25 賭博場より
「これより国語総合の筆記試験を始める。──始め」
一斉に皆が解答用紙、問題用紙をめくる。
幸いなことに難しい点はなく、やはり魔刃学園は一般科目に力を入れている訳では無いことが改めてわかった。
ただ、先輩の話を聞くにそれは1年の時だけらしく、1年生では基礎を多く詰め込む必要があるため、一般教科で凝ったことはしないらしい。
裏を返せば2、3年生になったら関東トップクラスの授業が待っているということになるね、とナズナに言ったら泡を吹いてぶっ倒れた。
それを見たアレン。
「俺はなんの心配もしていないがな」
「優勝して、例の『権利』使って赤点をもみ消すの?」
「ああそうだ」
真顔だけど自信満々にそう言ったアレン。でも、それはなんの冗談でもないのだ。
優勝を目指すということは、そこに至るまでの全員をぶっ倒すということだ。
言ってくれるじゃない。
私は明後日から始まる予選に向けて、マインドセットを始めた。
筆を走らせて、自分には考えることが出来る、とそう自分に言い聞かせ、拭い切る事が出来ない不安から少しだけ目を逸らした。
***
私は試験が終わると、いつも使っている制汗剤を取りにファイトクラブの部室へ足を運んだ。
ガラララ……。
「あっ……」
「あっ……」
八神ライザ先輩と目が合う。ほか数人の先輩たち。テーブルを囲んで、カジノチップを積んでいる。
そして、積まれているのは魔刃学園1年生の顔写真の上。
「何してるんですかね、先輩」
「あっ、やっ、違うんだよ、違うの」
「脱衣麻雀は禁止って、私言いました」
「違うよ!! 定期考査を使ってみんなで賭けてただけだって!」
「ふぅん」
「あっ、謀ったなこの!」
クソデカため息をついた私はそのテーブルを覗き込んだ。
「やー、毎年このクラブでの伝統でさー。誰が何位か予想してんだよね」
「悪趣味ですね、さすがライザ先輩」
「言うように、なったじゃん……シオンちゃん……」
しょぼくれた先輩たちは放っておいて、私はその賭けられた様子を見る。
皆1位予想は折紙アレン。私でも多分賭けるならそこ。
でも、リヴァイアサンとかフェニックスにもっと強いひとが居ないとは言えない。他の寮の同期は、乙女カルラくらいしか知らないのだ。
「まー、カナンの弟だしねぇ」
「カナンさんの弟なら間違いねーよな」
口々にそういう皆さん。
「カナン? って誰ですか?」
「ああ、そっか。まだ生徒会の行事とかないもんね。知らなくて当然か〜」
ライザ先輩はそう言って、胸のポケットから一枚の写真を取り出した。そこには、白髪で金眼の青年が居る。
それはまるで、折紙アレンから色素を抜いたような人だった。
「すごい人なんですか?」
「女ならライザ。男ならカナン」
「?」
「次の剣聖だよ。そう言われてるんだ」
他の先輩の補足に少し驚く。テミスを一撃で葬った、八神ライザクラスの学生がまだいるのか──。
「まっ、わたしはどーでもいいけどさ。楽しけりゃいいんだ。だから生徒会とか面倒なのはカナンにやらせてる」
最低だ……。
「その有望株の弟なら、1位予想も当然だろ?」
「たしかに」
自他ともに認める実力。そして私との力量差。それはあの模擬戦で散々思い知った。
それでも、アレンは私を好敵手だと言った。
期待と言うのか分からないけど、不甲斐ない戦いはしたくない。
予選だけでも、突破したい……!
「そうそう、シオンちゃんはわたしの1位予想だから、勝ってね〜」
「は?」
言うと他の先輩達が微妙な顔になる。
「こいつ、まさかの大穴狙いだよ。オッズ大変なことになってるから」
その数字を見て色々出そうになった。
「ライザ先輩って馬鹿なの?」
「うるさいやい。わたしの勘はよく当たるのさ」
「2位予想が折紙アレン……3位がナズナ!?」
「そうそう。何となくそう思ったのよ」
「浅倉、違うからな。俺らの予想では1位折紙、2位乙女、3位東雲だからな」
たしかにラタトスクで上位総なめは現実的じゃない。
リヴァイアサンには神楽リオンのような化け物が居るとも言う。先輩たちが1年生の情報に詳しくないだけでは……?
