04 一緒にしないで
養護教諭の先生──とても美人だった──に湿布を貼ってもらって、鼻に鼻血止めを詰めると、私と綾織さんは一緒に学生寮へと向かうことになった。
「友達……かあ」
「あたし、人に友達になってって言ったの初めて」
へへと笑う彼女。しまった、口に出てた……。
しかし、友達になってと言われたのは、私も初めてだった。
「なんていうか、今までは気がついたら友達になってるし、何となくグループで固まってたから、こういう、マジっぽいのってちょっと恥ずかしいね」
頬をぽりぽり掻きながら言った彼女の照れ顔はかわいいものだったが、正直私はそもそもグループに属していなかったので全然共感ができなかった。
あ、いえ、そのいじめられていたとかではないんですけどね。
どうしても魔剣師というのは男性比率が高いので、趣味を共有できる仲間がいなかった。友達というのはなにも趣味を必ず合わせなければならないものだと思っていたわけではないけれど、自分みたいな奴に誰かを付き合わせるのが、何となく申し訳なかった。
「でもそういう友達って、気がついたら友達じゃなくなってることもあって……」
「そうなんだ」
「違わない? 卒業しちゃったら、環境ってどうしても変わるし」
「あ、いや……友達、いたことなくて。よくわからないから」
そう言うと綾織ナズナはぐいっとこちらを覗き込んだ。
「友達要らないタイプ?」
「ん~……死にはしない」
「か、かっこいい。あたし死ぬもん」
うさぎかな? かわいいね。
「じゃ、じゃあやっぱりけっこう迷惑だったかな……」
「驚いたけど結構というほどではないよ」
「ちょっとは迷惑だったんだ!?」
その反応が少し可笑しくて笑ってしまう。
私はきっとこの子に心を開いているんだ。思えば綾織さんに対しては、初めから敬語が外れていた。私にしては珍しい──というわけでもなく、彼女の懐に入る力がきっとそうさせている。
でも、嫌な気はしないんだ。
「私なんかでよければ、お受けしたいです」
「へ?」
「その、友達」
ふっと足を止め、私が振り向くと、ぼうっとした顔が、だんだん明るくなっていって、ぱあっと笑みに変わった。
「浅倉さん! これからよろしくねっ!」
「うん、よろしく」
こうして、何とか地獄の7年間の回避には成功した。そして、初めて友達が出来た。
でも、なんで私を選んでくれたのだろう……。色々考えてみたが、友達が今まで居なかったような人間の人間考察ほど役に立たないものもなく、今はただその好意を素直に受け取ることにした。
大体、綾織さんは嘘がつけなさそうだ。
***
破戒律紋寮は学園中央の第一校舎から最も遠く、北東に向けて3㎞ほど歩かなければならない。
剣に乗って飛ぶ、いわゆる飛空魔剣を使えるのは3年生からなのでまだまだ先の話──。
へとへとになって、もうこの学校辞めてやると思ったそのとき、目に入ったのは湖上に浮かぶ、古城の様な見た目をした一部スチームパンク的ともいえる建築物だった。
「ラタトスクの先輩たちが元々あった古城を魔改造したらこんなことになったんだって」
綾織さんの説明によると、外装は増築に増築を重ねた九龍建築だけど、中は学校内でも綺麗な方で、建築基準法もしっかり順守しているらしい。
ほんとかなと疑いの目を向けつつ湖へ進むと、がこんがこんと巨大な歯車がかみ合った水車の様な音がし、きょろきょろ辺りを見渡していると、目の前の水面に何かがせりあがってきた。それは飛石になっていて、湖上の古城まで続く道となっていた。
ふたりで顔を見合わせた後、落ちないようにそれを渡っていく。距離は20m程度。これ、落ちたらどうなるんだ……。と若干嫌な妄想をしながらなんとか渡り切る。
するとそこにはガラス製の扉があった。これあれだ、たぶん魔法の呪文とか唱えないと開かない奴。ファンタジー小説で読んだことあるから知っている。
「えーと、開けゴマ! ちちんぷいぷい! アブラカタブラ……ホーカスポーカス!」
シン──と静まり返るその場。あっれー……おっかしーな、上手くいくはずなんだけどなぁ……。
と、それを見守っていた綾織さんが気まずそうな顔をして腕章をガラス扉の上に掲げた。
『認証──破戒律紋寮1年生、綾織ナズナ、浅倉シオン。寮生の通行を許可します』
ウィーン。
自動ドアじゃねーか!!!!!
