【13】人間の登城
謁見の間では、人間の視察団を迎え入れる準備が進められている。レクスには王の威厳を出すために少々華美な服と、万が一のときのための各種耐性を上げる装飾品が用意された。
「今日は被衣はいらないのですか?」
「今回は必要ありません」と、ブラム。「もし人間にレクスの顔が伝われば、今日の三人だとすぐに判明しますから」
カルラに促され、レクスは王座に腰を下ろす。キングが立っているのに自分がこの椅子に座るのは、なにかそわそわする。しかし王としてここで堂々としていなければならないのだ。
「それから、今回は正式な視察ではありませんので、発言していただいて構いません」
「私が発言すると、迂闊なことを言ってしまいそうですが……」
「情報が洩れる可能性があれば、三人の首を斬ればいいだけのことですから」
「いや、それはちょっと……」
キングも同じようなことを言っていたが、キングにもブラムにもその気はないことは明らかだ。人間に万が一のことがあっては、戦争の火種を作ることになってしまう。それは避けなければならないことだ。
それにしても、とレクスは考える。もし人間からなんらかの提示がなされた場合、自分が判断しなければならない。その判断を間違えるわけにはいかない。わざわざ視察を申し出たくらいだ。なんらかの目的があるのだろう。
「そんなに硬くならなくても大丈夫だよ」
キングがレクスの肩をたたいた。
「人間の友人が会いに来たくらいの構えでいいから」
「人間に友人なんていません」
「気分だよ、気分」
そう言って、キングは微笑む。キングがそこまで言うなら、緊張する必要のない者たちなのかもしれない。だが、目的がわからない。それを見極める必要があると考えると、どうしても体に力が入った。
「人間の視察団が到着しました」
ビシッと敬礼をしてフィリベルトが言う。そのあとに続いて謁見の間に入ってきたのは、明るい茶髪と青い瞳の青年、綺麗な金髪をウェーブにして肩にかける少女、短い黒髪の細身の青年の三人だ。
見たことのある顔ぶれに、レクスは思わず立ち上がった。
「勇者パーティの……!」
レクスの前に跪いた三人が、きょとんと目を丸くする。
「なぜ我々のことを……」
「あっ」少女が声を上げる。「もしかして、被衣を被ってた……」
レクスが怪訝に振り向くと、キングは肩をすくめた。
「勇者のフェンテ、魔法使いのアンシェラとキールストラだよ」
「そんなことはあとでいいんです。なぜ勇者パーティを城に入れたのですか」
「私の友人だからだよ」
いよいよわけがわからない、とレクスは眉間にしわを寄せる。キングはあくまで穏やかな笑みを崩さない。人間を国に入れるだけであらゆる危険性があると言うのに、あまつさえキングを討伐した勇者パーティの視察を許可したなど。最終的に判を押したのはレクスだが、まさかこの三人が来るとは思っていなかった。
「堅苦しくしなくて大丈夫だから立ちなよ」
三人に向けて言うキングに、レクスは三人に視線をやる。レクスが頷くと、三人はほっとしたように立ち上がった。
ブラムが手振りで騎士たちを下がらせる。最後のひとりが謁見の間を出て行くのを確認して、レクスはまた王座に腰を下ろした。
レクスが視線を向けると、勇者のフェンテが口を開く。
「先日の視察での外務官の非礼、申し訳ありません。今回は謝罪も込めてお伺いしました」
ということは他にも目的があるということか、とレクスは心の中で呟いた。その真意は測り兼ねるが、敵意がないことは明らかに思える。
「人間は随分と好戦的なようですね」
レクスは冷ややかな声で言う。その途端、三人の表情が凍り付いた。
「あたしたちに戦う気はありません」と、魔法使いのアンシェラ。「魔族と戦おうだなんて、これっぽっちも思ってないです」
「……わかってます。私が視察へ行ったとき、あなたたちは丸腰でしたから」
「そんなところまで見られていたんですね」
