02 始まりの季節
不倒門の前の通りに桜が舞う。私はその前に立っている。
新品の指定制服を着て。入学式の朝だ。
「シオン~! 写真撮るわよ!」
お母さんへ。恥ずかしいのでやめてください。
でもここの高い学費を頑張って捻出してくれた、いわば出資者だ。筆頭株主だ。その意向を無下にはできない。
「はいチーズ! いいね、よかったねぇ。じいちゃんにも報告しないとね」
「そうだね。また時間があったらお墓参り行こう」
「それにしても、トロくさいあんたが魔剣の学校ねぇ」
「まだ言ってる……。こ、これでも頑張ってるんだよっ。筋トレとか……、全然……、筋肉つかないけど……」
未だにこれは夢なんじゃないかと思っている。うちに伝書雀が飛んできて、一通の便箋を渡した。そこには4本の剣が交差するシンボルの蝋封。魔刃学園からの手紙。試験も受けていないのになぜと思った。
そして開けると、それは合格を知らせる通知書だった。
なぜかはわからない。でも問い合わせて確認すると、それは間違いじゃなかった。私は狂ったように喜んで、そしていまここにいる。
「知ってるよ。あんたの頑張りは知ってる。シオンは浅倉家の誇りだよ」
「ありがと」
照れくさい会話が続いたので、辺りを見渡すように顔を逸らす。あれ、そう言えばお父さんがいない。
「お父さんは? 仕事かな」
「待っててね、お父さんもうすぐ着くって」
「?」
お母さんがスマホを適当に操る。返事をしたんだろう。それから数分経って、入学式に遅れないかそわそわし始めた時、お父さんが汗だくの大慌てで何かを持ってやってきた。
「お父さんおはよ」
「シオン、おはよう……ぜぇはぁ……これ、入学祝いに」
「お父さんとお母さんからだよ」
私は息切れのお父さんから包みを受け取ると、包装を剝がしていった。そして梱包材の隙間から銀色のそれが見えた時に、胸がきゅっとして、ふたりの顔を見る。
「こ、これ、セントノワールの新作……!」
「銘も入ってるぞ。シオンだけのひと振りだ」
お父さんが指で示したところには「Black Misery」と刻まれていた。
銀色ベースに、仄暗さを持つ魔剣。一流の魔剣工房セントノワールの新作に、オーダーメイドの銘入れ。短剣とは言え、きっと高かったはずだ。
「あの日、お前が生きていてくれて良かったと心の底から思った。お前を守ってくれた人に憧れた気持ちもわかる。そしてお前は苦難を乗り越え、糧にしていく強さがある。あの龍王を乗り越えたお前なら、きっとなんでもできるよ」
「お母さん、魔剣はよくわかんないけど、ずっと応援してるからね」
そのふたりの少し寂しそうな顔に、泣きそうになった。でも、もう泣かない。さっき恥ずかしいと思った気持ちを捨てて、私はふたりに抱き着いた。そして充分に家族成分を補給すると離れて、一歩下がり、また一歩下がった。
ふたりに向けて、しばらくのお別れを。
「いってきます!」
ふたりの声が届かなくなるまで駆け、振り向きたい気持ちを抑えて、振り返らずに、私は入学式の会場へと向かった。
***
ちょっと時間使いすぎちゃったな……。
走りながら、地図を確認する。第一校舎が学園の丁度中心にあるでかいお城みたいな奴で……、第二校舎は上級生校舎だから……。
代々木公園10個分の広さは伊達じゃない。ちょっと道を逸れたら迷子になりそうだ。でも道や標識を使って何とか道を見つける。南北に走る中央通りだ。
今日行くのは第一校舎だから、ここをまっすぐ北上すればいい。
そう結論付け、式典に遅れないように走っていると、道の先に何か落ちているのが目に入った。走り続け、だんだん近づいてくると、それが人間の腕であることに気が付く。
え? 腕……?
