03 その劣等生たち
「皆さん、ご入学おめでとうございます」
まるで裏社会を牛耳っていそうなスーツを着た、眼光の鋭い副学長が壇上で挨拶をし、新入生は礼をした。
アテナイにある半円劇場の様な講堂に集まった全校生徒は300人程度。7年生までいることを考えると、ひと学年50人弱だろうか。全員あの副学長のことは怖いらしく一点にそちらを見つめている。
「宇宙飛行士、自動車整備士、調理師──そして魔剣師に通じることが何か、諸君にはわかるか。それは人間の命にかかわるということ。至極当然だが、意識しつづけなければ忘れてしまうことだ。
魔剣師には、半世紀前に現れたあの特異点からくる来訪者を一匹残らず駆逐するという使命がある。君らはまだ学生だ。去年まで中学生だった。だが、魔刃学園は君たちを子どもとして扱う気はない。入学したくてもできなかった7000人の落伍者の想いを背負い、励め。以上」
そのスピーチに圧倒されたのは私だけではないようで、拍手はまばらだった。それでも、その厳しい言葉は正しいように私は感じた。人を守るということは、人の命の重さに触れるということだ。自分も、努々忘れないようにしようと心に刻んだ。
副学長が壇上から降りると、しばらく静寂が続いた。そしてそのあとに、ヒグマの子どもくらいの身長の何かがとててっと壇上に登る。こども……? 幼女だな。
なんだろうあれ。パフォーマンス……?
しばらく見ていると眼帯先生が現れ、副学長用のマイクを調節し、その子どもに合わせた。あの幼女が歌でも歌うのかしら──。
「みんなおはよう! 学長せんせいだよ!」
シンと静まりかえる講堂。
え!? 学長!? あのちっさいのが? 私の身長の半分くらいしかないよ??
私でも154㎝あるのに……。
「場はあったまってるね!」
どこがだ。驚きでシベリアくらい冷えてるよ。
「さっき副学長せんせいからあったとおり、魔剣師というのは厳しい仕事です。過酷な割に賃金は安いし、引退が早いから将来性がないし、命の危険だってある」
ちっこい幼女だったが、言葉はしっかりとしていた。
「でもわたしは思うのです。学生生活くらいエンジョイしたいよねって」
あれ?
その幼女先生の言葉に上級生たちはみな拍手を送った。なんだこの学校。
「ですが、皆さんには素晴らしい魔剣師になっていただきたいのも本音……。そこで思ったのです。勉強を頑張って頑張って、その後にあるお楽しみって、すっごく気持ちがいいじゃないですか!」
幼女先生の言葉に拍手喝采が起こる。副学長の時とは大違いである。なんだこの学校。
「だから、勉強もお楽しみも、一挙両得! 魔刃学園はそこを目指したいのです!」
んばっと両手を挙げた幼女先生に生徒たちは狂喜乱舞する。
あー……。飴と鞭なんですね。飼いならされてる……。
「みんなの人生の大切な7年を私たちにください。きっと、かけがえないものをお返しできると、私たちは信じています。魔剣師を目指してくれてありがとう。誰かを守るために立ち上がってくれて、ありがとう。ご入学、おめでとう」
幼女学長のあたたかいスピーチに新入生、上級生共に万雷の拍手を送った。かくいう私もその言葉にうるっときてしまったのでパチパチと大きく手を叩いた。
そうしてつつがなく式典が終わると、解散の合図と眼帯先生の指示により新入生らは各々のクラスへと分けられていった。
魔刃学園は普通の大学付属高校とは違い、国家魔剣師資格取得課程という専門教育課程を7年かけて修める。
上位者が下位者に教えるという形式を重んじている、つまり縦のつながりを重要視しているこの学校では、全校生徒が4つの「寮」に分けられて学生生活を送る。
新入生はその「組み分け」が如何に大事かを入学前に噂で聞いているため、その瞬間を戦々恐々として待っていた。
「今からお前たちを4つの寮に分ける。7年間その組は変わらない。入る学生寮もそれで決まる。資質、精神、才能、胆力、技術等の項目で総合的に判断し、それを伝えるが、基本的に異議は認められない。では先頭から──」
眼帯先生が不吉な顔をしながら次々と生徒を割り振っていく。眼帯先生は口にはしなかったけど、私は事前に寮生の特徴について調べておいた。これから7年過ごすのだ。その場所がどういう場所なのか知っておいて損はない。
まず不死鳥紋寮。不死鳥の意匠が施された腕章が特徴。聞くところによると勤勉な努力家、勇敢で強い心を持った人が多いそう。かっこいいじゃん……。
わ、私はここかなぁ。こ、これでも努力家な一面はありますし……? がんばってきましたし……? 強い心も……ありますし?