魔法使いのキールストラが感心したように言った。
「レクス、お前も承知の通りだが」と、キング。「この三人に戦う気はない。だが、人間のお偉方が戦争を企てている」
「こちらからの攻撃を誘って、すぐに反撃できる準備を整えているということですね」
「ああ。そうなれば、魔王討伐の功績があるこの三人は間違いなく駆り出される」
勇者パーティと言えど、おそらく三人は平民。もし上位の者から招集命令が下されれば、彼らに拒否することはできないだろう。もし戦争が始まれば、前回と同様に、魔王――つまりレクスを討伐しなければ戦いは終わらない。それは魔族にとって防がなければならないことだ。
「だから、その前にここに避難させてしまえばいいと思ったのさ」
キングはあっけらかんと言う。それを咎めるのはあとにすることにして、レクスはまた三人に向き直った。
「王が代替わりして戦争を望んでいないと聞きましたが」
「王に戦争をする気はありません」フェンテが言う。「ただ……」
「周りが変わっていない、ということですか」
三人の表情が曇る。彼らも望んでいない戦いに巻き込まれたのであれば――同情こそしないもの――災難だったと思う。
「……キング。聞かなければならないことがあります」
レクスが毅然と言うと、キングは静かに頷いた。
「あなたはこうして生きているのに、なぜ討伐されたことになっているのですか」
それはレクスが王座に就いて以来、ずっと疑問に思っていたことだ。今回ばかりは、その事実を無視することはできない。それは、魔族のために解かなければならない問題なのである。
勇者パーティによる魔王討伐の激震が魔族のあいだに走ったのが半年前のこと。しかし、その魔王であるキングは生きている。そのことは魔族の民にも知れ渡っている。討伐されたという情報だけが独り歩きしているのだ。
「簡単なことだよ」
キングが静かに口を開くと、勇者パーティの三人の表情が緊張で強張った。
「彼らに私を討伐する気はなかった。だが、私を倒さなければ彼らは国に帰れない」
勇者パーティの役割は魔王を討伐すること。そうして国を出たのなら、彼らにはその責務を全うする必要があっただろう。
「だから、私を討伐した証拠として私の角を持たせたのさ。それで私が退位し、私が討伐されたと見せかけた。そうしなければ、戦いは終わらなかったからね」
魔王討伐により戦いは収束した。魔族は人間を滅ぼすわけにはいかず、戦いが長引けば魔族の被害が拡大していくばかり。キングの判断は、考え得る策の中で最善のものだっただろう。
「……お話はわかりました」
一呼吸を置いて、レクスは言った。勇者パーティの三人はまだ緊張した面持ちだが、レクスはブラムを振り向く。
「ブラム。イーリスに言って、客間を用意させてください」
「承知いたしました」
謁見の間を出て行くブラムに、三人はきょとんとし、キングは少し安堵したように微笑む。果たして正しいのかはわからないが、レクスが採るべき行動はひとつだけだ。
「あなたたちの滞在を認めます」
「いいんですか?」
驚いて声を上げるフェンテに、レクスは肩をすくめた。
「そのほうが魔族にとって都合がいいというだけです」
「どういうことですか?」
アンシェラが首を傾げる。彼らにはしっかり説明する必要があるだろうと、レクスは硬い口調のままで続けた。
「キングのもとへ辿り着けたのは、人間の軍の中であなたたちだけだそうです」
「そうなんですか?」
キールストラがキングに問いかけた。
「そうだよ」と、キング。「他の人間は私のもとへは辿り着けなかった」
へえ、と三人の声が重なる。人間側の戦況については知らされていまかったようだ。勇者パーティとの連携を怠るなど、人間軍の戦術が甘いように感じられる。
「あなたたちは魔族にとって最大の脅威です」レクスは言った。「あなたたちを目の届くところに置けば、危険性は下がりますから。ですが、滞在中は不自由はさせません」
