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05 不思議な少女

 ジリリ……ジリリリリリリ……ジリリリリリリリ──。


 突っ伏していた顔を枕から離す。顔面がむくんでいるのを感じる。疲れてたからうつ伏せで眠ってしまった……。身体を横に向けてむくりと起きる。


 この止まらない音はなんだ。私はスマホに指を滑らせて時間を確認する。


「まだ5時……」


 設定間違えたかな……。目覚まし時計を止める。


 深い溜息をついてまた布団にもぐろうとしたそのとき、視界に一瞬何かが映ったのが見えた。中庭に面した窓から射す薄い陽光。その淡い光に照らされた物憂げな人影があった。


 窓際に座るその人に目をやると、浅葱あさぎ色のグラデーションがかかったショートヘアをふわりとなびかせてこちらを向いた。


 そうだ、寮で同室になった女の子──……。名前は確か。


「藤堂イオリ。おはよう、浅倉シオンさん」

「えあ、おはよう……ございます」


 思考を読まれたようでびくりとしたが、こちらが「誰だこいつ」みたいな顔をしてしまったのかもしれない。それは大変失礼だ……。


 私室に入って向かって左が私のベッド、右側が藤堂さんのベッドだ。向こうは私と違って荷物がほとんどない。


 昨日は荷解きであまり話す時間がなかったけど、今日からちょっとずつ話していこう。

 ……にしても藤堂さんなんでこんな時間から窓辺で優雅に本読んでるの? 貴族なの?


「それは?」

「これはね『白鯨はくげい』。ハーマン・メルヴィル」


 はーまん……。わからないけど、白鯨というタイトルだけは何となく聞いたことがある。まあ、私も、魔剣師名鑑を読んでるときに話しかけられたら、こういう空気になったもんなぁ……。


 しかし、藤堂さんはそんなに気にしていないようで、スピンを本に挟むと、それを窓際のサイドテーブルに置いた。


「今度貸してあげるね。面白いから」

「えっと、うん、ありがとう」


 藤堂イオリという女の子は、どことなくふわふわとしていて、それでいて可憐さも持ち合わせる不思議な女の子だった。綾織あやおりさんほどずれてないけど、黒髪ツインテ姫カットこと東雲さんほど鋭いわけでもない。

 折紙アレンが近い……? でも彼女にはやはり、名状しがたい雰囲気が漂っている。ただ者ではないというか、不思議属性というか……。


「外」

「ん?」

「外が明るくなってきたね」

「うん、でもまだ5時だからもう少し寝よ──」

「一緒に走ろうよ、外」


 どうしてそうなる。


         ***


 軽く洗顔まわりを済ませ、指定のジャージに着替えると、寮一階の談話室で待ち合わせた。5時である、当然談話室には誰もいない。


「お、おまたせー。待った?」

「今来たところだよ、いこっか」


 寮監室前の名札を表にして外出中を示す。外に出て湖を渡ると、まだ明るみきっていない方の空に、淡い星が見えた。まだ少しだけ冬の残り香がある。空気が気持ちいい。


 どちらからともなくストレッチをはじめ、身体を伸ばし合う。寝起きのだるさはもう消えた。藤堂さんが軽く助走を始めたので、それに追従して走り出す。


 タッタッタッタ。


 気持ちのいいリズムをふたりで刻みながら、背の高い木々の間を走ってゆく。半世紀前の東京事変で更地になった場所に建てられた魔刃学園には、土地を強くするため、多くの樹木が植えられている。単に広さの指標として代々木公園と比べられることが多いが、自然の豊かさでも決して負けてはいない。


「こうして走っていると、自然とひとつになった気持ちになるの」

「はぁはぁ……うん、ちょっとわかる」


 元来体力不足の私には、ちょっと運動強度が高い。

 でも気持ちが良いな~……。


「ね」

「んー?」

「君の魔剣はどんなの?」

「私? えっとね、セントノワールの短剣。Black Miseryっていう銘があるよ」

「その魔剣の事、どう思ってる?」

「魔剣のこと……。えっと今は、とにかく楽しみかな。どんな風に一緒に戦えるのかなって」

「一緒に、戦う……? 『使う』んじゃなくて?」


 隣で涼しい顔をして走っていた藤堂さんが疑問を呈した。


「あ、えっと変だよね。……でも、私ってほらひょろがりのチビだし、ひとりで魔剣師になれるとは、あんまり思ってないんだ。だから、一緒に戦うって言った方が厳密と言いますか……。変な話だよね、ごめんね」


 そう言うと彼女は顔をまた前に向け、走り出した。その横顔は少し笑っているように見えた。


「くっ……ぷぷ、ふふっ、あはははっ!」


 少しどころかめちゃくちゃ笑い出した……。いやまあ、確かに変なこと言っちゃったよね……。

 東雲さんにもたしなめられた様に、私は真っ当な魔刃学園の学生とはずれてるのかもしれない。意識だけでもしっかりしようと思ったけど、いきなり魔剣頼りかよって思われたかな。


 しかしそんな心配をよそに、彼女はこう返した。


「君は面白いね。きっと良い魔剣師になれるよ──」


 そう言って、彼女は速度を上げた。


 え? 速度を上げた? ただでさえ追いついてないのに?