「シオンちゃん。わたしが全校生徒のことを知らないとでも?」
その目が笑っていなかったせいで、私は総毛立つ。
「まあ、可愛さありきの身内びいきってのもあるし、期待を込めてとかそういう側面もないことは無い。でもね、わたしはこれでも無謀な戦いはしないんだ」
「じゃあ本気で私が1位になるって?」
「そ。まあ、負けても良いけど、その時はキミがその程度だったと分かるだけだから、無問題だよ」
その場合は俺らに金を払うけどなと他先輩方が言ってその場は笑いで終わったが、私の胸には明確なプレッシャーが残った。
でも──。
「頑張ってきます。ライザ先輩が破産しないように!」
言うと、ライザ先輩はニヤッといつもの詐欺師みたいな顔で微笑んだ。
「楽しみにしてる。めっちゃ」
***
「前夜祭をします」
食堂当番のナズナはトマトを危なっかしく切りながら、カウンターからそれを見つめていた私にそう言った。
「前夜祭?」
サラミをかじりながら返す。
「うん。明日、テスト2日目が終わって、明後日の準備も終わったら、軽いパーティーをするのです」
そうは言っても試験前だし……。
その懸念顔を見たのか、ナズナは言う。
「なんか、あたし感じるの。この先しばらくシリアスな空気になりそうな、そんなにおいを感じるの!!!」
どんなにおいだ。
「だからね、テストがどう転んでも、今度は後夜祭をやりたいねって言えるような、そんな前夜祭をやりたいの」
「まあ、そんなに夜更かししないなら参加しようかな」
「やった!」
「姫野とかに言ったらノリノリで準備しそうじゃない?」
「なんか、利用してるみたいで気が引けるなぁ」
「いいのいいの。姫野だし。いっつも風呂上がりのナズナの生足見てんだから」
「それー! ほんとヤだよね男子。バレバレなのにさっ!」
私は誰からも見られたことないんですがね。
「じゃあ、ユウリくんにも連絡してみるね」
「うん。じゃあ、私はおやつでも買ってくるかな」
「あっ、ちょっとだけ待ってて! 当番終わったらあたしも行く! 雑誌の発売日なの!」
そう言って、苦手な料理もテキパキこなしたナズナ。話を傍で聞いていた先輩が、先上がっていいよと言うと、ナズナはエプロンと頭巾を置いて、前髪を少し整えると、玄関で待っていた私のところに来た。
「涼しーね〜」
「春も終わりそうなのに、夜はまだ過ごしやすいかも」
いつも談話室でくっちゃべってる私とナズナだけど、こうしてふたりでのんびり散歩みたいなことをするのは意外と初めてかもしれない。
「ね」
「?」
「あたし、憧れがあるの」
「前に言ってたね『ここだから目指せる』って」
そう、と言った彼女は少しうつむき、それから夜空の月を見つめた。
「その憧れが、目の前にあるの」
「ふむ」
「あたしは、並びたいのかな、超えたいのかな。それが、分からないの」
「抽象的」
「へへっ。ごめんね。でも、そんな感じ」
ナズナの目指すものが何かは分からないけれど、憧れとはいつか触れたいもので、そして、それ以上のなにかに向けて歩き出す標だとも思っている。
「私の憧れは剣聖だけど、本当になりたいのは、困っている誰かを、誰もを助けられる、魔剣師なんだ」
「……」
「本当にやりたいことは、憧れを超えた先に見つかるんじゃないかな。たぶん」
そう言うと、彼女の横顔は月明かりでぼやけていたが、笑っているように見えた。
数歩先へ進んで、後ろ手に指を組み、振り返るナズナ。
「へへ。じゃあ、そうしてみるね」
彼女が何を思うのか。その真意は、まだ私には分からない。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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