「な、なんかごめんね」
「私まだ腕章貰ってないもんね……行こうか……」
***
「──で、ラタトスクの担当教官は俺だ。隣のコレが7年生の監督生な。学生の代表だから困ったことがあればこいつにまず相談すりゃいい」
私と綾織さんが寮の廊下を進んで中央の談話室に辿り着くと、ラタトスクに振られた生徒たちが地面に座り眼帯先生の話を聞いていた。眼帯先生の隣には黒髪ショートな年上のお姉さんがいる。
「やっほ! わたしは八神ライザ。7年生とか監督生とかいろいろあるけど、そゆの気にしないでいいかんね。──破戒律紋寮のモットーはひとーつ!」
八神先輩がそう言って上を見上げ、皆つられて上を見上げる。ずっと上の階まで吹き抜けとなっている談話室、先輩たちが階下を見下ろす為顔を出している。そして口を揃えて叫ぶ──。
『戒律なんてクソ食らえッ!! 魂だけが道標だッ!!』
その大きな声にびっくりするが、そのモットーはちょっと気に入ってしまった。
破戒律紋寮ははみ出し者の最終処分場との噂だし、ここから剣聖が出た記録もない。
でも──。
「なんだかすごいね……」
「うん、超すごい」
でも、ここでなら、もしかしたら変われるかもしれない。
そんな気がした。ちょっとだけね。
「わたし達は君たちを歓迎する! ようこそ、ラタトスクへ!」
八神先輩や他の先輩たちはやることをやって満足したのか、三々五々に私室へと帰っていった。それから眼帯先生が、寮生活における基本的なルールやシステムを説明してくれた。そして最後に付け加える。
「監督生はああ言っていたが、校則を破れば退学にするし、和を乱すような輩は俺の寮には要らない──わかったな。特に浅倉シオン」
ぎゃーっ!
遅れて入ってきた私たちをじろりと見た眼帯先生。汗がタラタラ流れる……。
やっぱラタトスクなんてクソだ……。
「大丈夫ですせんせー! あたしが一緒だもん!」
隣の天使だけが唯一の救いと言った所。
「お前が居たら余計心配だがな」
眼帯先生の言葉で狙撃され撃沈する綾織ナズナ。かわいいんだけど、どこか抜けてんだよなこの子……。
「初日から2回も遅刻するなんて言い御身分ね。剣聖志望さん」
壁際で腕を組み瞑目していた少女がそう言った。黒髪ツインテ姫カット、新入生行列から飛び出して私を糾弾した子だ。
「いやその、色々理由があって……」
「目の前で守るべき誰かを救えなかった時も、あなたは色々理由があってと言うの? それ、遺族の前で言える?」
「──っ」
シンと静まる。それは正論だ。私は安易なことを口走った。返す言葉もない。けれど、そこで見覚えのある誰かが椅子から立ち上がりちらりとその少女を見た。その金眼は剣吞な目つきだった。
「浅倉シオンは人助けができる人間だ。人を責め立て委縮させるお前とどちらが剣聖に近いかと訊かれれば、俺は前者だと答える」
折紙アレンの言葉は真剣だったが、それ故に相手の逆鱗に触った。
「なんですって──?」
ふたりの危険な目線がぶつかり合う。どう見ても最悪の状況。
震える私、泣きそうな綾織さん。見守る同級生。
「──魔剣を出しなさい。ケリをつけましょう」
チャッ。彼女は腰に下げた緋色の魔剣に手をかけ……──ようとしたところで彼女はひょいっと抱えられる、ひょいっと。
「ちょ、離しなさいよ! 降ろして! ユウリッ!!」
「はいはい、どうどう。いやーみんなごめんな、こいつ巨虚鯨紋に行きたかったのにラタトスクだったもんで、気が立ってるんだ」
「うるさい黙れ! ラタトスクのくせに」
「お前もだろーが……。んで、オレは姫野ユウリ。このわーぎゃーうるさい奴は東雲スズカ。オレら同郷なんだ。こいつヒステリックなとこあるけど、根は良い奴なんだよ」
「だまれ!」
「えっと、折紙と浅倉だっけ、ごめんな、あとで地元の名産のお菓子やるよ! 自由時間になったらここ集合な! んじゃまたあとで~」
「離せ! 降ろせ! 斬る! 絶対斬──」
飄々とした糸目の男子に軽々抱えられていった東雲スズカ。彼女との関係は今後難しいものになりそうと一目感じたけど、あの猫みたいに連行された様子を見るに、意外と大丈夫なのかもしれない。たぶん。
「地元のお菓子だって、楽しみだね!」
で、綾織ナズナはこの子でずれている。
「シオン。さっきはああいったが、剣聖になるのは俺だ」
折紙アレンはコイツで変な対抗意識燃やしてくるし……。
「無許可の決闘とか問題行動を起こせば退学だからな。以上」
眼帯先生は相変わらず私を見てくるし。
結論、やっぱ破戒律紋寮はクソ。
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