 彼女は笑いながら駆けて行く。


「あ、ちょ、ま──」


 そして私は早朝6時から迷子になり領地管理人さんの手をわずらわせ、なんとかラタトスク寮に帰ることができた。


 一体あの子は何だったんだ……!!!!


         ***


「今日は本格的な授業を始める前に、お前たちの身体強度を計測しておく。また、その前に魔剣への『血刻み』を行うからそのつもりでいろ」


 午前10時。皆ジャージになって、第一校舎ヘックスと湖上の古城の間にある第一競技場に集合していた。話をした眼帯先生は準備の為に一時場を離れる。


「ねね、シオンちゃん。血刻みってなに?」


 ほう、名前呼びですか、これだから陽キャは全くもう。嬉しい。


「血刻みっていうのは、魔剣の切っ先を指先に刺して血を吸わせる儀式だよ。魔剣と持ち主を紐付ける……Bluetoothのペアリングみたいな感じ」

「なるほどわかりやすい! 教えるの上手だね」

「勉強好きだからね。そのせいかも」

「勉強が……好き……?」


 そんな恐ろしいものを見たような声出さなくても。

 とふたりで話していたところ、くるっと振り返る前の男子。


「な。浅倉ってもしかしてなんだけどさ」

「私?」

「マガク模試ずっと1位のあの浅倉?」

「模試? あ、うん。多分そう。あんまり結果見てなかったけど」

「おお、すげえ。オレの地元でも有名だったんだぜ。あ、昨日の今日で忘れてるかもだけど俺は姫野ユウリね。昨日はうちのスズカがご迷惑を」


 昨日東雲さんを止めてくれた糸目の男子だ。


「あ、いえいえこちらこそ。お菓子美味しかったです」


 でも私が有名? そんなわけないでしょう……。たしかにちゃんと勉強はしてたけど……。


「ほら、マガク模試ってマガク受ける奴しか受けないじゃん。コミュニティが狭いから余計目立つんだよな」

「ああ、私魔剣師オタクだから、そんなに難しくもなかったというか……」


 チッ──。姫野くんの隣から舌打ちが聞こえた。この音は聞き覚えがある。中学でもよくトイレから帰ってきたら陽キャが私の席で談笑してて、そこに座ろうとするとよく舌打ちをされた。舌打ちソムリエなんでね、誰の物かは余裕で判別できますよ。


 ばっと振り返った東雲スズカ氏は今にも血管ブチギレそうな顔してこちらを睨んでいた。何事なのか、私は勘のいいガキなので想像がつく。


「はい、どうどう。マガク模試万年2位の東雲スズカちゃん、落ち着いて」


 な~んで火に油注ぐかなこのバカ。想像してもその先を言わなかったのに。


「アタシの方が……適性があるのに──」


 今にもお手持ちの魔剣で斬ってきそうな東雲さんを押さえる姫野くん。うん、やっぱりこの人が居るから何とかなりそうではある……。


「ったくお前らどんだけ血気盛んなんだよ。じゃあ東雲、お前からでいい。血刻みをやって見せろ。お前の家なら小さい時からよく見てきただろ」


 小さい時から?


「……ええ。わかりました」


 不承不承立ち上がり、皆の前に出る東雲スズカ。彼女は美しい手つきで緋色の鞘から白銀の日本刀を取り出す。そしてその刃にすっと親指の腹をわせた。


 血がなまめかしく輝き、やがてそれは白銀の中に沈んでゆく。

 見とれている間に終わったが、今のが血刻みだ。本物は初めて見る。


「結び終わったな。んじゃ、試し切りだ。そこにあるマネキンを斬れ。魔法木偶(でく)人形だから壊れない。お前に何ができるのかを見せてみろ」


 彼女は再び鞘に魔剣を収めると、腰を落とし、構える。折紙アレンの型とは違うが、似ている。これは抜刀術のひとつ──。


 彼女は目線を木偶に向け、言葉を紡ぐ。


「東雲流抜刀術──彼岸花ヒガンバナ

「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!


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― 新着の感想 ―
[気になる点] >何事なのか、私は勘のいいガキなので想像がつく 東雲スズカ「君のような勘のいいガキは嫌いだよ」 本作がもしもアンソロ漫画になるとして、姫野くんが東雲さんをからかわなかったら絶対この台詞…
[一言] 現実味ある設定をあまり押し付けず、 距離感が素晴らしいですね!
[良い点] マガク模試万年2位の東雲さん。 2位は2位の葛藤がありますよね。 でも個人的にはこういうキャラ好きです。 というかずっと一位のシオンも凄いですね。
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