次は巨虚鯨紋寮。ここは最強者が集まると言われていて、最強の生物リヴァイアサンのモチーフが描かれた腕章が特徴。全体的に静かで無感動な人が多い。でもそれはカリスマ性の裏返しでもある。かっこいい。ここでもいいなぁ。
もうひとつは創造視紋寮。魔剣師として活躍しながら、魔剣工房で魔剣造りもする調律師に向いている人がいる寮。単眼で鍛冶を得意とする巨人に由来し、腕章にはひとつ眼が描かれている。
ここは二番手候補。二刀流なんて超かっこいい。頑固な人が多いらしいけど、わりとそれでもいいかな。
で、最後が破戒律紋寮。学園の中でも変人奇人が集められた、魔剣師養成校としての最終処分場。腕章のモチーフに至ってはリスである。不死鳥、最強海獣、巨人ときてリスって……。ここに入ったら終わる。魔剣師になるのも相当苦労するだろうし、人間関係だってまともに築けるかわからない……。
うん、そう、ここだけは絶対に嫌だ。
「──折紙アレン。破戒律紋寮」
「はい」
周囲がざわついた。ついにラタトスクが出た。……ってあれあの褐色金眼の青年こと折紙アレンだ……。うん……、まあ、変人だもんね……。妥当というか、私的にはもう今後あの人と関わることはない予定だったので、それがはっきりしてよかっ──。
「浅倉シオン。破戒律紋寮」
あ、またラタトスクが出てる。まあでも学年を四分割しているんだからそれもそうだよね。
「浅倉、返事」
そういえばここは名前順じゃなくてランダムに呼ばれてるのかな。浅倉シオンさんが今呼ばれたから、浅倉シオンである私は次くらいかな。
……。
ん……?
浅倉?
今、浅倉シオン、破戒律紋寮って言った?
がくがくと震えだす身体をぎこぎこと眼帯先生の方へ向ける。
「浅倉、早くしろ。遅延行為とみなして罰当番にするぞ」
「私のこと呼びました……?」
「呼んだ」
「破戒律紋寮で?」
「そう」
「……──」
嗚呼……。
「せんせー! 浅倉さんが鼻血出してぶっ倒れました!」
「んじゃお前が保健室連れてけ」
「あたし!?」
そんな会話を意識の遠くに聞きながら、私は校舎の方へ引きずられてゆく。服のはだけとか、引きずられて尻も腕も痛いとか、そんなことより、自分が破戒律紋寮に振り分けられたショックの方が大きかった。
というよりもその現実を直視するのに時間がかかった……。
なぜなら、魔刃学園創立以来、破戒律紋寮から剣聖はひとりだって出ていないんだ──。
***
ぱちり。目を開けると、そこには知らない天井があった。
「あ、浅倉さん。起きた?」
「おけつが……痛い……」
「ご、ごめんねー。あたしあんまし力なくって」
いつも教室の端で魔剣師名鑑を眺めていた灰色の中学生活を送っていた私とは縁もゆかりもなさそうな、顔も声も髪も明るい女の子。ゆるいギャル風。
彼女は私を引きずって保健室まで連れてきてくれた。
「ごめんね、重かったでしょ」
「んーん、ぜんぜん。むしろ軽いよ。あたしなんて最近量ったらごじゅ──」
顔を赤くして顔の前でぶんぶん手を振る女の子。気にしなくていいのに。
私からすればその分厚い胸部装甲が疎まし──やめとこ。
入学式早々からぶっ倒れて保健室でダウンか……。まあそんな奴ラタトスクで妥当だなぁ……。
「あの、あなたはいいの? ホームルームとか」
「もう終わったよ。それで、その後の様子が気になって。大丈夫だったかなって」
おいおい天使かよ。
「私に構ってたら友達つくる機会逃すよ。私なんてラタトスクだし。7年間友達無しとかきついでしょ?」
「そうだね。だから、友達つくりに来たの……!」
「?」
「あの、えっと、あたし綾織ナズナ。あなたと同じ破戒律紋寮だよ。それで、も、もしよかったら──」
それは、私が初めて言われた言葉だった。
「──あたしと、友達になってくれませんか?」
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