途端にびくんと腕が動き、こちらに這い寄ってくる。声も出ず固まっていると、よくよく見れば、それが腕単体ではなく、人もくっついていることがわかった。
それにしてもなんでこんなところで人が……。
その腕、もとい人はこちらに手を伸ばして呻いている。
構ってないで行かないと式に遅れる。無視して行こう。
「……」
「──けて」
数歩進んだところで、私は溜息をつき引き返した。私は皆を救う剣聖になるんだろ! 困ってそうな人を見捨ててどうする。
「あのー、大丈夫ですか?」
「──けて」
「助けて? なにか困ってるんですか?」
「らが。腹が……」
「腹が?」
「へっ……た……」
ああ、この人お腹が空いて行き倒れてたんだ……。
しかしそれなら問題はない。私にだってなんとかできる。パン屋の娘だし。
お母さんが鞄に無駄に沢山パンを入れてくれたので、それを取り出して分けてあげることにした。どうせひとりじゃ食べきれないし。
「いい……のか……?」
その人の手にチョココロネを乗せると、顔をふらっと持ち上げて目が合った。
褐色で、静謐な顔立ちで、黒髪の金眼──。
この人、あの受験の時の人だ。
私、この人がいなかったら、帰ってた。
「もちろん。たんと食べてください。食パンもクロワッサンも、好きなのどーぞ」
言った瞬間──がつがつむしゃむしゃとチョココロネを平らげる青年。
はや……。顔中チョコまみれだ。でも気にしてはなさそう。
私はクロワッサンを手に乗せ、次はピザパン、あんぱん、ガーリックトースト、メロンパンと、次々彼に食べさせた。
最後に食パンを一斤食べ終えたところで満足したのか、彼は空を仰ぎ見るように寝転がった。
「美味しいそうに食べてくれたから親も喜んでると思います。では、式に遅れるのでここらへんで」
「名前を教えてくれないか」
「へ? あ、私は浅倉シオンです」
「──シオン。俺がその名を忘れることは決してない。……例えこの身が滅んでも」
大げさだなぁ……。でもまぁ喜んでくれたのならいっか。
第一、私はこの人に恩を感じてる。それをちゃんとお返しできたのだから、いい機会だった。
「それじゃこれで……」
「俺の名はアレン。折紙アレン」
「あ、はい。覚えときますね。多分同期……ですよね」
「次代の剣聖になる者の名だ」
その言葉で、私の何かが張り詰めた。
そうだ、この学校には剣聖を目指す人間なんてごまんといるはず。
私は入試で何が出来た? 門を殴っただけだ。
合格理由すらわからない。でもこの人はあの門を打ち破った。
差は歴然、火を見るよりも明らかだ。
でも負けてられない、絶対。自分と約束したんだから。
言葉だけでも、この想いを伝えよう。
「私はシオン。浅倉シオン!」
「──シオン」
「次の剣聖になる人間の名前だッ!!!!!」
「……」
じっと静かに私の後ろを見ているアレン。
「それは随分と大きく出たな、新入生」
背中にぞくりと視線を感じ、わなわなゆっくりと振り返る私。
そこには、今年入学した新入生たちを引率する片目眼帯の陰鬱な顔をした先生がいた。その後ろには同期となる予定の新入生……。
「はぇ」
「新入生は正門で集合。中央通りまでは道がわかりづらいから俺が引率をしてるんだ。新入生が2名、いくら待っても来ないんで来てみりゃこんなとこにいたか」
「あっ。あー……。えっと、今の聞いてました?」
「お前が剣聖になるって宣言したところだけな」
新入生行列から忍び笑いが漏れ出す。
「剣聖になる? 学生風情がそんなこと口にするなんて。それは蟻が月を目指すのと同義よ」
「うっ……」
新入生行列からわざわざ飛び出して私にそう言った強気な女の子。腰には緋色の鞘に入れられた日本刀を携えている。覚えた。この黒髪ツインテ姫カットの子は目がめちゃくちゃ怖いってこと。
うう……。助けを求めて視線を向けても皆気まずそうに逸らす。
終わった、私の学園生活。そして、魔剣師への道。
「はぁ。まあいい。遅れるからついてこい。あとその地面に這いつくばってる奴もついでに連れてきてくれ」
眼帯先生がそう言うと列が動き出した。私は恥ずかしさでハラキリしたくなる気持ちを抑え、アレンの首根っこを掴み引きずった。意外と軽い。
「シオン」
「……なによ」
「良い夢だ」
「うるせ」
恐らく人生で一番深い溜息をついて、私は列の最後尾についていった。
お父さん、お母さん。もう心が折れそうです。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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