48 VS妻鹿モリコ②
「なにこれ!?」
「ようこそ、私の舞台へ! クヒヒ……」
私の詠唱は途切れ、しまったと思った瞬間には、もうその幾何学模様は足元まで広がっていた。それが足に絡みつき、地に根を張ったように動けなくなる。
「クヒヒ……うまくいった……」
妻鹿モリコは長い黒髪をだらりと垂れながらクヒヒと奇妙な笑いを浮かべこちらに歩いてくる。
怖い怖い怖い。はやくぶっ飛ばさないとなんか身の危険を感じる!
というか貞操の危機すら感じる!!!!!
そう思うが、足を食い止める幾何学模様は妻鹿モリコの手のひらから一帯に広がり、それはもはや私をどこにも行かせない監獄となっていた。
なんとか一歩踏み出しても、その先には幾何学模様が広がっているのだから。
完全に、その場に固められた。モリコは、一歩ずつ近寄ってくる。
「ちょ、まっ」
「クヒヒ。私、気になるんです……」
「な、何が……」
「──あの偉大なるコタツ先輩が誰かの特注品を作るなんて……あなたは一体どんな手を使ったのか。いや……その人がどんな人なのか、どんな人生を経て、好きな物は何で、嫌いなものは何で、人生で一番恥ずかしかったことは何で、嬉しかったことは、苦しかったことは気持ちよかったことは、つまらなかったことは──そんなことが知りたい。……知りたい、知りたい……知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたい知りたいッ!!! あなたのすべてを味わいつくしたいのです!!!」
ヤベー……。典型的なヤベー奴に捕まった……。ヤベーですわよ……。マッドサイエンティストって全然例えじゃないじゃん。本物じゃん。
「しかもそれが女の子と言うではありませんか! この男性優位の職業で、ここまで上り詰めた女の子!!! クヒヒヒヒヒ! 一体どんなお味がするんでしょうねぇッ!!!!!」
ヤバいヤバいヤバい。手をワキワキさせながら近づいてくるし。あんまりこんなこと女の子に言いたくないけど、キモいって!!!!
「そうだ、あ、あなたも女の子じゃん!」
「クヒ、私はどっちでもいけますので」
二刀流かぁ〜!
というかそういうことじゃない!! 聞いてないし!
「別に今じゃなくて良いでしょ? あとでお茶でもしよう? ほら、今は戦おうよ、ね?」
「いいえ。私は一度気になったことがあると他のことに手が付かないのです。悪い癖ですね……。ですから、今ここであなたをひん剥いてあなたの赤裸々なところを赤裸々にしなければ気が済まないのです! はっ、これが……愛?」
ちげーわ。愛歪みすぎだろ。
というかなんなのこの魔剣技……。てか魔剣技だよね?
妻鹿モリコの手から広がって、範囲制圧をした──。フィールド系と見るのが正しい気がする。
でも、フィールド系は範囲が広い代わりに意識の集中が必要だ。牧野コウタだって索敵する時は瞑想みたいに静かになった。
こんなお喋りをしながらフィールド系の魔剣技を使え──。
「──じゃないのか」
ああ、そうか。──そういう事か。
「クヒ。コタツ先輩が依頼を受けたと聞いた瞬間から私はあなたと戦うためだけに対策を講じてきました。こう見えて頭が回りますので、足りないフィジカルを魔剣で補って──。動けないあなたからすべてを搾り取るために……。コタツ先輩は偉大なる先輩で、尊敬しています。でも愛では無い……。今あなたと相対して確信しました、これこそが愛──あなたに向けるこの熱いものこそが、本物の愛だと!!!!」
「ふうん、催眠魔剣を使うのが、本物の愛?」
私の胸と唇に手をやろうとしていた妻鹿モリコがピクっと固まった。
「私も頭だけは回るんだ。頭の勝負は分が悪いと思ってたけど、あなたが想像以上の腕を持っていて良かった。これが魔剣技じゃなくて『作られた魔剣によるものだって信じることが出来た』から」
彼女が並の調律師だったらこんな真似は出来ない。妻鹿モリコが、トップクラスだと知っていて、こんな真似ができると理解出来たからこそ、突破できる。
妻鹿モリコは催眠魔剣で「妻鹿モリコは魔剣技を使って私を拘束できる」という催眠にかけたのだ。
「でもその魔剣がないのは不思議だけど」
「クヒ。楽屋挨拶の時に催眠をかけました。催眠魔剣だけ見えないようにする催眠を♪」
「せこい……」
てか楽屋挨拶のつもりだったのかよ。
まあいい。せこさだって強さのひとつだ。だけど、ただの催眠なら解けばいいだけのことよ!!!
私はBlack Miseryを思い切り太ももに突き立てる。痛っ──。
何度やったって太ももに剣を刺すなんて慣れないな。でも、その痛みが頭の中に侵食してきた催眠系統を破壊し、明瞭にしてゆく。
視界が晴れ渡るように、幾何学模様は消えてゆく。気づけば、フィールドには何本もの催眠魔剣が刺さっていた。多重に使い、強化していたんだ。
本気だったんだな。キモいけど。
「クヒ……。この私が頭脳でも負けるなんて……そんなの……最高すぎ……。クヒ、クヒヒヒヒヒヒヒヒ。……ちゅき」
Chuっと飛んできた投げキッスを避けてさっさとGravityで吹き飛ばす。
「……ストーカーになったらどうしよう」
──CRASH。
妻鹿モリコ、場外で気絶。私、寒気に襲われながらも、勝利──。
その後、妻鹿モリコがラタトスク寮の周辺に出没するようになったのは別のお話。




