296 黎明|会心の一撃②
「どう? 私の友達があなたの部下を二人殺したよ」
「否定。あれらは部下ではなく盟友」
「そ。怒る?」
「否定。そこまで親しい関係ではない。事実、我々は目的を同じくするのみ」
「あなたが一人になっても続けるの?」
ラウラ・アイゼンバーグがティーテーブルを挟んでフロイトと話し始めて実に2000時間が経過した。──というのも、ラウラは自分と彼とを包む一帯の空間をティーテーブルという緩衝材を用いて切り取ったのだ。切り離したと言ってもいい。周囲から断絶したのには理由が二つあった。
まず、ラウラ自身がフロイトの事を知らねばならなかったからだ。
黎明旅団最強の支部長と名高いラウラ・アイゼンバーグだが、その実彼女は全ての判断を、極めて精緻で丁寧な計算の元行ってきた。彼女と付き合いの浅い人間、否、深い人間からも、ラウラ・アイゼンバーグは気まぐれだと思われているが、彼女は盤上の駒と形勢判断を誰よりも行っている。加えて、その計算が今まで狂ったことが無いからこそ、彼女は最強なのだ。
故に、彼女はフロイトという脅威の対処を手掛けるにあたって、彼のことを知ろうと思い、ティーテーブルを用意した。思惑通り、彼は紳士であったので、空気全てを反物質化する攻撃は発動させながらも、ラウラの対話に応じた。ラウラはフロイトと言葉を交わして、分かったことをふと思う。
「(これはダメだ。もう狂ってしまっている)」
時間の流れが違う断層の向こうの戦場で、臨界ゼレーナを見た時もラウラはそう感じた。まるで全ての駒がクイーンであるかのように振る舞うのだ。極東のゲーム、ショウギとは違って、そのクイーンはとっても使えない。
クイーンは破壊と平和の象徴だと常々ラウラは思っていた。そして自分にも似ていると。破壊的な力は抑止力となり、平和を作る。故に、女王なのだと。だが、ラウラはその時点で一手負けていた。偽典ネグエルはプレイヤーとして駒を操る。当然、盤外から。クイーンという、落とす事が可能な駒である限り、ラウラ・アイゼンバーグはプレイヤーではないし、プレイヤーを倒せない。
では、クイーンとクイーンのどちらが強いのか。
答えはない。どちらも等しく、強いのだから。
故に、ラウラ・アイゼンバーグは先延ばしにした。これが二つ目の理由だ。もしも黎明旅団側にプレイヤーが居ないのなら、このチェスは初めから詰んでいる、と。そして、2000時間の支払い猶予期間も、終わってしまう。
「実行、もう終わらせる」
「もう少し待ってくれないかな。ウチも人手不足でさ」
「否定。我はとても長い時を、またされた」
席を立つフロイト。ラウラは終わったと思った。奴がこの時空断層から抜け出した瞬間に、空気中の全ての物質が連鎖爆発を始める。大気に引火する。
だが、その一言がLegionを伝って聴こえた時、このゲームの、味方側のプレイヤーが一体誰であるのかを、ラウラは知る。
「そうか──、あいつは前のループに居なかった、唯一の人間だ」
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