「……ありがとうございます」と、フェンテ。「お心遣い、痛み入ります」
「しばらくは見張りを付けさせてもらいます」
「はい。承知いたしました」
三人は安堵した様子で辞儀をする。ようやく緊張が解けたような表情だ。キングも柔らかく微笑み、レクスの肩に手を遣った。
「寛大な心遣い、感謝するよ」
レクスは顔をしかめ、その手を払う。
「キングにも聞かなければならないことがありますから」
「わかったよ」
その様子に、アンシェラがくすりと笑った。
「キングより王様のほうが強いみたい」
「レクスが強いんじゃないよ?」キングは肩をすくめる。「私がレクスに弱いだけさ」
「カルラ」レクスは流して言う。「応接間の支度をしてください」
「承知いたしました」
* * *
応接間のテーブルに五人がつくと、カルラがティーカップをそれぞれの前に置いた。紅茶の甘い香りが、三人の緊張を解きほぐしたように見える。
「まずは戦いに至る経緯を教えてください」
レクスの言葉に、フェンテが口を開いた。
「戦いの原因は、人間の愚かさにあります。ある町が疫病に冒され、それを前王が魔族による攻撃だと主張したんです」
「当時は」と、アンシェラ。「私たちもそれを信じきってしまいました」
それだけ人間は魔族を敵視していたということだろう。その前王の言葉を信じた者が多かったのは、魔族がそういった攻撃を仕掛けて来ると確信を持っていたということだ。
「すぐに軍が組まれ、この国への侵攻が始まりました。ですが、人間たちが思っていた以上に魔族は強かったんです」
「軍はすぐに壊滅しましたが」キールストラが言う。「死者はひとりもいませんでした」
人間が好戦的だったとしても、魔族もそうとは限らない。魔族にとって望まぬ戦いであったため、魔族に人間を害する気はなかった。魔族が人間を屠れば、戦いが長引く結果にも繋がる。魔族にとって、人間の犠牲を出さないことが不可欠だったのだ。
「これだけ強い者たちが、ひとつの町を魔法で攻撃するなんておかしいと、そのときようやく気付きました。そこで、町の信用できる魔法使いに報せを出しました。その魔法使いが、疫病だと教えてくれたんです。しかし、前王に報せを出しても、また新たな軍が組まれていました」
人間はなんとしても魔族を滅ぼすつもりでいたということだ。開戦のきっかけはなんでもよかったのだろう。明確で強力な敵意を持つ王のもと、民も魔族が敵であると刷り込まれていったのだ。
「俺たちが魔族の王を討伐しなければ、戦いは終わらない。そこで、俺たちと戦うつもりがなかったキングにそれを打ち明けたんです」
「それで、キングが角を持たせてくれたんです」と、アンシェラ。「人間の王はそれで満足して、戦いは終わりました」
「……なるほど」
魔族はそれを知らないはずだ。もしそれを知らされていれば、反発する者は少なくなかっただろう。キングが生きていると知れ渡ったいまでも、その理由を知らない者がほとんどだ。知っていたとしても、人間への恨みは変わらなかっただろうが。
「王は代替わりしたようですが」
「そうですね」フェンテが頷く。「魔族との戦いの正当性を疑った者、それから疫病に冒された町の民が引きずり下ろしました」
レクスが顎に手を当て考え込むと、代わりにキングが口を開いた。
「魔族を敵視していたのは王だけじゃなかった、ってことだね」
「はい」キールストラが頷く。「人間はいつでも魔族の隙を狙っています」
先日の視察でも、外務官は魔族と友好関係を結ぶ気は毛頭ない、といった様子であった。魔族が隙を見せれば、いつでも戦いを始める準備をしているだろう。それも、魔族側からの攻撃と見せかけ、自分たちの正当性を主張するはずだ。
「……情報提供、感謝します」
そう言って、レクスはブラムに視線を遣った。ブラムが小さく頷くと、三人を振り向いてひとつ息をつく。
「堅苦しい話はこれくらいにしましょう」
柔らかく言うレクスに、三人は安堵した表情になった。




