣い感謝するっス!」

 朝のがらんとした廊下に、フィリベルトの声はよく通る。使用人が多く行き交っていてもそうなのだから、うるさい、と叱られるのも無理はないだろう。

 フィリベルトとともに賑やかに執務室へ向かい、ドアを開けたところでレクスは硬直した。フィリベルトも、あ、と声を上げる。驚いたように振り向いたキングが、レクスには見覚えのない女性に、跪いて手に指輪を嵌めていたのだ。

「し、失礼しました!」

 レクスはフィリベルトの腕を掴んで執務室を飛び出す。

 ――僕の執務室だけど!

 心でそんなことを叫びながら、廊下を駆けて行った。

「レクス、なんかの間違いっスよ。キングがレクス以外に意中のお相手がいるわけがないっス!」

 フィリベルトは慌てふためいてそう言うが、キングが女性の手に指輪を嵌めていたのは紛れもない事実だ。意中の相手でないのにそんな行為をするはずがない。

(キングには想う女性がいたんだ。じゃあ、僕はからかわれてただけなんだ)

 涙が滲んでくる。だからここのところレクスを避けていたのだ。レクスに愛を囁いていたのは、反応を見てからかっていただけ。本気ではなかったのだ。

「レクス!」

 焦燥をはらんだ声で呼ばれ、強く腕を引かれて足を止める。振り向くと、キングがレクスの肩を引いた。

「キング! 僕を追い駆けてる場合じゃ――」

「フィリベルト、悪いが少し外してくれ」

「はっ!」

 戸惑いの色を見せるフィリベルトだったが、厚い忠誠心のもと素早く敬礼をする。キングはレクスの手を取り、空いている客室へと引き込む。レクスが困惑して見上げると、キングはひとつ息をついた。

「彼女……いや、彼か? あいつはただの友人だ」

「……でも……」

 口ごもるレクスに、キングは頭をかく。

「まさかこんなに早く来ると思わなかったんだ」

 困ったようにそう言って、キングはレクスの右手を取った。それから、薬指に指輪を嵌める。レクスはいよいよわけがわからない、とキングを見上げた。

「もっと格好つけて渡したかったんだ。あいつはその練習台だったんだよ」

「…………」

「お前が私のものだという印さ」

 それは飾り気のないシンプルなシルバーの指輪。レクスの薬指にぴったりで、手がじんわりと温かくなる感覚があった。

「……僕は、キングに嫌われたのかと思って……」

 そう言うと、堰を切るように涙が溢れてくる。キングは優しく微笑み、レクスの頬を撫でた。

「まさか。私の愛を疑っていたのか?」

「……だって……」

「これの準備に手間取っていたんだよ。お前を避けていたわけじゃない」

 涙で視界が滲んでいるが、キングの真剣な表情は真実を口にしていると確信を持たせるには充分だった。

「私はお前だけのものだよ」

 そう言って、キングは優しくキスをした。


   *  *  *


 キングが、彼、彼女、と首を捻っていたその人――ワナは、執務室に戻ったレクスに目を輝かせた。

「コーレインちゃんって本当に可愛いわ! あたしはキングにはまったく、これっぽっちも興味がないから安心して!」

 キングとの関係を疑われたことが余程も不本意だったのかワナは、本当に全然、むしろ勘弁してほしいわ、と繰り返す。

「こんな可愛い恋人がいるなんて羨ましいわ~。あんたって本当に幸せ者ね~」

「私とキングは恋人同士ではないですよ」

「え⁉」

 レクスの言葉にキングとワナの声が重なるので、レクスは首を傾げた。

「交際を申し込まれたことはないですからね」

 少しのあいだ黙り込んだワナが、慰めるようにキングの肩をたたく。ふたりの微妙な表情に、レクスはまた首を傾げた。





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