55 VS藤原イズミ②
「能力の穴と言ったな」
私が幾度目かの吹き飛ばしにあって地面に危なっかしく着地したところで藤原イズミがようやくもう一度口を開いた。
「ハァ……うん。言ったよ」
「教えてくれ。そうすればすぐに試合を終わらせてやる」
私はその戯言が面白くて笑ってしまった。
「へえ。私が勝つとはひとつも思ってないみたいだね」
「藤原家の人間が、平民上がりの者に負ける……か。考えたこともなかったな」
「それもやっぱりどうでもいいの?」
「どの道勝つ運命にあるからな」
「……大層な自信で」
「だが技に穴があるのだとしたら、それは少しだけ気になる」
「いいよ。教えてあげる」
私はBlack Miseryを鞘にしまう。敵が積極的に攻撃をしないと分かっていて。
「ね、不思議に思わない?」
「何をだ」
「優勝まであと一歩のところ、勝ち目が薄い試合で、意味の無い攻撃を何度も何度も繰り返しするのって」
「何か意図があるのだろうとは思ったが、どの道俺は貫けないから無視していた」
そう。
「──だから、あなたに『会話』をさせた」
「なに?」
「思えば今までの試合で、ここまでぺちゃくちゃとお喋りをしていた組も居なかったでしょう? だってこれはバトル漫画のそれとは違う、将来がかかった試合なんだから」
「会話しているからなんだ。それが──」
「それが穴だよ。能力じゃない。あなた自身の穴だ」
本当に冷徹なら、初撃で終わらせればいい。
「確かめたかったんだ。そして確かめられた。疑念が確信に変わった」
「──なにを」
「あなたは良い人間だ。穴なんだよ」
***
■SIDE:綾織ナズナ
シオンは藤原イズミに向かって良い人間だって言った。どういうことだろう。
今までの冷徹さを見て、私にはそうは思えなかった。
隣のカルラ君は静かにそれを見つめていた。
「あいつ、よく気がついたなぁ」
ユウリ君が答える。
「どゆこと?」
「藤原家って、魔剣師四名家の中でもトップなんだ。これまで何人も剣聖を排出してる」
補足をするようにカルラ君が引き取る。
「勝つことしか許されない環境で彼は育った。彼の性格がどうこうじゃない。──ただ、それしか知らないんだよ」
「根は良い人ってこと? んー、でも表面に出てるのがあれだし……」
「そう、それでいいんだ。昔からああだったから、別に良い人ではない」
「だけど、その貼り付けられた何かを剥がしたその『内側』に何があるのかを、オレたちは知らねーだろ?」
「そうだな。この短時間で浅倉シオンは、そこにきっと何かを見出したんだ」
藤原イズミくんの中にあるもの……か。
***
「この短時間でカウンセラーにでもなったのか」
三節棍を的確に振り回し私の攻撃を反射する藤原イズミ。
「ぐっ──カウンターで敵を弾くだけなのはっ、人を攻撃なんてしたくないから。朝にトレーニングしていたのは──真面目だからっ。私の言葉に耳を貸したのは、そういう人だから、でしょ!」
これは私の想像だ。
「推論は推論でしかない。証拠がなければ空論だ」
「なら検証すればいいだけ!」
「検証──」
そして、これは私の賭けだ。
「もしも、千里行黒龍の力で殴られたら、あなたはそれをいったい何に跳ね返すの?」
「──……そうか、お前だったな」
そう、私の中には龍がいる。
「何度も重い火力で叩いたのは、それがどんな力でも跳ね返せると確認がしたかったの。あなたのその能力にはなんの穴もないよ。本当に強い。でもあなた自身はどう? 揺らがないと言える?」
「……揺らぎ?」
「千里行黒龍でぶん殴って、その反射で私が死ねば、あなたは多分、自分を責めるよ」
ブラフだ。私はまだ千里行黒龍の力を引き出したりできない。でもそれに相手が乗るのなら──。
「……かもしれないな」
やっぱり、ただ冷たいヤツじゃない。カルラに対するあれはまだムカついているけど、それは彼が不器用だからだ。
ならその仮面を引き剥がそう。
「……ああ、お前が死ねば俺はこの能力を呪うだろうな。でも、それだけだ。俺はきっとそれ以上に何も思えない。俺はそういう人間だ。……というか、なんなんだ。当たり屋なのかお前は」
うん、ごもっとも……。
「第一、お前は俺に怒っているんじゃなかったのか」
「まだ怒ってるけど、そっちがそんなんじゃ萎えるよ」
仮面を剥がすにはどうすればいい?
無理やり殴っても反射されて終わる。
なら、北風と太陽だ。
「……あ〜あ、名家の坊ちゃんは、もっと鋭い人だと思ってたけど、なんだ、ただの根は良い人ってオチね。敵になってくれたなら、ちゃんと本気を出せたのに。ほ〜んと気が萎えちゃった」
藤原イズミはそれを見て、私を鋭く睨んだ。双眸は冷たく──。
彼は三節棍を地面に振るう。それは鈍い音を会場に響かせ、地面に突き刺さる。
「馬鹿にするなよ一般人」
そう、本当は燃える矜恃があるんでしょ。そういう人は、手を抜かれるのを一番嫌う。東雲さんがそうだったようにね。
剥がせよ、仮面を──。
「──格の違いを見せてやろう」
こっからだ。ようやく始まるんだよ──本当の闘いが。
「……へぇ、いい顔するじゃん」
***
■SIDE:乙女カルラ
なんだ? 浅倉シオンも藤原イズミもさっきとはまるで違う。
殺気が、まるで違う。
怒りに満ちて──殺し合いが始まりそうだ。
「やっぱ、強い奴はわかんないよ……」
「だよね〜」
隣で綾織が言った。
「でもきっとあれ、ずっと変わってないよ」
「何が?」
ずっと──。
「勝ちたいってことと、カルラくんの仕返しをしたいってこと」
「え?」
「シオン、一回キレたら面倒だから」
「そうなのか? でも、藤原イズミはそんなの相手にしないだろ」
「やや、向こうの顔、ヤバいじゃん」
藤原イズミの目はいつもより冷酷に見えた。だが、いつもとは少し違う。「怒り」という確かな「熱」を持った──決闘者の目だ。
ああ、そうか。
浅倉シオンはやつの「人間」をむき出しにしたんだな。分厚い鉄の仮面を、剥がしたんだ。
怒らせて、自分のステージまで、引きずり下ろした。
「馬鹿だな……。そんなの、藤原が怒れば余計に強くなるだけだろ」
「でもシオンはきっとそれが必要だと思ったんだよ」
「俺のため……?」
「それもあると思うけど、たぶん、自分のために」
「余計なことして、敵を強くして?」
「嫌だったんじゃないかな。戦う意思のない人と戦うのは」
「……変なやつ」
「そこがいいんだけどね! へへ」
そう言って、彼女はいちごオレの紙パックをずずっとすすった。
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