27 都合のいい女
四面楚歌という四字熟語が私の脳裏を掠めた。
『斬れば1pt。退場させたら10pt。斬られたらマイナス5pt。そして来訪者を討伐すれば10ptを与える』
私は負けたくない。その気持ちを一番知っているのは、アレンでも私自身でもなく東雲スズカだ。
それは、私が彼女に宣戦布告をしたから。彼女は、私が宣戦布告をしておいて発煙魔剣を使うなんて思っていない。
だったら気絶するまで立ち続けるはず、そして私は頑張ろうと思えば頑張れることでちょっと有名──。
斬れば斬るほどポイントを吐き出すサンドバッグ。私ほどこの試験で都合のいい女はいない。
だから私は真っ先に狙われたのだ。
東雲スズカ、狙撃手、乙女カルラ。その他にも数人の足音があり、私を狙った人間同士での衝突も聞こえる。
ただ、乙女カルラに関してはポイントが目当てでは無さそうだった。
「ポイントは要らない。そもそもこの試験自体にさして興味が無い」
言うカルラの喉元に魔剣MURAMASAスカーレットが突きつけられる。
「だったら、邪魔しないで──」
「お前は蛇使いの中に何があるのかを知らない。暴走すれば試験どころじゃなくなる」
「なに? 浅倉シオンが特別だから会いに来たってわけ?」
「そうだ。だが特別な人間なんて本当は要らない。だから斬る、ここでッ!」
──BANG!!!!!
弾丸がカルラの目の前を横切る。威嚇にしてはやりすぎだ。カルラは動きをとめた。
そしてその主は狙撃手であるという優位性を捨てて、こちらに歩いてきた。
「ユウリ。アンタは木の上にでも引きこもってなさいよ」
「生憎だけど、ここで浅倉に負けられる訳にはいかねーんだわ」
「は?」
姫野ユウリはライフル──Northern Farmのパトリオット2000──をふたつに解体し、それぞれが拳銃になることを示して片方をカルラ、もう片方を東雲スズカに向けた。
姫野は口元だけを笑わせて見せた。彼は私を東雲さんと戦わせるために守ってくれていたんだ。さっきの牧野君の時も、今も。
「浅倉ァ、そう簡単にくたばるんじゃねーよ」
「ふん、まだくたばってないよ」
その機に乗じてカルラは双剣を姫野と東雲さんに向けた。
これで東雲スズカが拳銃、魔剣一本分出遅れたことになる。
「──どいつもこいつも馬鹿みたいに」
静かに呟いた東雲スズカの瞳に何かが見えた。その雫はツっと頬を伝い、落ちる。
私と乙女カルラは一瞬目を奪われその雫を目で追ってしまった。
だが、それは駄目だった。
「浅倉ッ! 今すぐ撤退しろッ!!」
──ZASH。
それは音を超える速さで刀を鞘に収め、作る姿勢。初めての授業で見た時よりも格段に洗練されたその構え。
東雲流抜刀術──彼岸花……!
「終わりのない衝動ッ!!! Gravity 1 to 0ッ!!!!」
──PAN!
「なにッ!!!」
「あれが浅倉シオンの魔剣技──」
私は慣性力に従い上空へ吹き飛ばされる短剣Black Miseryを絶対に離さないよう跳ぶ。
そしてある程度の高度まで上昇し、彼岸花の射程圏内から脱すると、魔剣技を解除した。
終わりのない衝動。不刃流を使った後に、身体に残っていた気だるさから着想を得た魔剣技だ。
これは「重力を操作する」技で、今回の場合は私と剣を重力から解放し、慣性力でその場を緊急離脱した。
本当は第二宇宙速度を超えたら笑えないので無闇に使うものでもないというのが注意点。
浮遊するBlack Miseryにぶら下がった状態を解除し、自由落下、また浮遊、地面に着陸してその後は適当な茂みに身を隠す。
正直アレで空を飛ぶのは危ない。短剣だから掴むところが少ないし、飛空魔剣の資格がないのに魔剣で飛ぶなんて見つかったら退学だ。
ま、まあ、反発を利用する飛空魔剣とは原理が異なるのでギリギリセーフでしょうかね。ははは。
そんな冗談も言っている暇は無い。さっきの自分の状況ならいつサンドバッグになっていてもおかしくなかった。姫野には今度なんかお礼しよ。ナズナの手作りクッキーとか。
それにカルラは私を完全に殺しに来てる。人の事誘拐しといて今度は暗殺ですか。まったく、それが魔剣師になるもののやり方ですか!
でも、各々の思いは思ったより強い。姫野がつないでくれたチャンスだ。ここでやられる訳にはいかない。
それに──。
『16人は本戦へと進み、試験の点数は得たポイント数に2をかけた数とする』
それがどれだけ不味いことか見落としていた。
万が一ポイントがマイナスの状態で終われば、それが2倍される。
点数が高い人間はより高く、そして低い人間はより低くなる。
意地の悪い試験だと思ったけど、それ以上に何かを見落としている気がしてならない。一体、なにを──。
しばらく休憩して、水を飲み落ち着くと私はある程度開けた場所に向かった。
膝をついて座り、抜刀姿勢。いつでも斬れる様に。だけど、現状で誰かと戦闘をするつもりはなかった。
ただ待つ。
それにはひとつの気づきがあった。
なぜ、この試験を瑞穂大森林で行うのか。それは。
乱数特異点──。奥多摩にある直径5kmの特異点とは違い、断層のようにごく小規模な、されど誰かの意図では無い自然発生の特異点が生じる土地だからだ。
テミスの出現もこの乱数特異点が原因では? と言われているが、乱数特異点はそこまで巨大なものでは無い。
……例えば、目の前にいる奇妙なウサギのようなリークくらいの大きさしか出入りができない。
私はその抜刀姿勢で集中を極に絞る。
この試験はそもそも、斬り合うためのものじゃない。いかに多くのリークを倒せるか。──これは狩りだ。
私はその思考に至ったが、皆がそういう考えでもないだろう。ランダム生成される特異点を待つより、確実に存在する人間を倒した方がロスがない。
だけど、受けでポイントを失うよりは余程いい。
そして私の剣が害獣的リーク、奇妙なウサギを捉えた瞬間。
SLASH。目の前で長物が舞い、そのリークを斬りさった。
「あれ? シオンちゃん?」
「ナズナ……?」
そこに居たのは、ジャージ姿に薙刀を持ったナズナだった。
いやそれより今、獲物ガッツリ取られたな……。でも許そう、親友だからさ……。
「ご、ごごご、ごめんねっ!?」
「いいよいいよ。試験だからしょうがない」
「なんだか、すれ違うみんなから隠れてここまで来ちゃった……。みんなギスギスしてて……」
「そうだね、多分、これが対人戦だと思ってるんだと思う。私が思うに、これは乱数特異点から出てくる来訪者を狩──」
喉元に、冷たい感触がした。
その長物を扱うのは、その場にただひとり。
その顔は少し申し訳なさそうで、それでもどこか覚悟を見せた顔だった。
「これは狩りじゃないよ、シオンちゃん」
「──ナズナ」
「憧れを超えるための、壁なんだっ!」
綾織ナズナはスっと薙刀を引くと、美しい長物捌きで、元の位置に帰る。
そして、八相の構えに振りかぶるナズナ。その瞳は、紅蓮に燃ゆる。
「勝負しよう。あたしの、憧れ──」
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