61 VS正義決壊天秤
Aブロック準決勝が終わって数時間が経った。決勝戦は、午後六時に始まる。
私は、深い傷を負った折紙アレンが眠る保健室のベッドの隣にいた。
最後、ふたりは何を話していたんだろう。分からなかったけど、アレンが何か覚悟を決めた顔をしていたのはわかった。
アレンが九十七式を撃った直後、東雲さんが抜刀をした。
それは、アレンと正気で戦っていた時の東雲さんのものではない。
正義決壊天秤による、強制抜刀。
そう見えた、という程度の話だけど、あの詠唱は、綺麗な「和」の単語が好きな東雲さんが選ぶようなものじゃない。
『東雲流抜刀術──虚虚』
気がつけばアレンは倒れ、傷口や口から血を流していた。東雲さんは血に濡れた刀を下に向け、ただそれを滴らせていた。
「シオン。すまない、負けた」
いつの間にか目を薄く開いていた彼は、気持ちいつもより弱気で、不謹慎にも、少しだけ和んでしまった。
「何を謝ることがあるのさ」
そんなのないよ。
「お前と、戦いたかった。決勝で」
私はそうだねと答える。でも、反論もある。私は彼に感謝している。
「彼女が完全に天秤座に取り込まれていないってことがわかった。あなたは、それを優先してくれたんだよね」
なんとなく、分かっていた。
「俺がそんな賢いこと出来ると思うか?」
「思わない」
くすくす笑って彼の前髪を上げる。
「この傷、残るかな」
「俺は別に気にしない。戦いの傷は名誉だ」
「謎理論」
案外元気そうだ。
「あんれ、浅倉ちゃんきとったん?」
そこにパンをかじりながら入ってくる養護教諭さん。
「いや、今回は怪我じゃないです、お見舞いです」
「そらそうや。さっきの今で来られたら怒るもんも怒られへんわ」
ケタケタ楽しそうに笑う養護教諭さん。
「折紙くん。どっか痛む?」
「俺は何も痛くなどない。将来は最速で剣聖になる男だか──きゃあ!」
「痛いんじゃん」
私が傷のある脇腹をつつくと女の子みたいな声出して痛がった。へへ、弱ってるアレンとか珍しい。動画撮っとこ。
「ほいじゃ、もうちょい寝ていき。どーせ試合もあと一回やし、中継放送もつながるから」
「ああ、そうさせてもらう」
「『きゃあ!』言うとんのにメンタル強いなぁ」
ぷぷぷ。
「浅倉ちゃんはもう行くんやろ?」
なんとなく名残惜しくて、本当に決勝が始まるのか未だに信じられなくて、足が止まっていた私の背を、養護教諭さんはそっと押してくれる。
「はい、行ってきます」
くしゃっと私の頭を撫でた養護教諭さんは、そっと私に言った。
「さっき親御さん来とってな。カルテ見て腰抜かしとったわ。でも藤原戦見てな、あんたなりに頑張ってるんやって知って、応援したってくださいゆーてはったわ」
「お母さん……お父さん……」
「頑張れとは言わへん。やれることだけやってき」
ぱこんと背中に一発気合いをくれた先生は、恐らくお父さんが持ってきたパンを咥えて笑っていた。その余りを貰ったアレンも咥えながらグッドサインを贈ってくれた。
私は二人に背を向けて、フィールドに向かう。
***
「みんなー! この試合の審判は学長先生がやるよー!!」
ちっちゃい先生が台に乗ってそう言うと、会場のボルテージは最高潮に達した。
ぴょこぴょこ跳ねる先生をみて、学長ファンクラブからは「幼女〜!」と強い声援が贈られる。私と東雲さんの応援はゼロである。幼女に……人気で負けた……。
それはともかく。今は試合に集中だ。まだ始まる前だ。私はストレッチをしたり人の字を書いて飲んだりしているが、東雲さんはただ静かに立っている。
私が靴紐を結び終えて、幼女学長に目線を送ると、先生が両手をあげる。私たちは中心に集まり、握手をする。右手と右手。
「それじゃあ、なんでも叶う権利をかけて、最後のバトルだよっ! 楽しもうね!」
ふたりは背を向け、元の位置に戻る。それを見た幼女学長は、ニヤッと笑う。
ぴょんと飛び跳ねて、手に持ったピストルの音を宙に──放つ。
そして、サイレンが鳴る。
「終わりのない衝動──」
「東雲流抜刀術──」
声が、爆ぜる。
「──Furious Gravityッ!!!」
「──虚虚ッ!!!!」
両者初手にして最高威力、そして超音速の威力の激突はソニックブームを引き起こして校舎の窓を全て割り、反対側の窓枠までをも破壊した。
「ブチ殺す──ガキがァ!」
「うるせぇ黙ってろよ無機物が!」
──GRAAAAAAAASH!!!!
横方向のベクトルに巨大な重力のうねりを生み出すFurious Gravityを、存在しない物をも切り裂く虚虚は両断する。
東雲スズカがそれを切り裂いた後ろには、重力の歪みで破壊された地面の破片が浮き上がり吹き飛ぶ。
「Zero Gravity──考えうる全ての方向ッ!!!!!!」
「ゲヒャヒャァ!!! 断罪には断罪だァァァ──裁定執行」
暴れ回るBlack Miseryの攻撃を全て相殺する、正義決壊天秤自身の技。
ありか、そんなの!!!
相手も伊達に十三獣王じゃないな──。
「──十三獣王」
……そうか、それはまだやってなかったな。
「どうした、ガキ。心臓を取り返すんじゃねぇのかよォ!!!!! 心臓の代償は重いぜェェェ!!!!」
単純な打撃技は裁定執行で相殺される。仕組みはまだ分からない。
仕組みを解こうにも、隙を見せれば抜刀が飛んでくる。
得意の思考も役に立たない。
なら、思考する時間を作れば?
……カルラマジでごめん。やるなって言われたこと、やる。
多分そうじゃないと、その先に待ってる「答え」に辿り着けないから。
そうして私は、手放した──。
「アぁん? なんっだ、ガキ。殺る気無くなっちまったかぁ? 帰ってママにすがりつきたくなったかァ? しょうがねぇなぁ、直々に断罪してや──」
──意識と理性を。
「……ホモサピエンスがいなければ何の役にも立たぬ、お前ごときが龍を裁くとは──カカカッ。嗚呼、滑稽だのう」
六年ぶりに現世に降りた千里を行くその黒龍は、静かに笑ってそう言った。
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