238 中央区｜浅倉姫野戦・眼光
私と姫野の戦いは意外にも拮抗した。意外というのは、姫野は《参級》の資格証しか保有していない騎士だからだ。仮にも《燎級》の私がそう簡単に負ける相手じゃない。しかも、向こうはずっとナズナを抱えたままだ。
ナズナを抱えているのは初め人質にする為だと思っていた。でも、彼は自分のマギを割いてナズナの治療をしながら、私を狙撃し、応戦している。立場で言えば向こうは圧倒的不利。なんでそこまで、と思ったが──。
「ナズナちゃん死なせたら、それこそお前が取り返しのつかねぇ闇堕ちするだろうが」
そう返されてぐうの音も出なかった。ナズナは気絶している。気絶状態では能動的にマギを循環させ治療に集中することはできない。私が治したいが、それを突いて姫野に資格証を取られるかもしれない。姫野は覚悟したのだ。
「あんた、全部全部選択するつもりなんでしょ」
私のぶん投げた亜高速の黒鍵が、ソニックブームで聖堂のステンドグラスを破裂させながら姫野へと飛んでいく。
「強欲で何がわりぃよ！ おめぇ、まだ気づいてねぇんか！」
姫野の弾丸は正確無比。寸分の狂いもなく黒鍵の中心点を狙撃し、等圧を全体にかけ、粉砕する。元々がマギの短剣なので痛手はないが、いくら作って投げても、全て撃ち落されるんじゃ埒が明かない！
「何にさ！ 私だって色々考えて──」
私のまた放った黒鍵を、姫野は撃たず、すっと避けて頬に傷を作った。
「昔のお前なら、幸せも、勝利も、何も諦めはしなかった」
「──守るものが多くなっただけだよ」
「変わっちまったことを責めるつもりはない。今の気持ちもわからんでもない。お前の一存で世界が変わっちまうかもしれないし、好きな男は敵の手中だ。でもな──」
姫野の瞳は、今までの何よりも強く燃え滾って、過去の私を見ているようだった。
「全員死ぬ気で立ってんだッ！ 手ぇ抜いてんじゃねーよこのカスッ！！！！」
私はその言葉が、今までの何よりも強く突き刺さった。
姫野はおちゃらけているようで、その実誰よりも現実を見ていた。
命を無駄はしない。たとえ浅倉シオンであろうと、自分であろうと。無駄にしたくないという強い意志は、誰よりも彼の内に在り、そしてそれは皆同じだと彼は言いたかったのだ。
彼に言わせるまでもない。私は馬鹿だ。やっとわかった。
方舟にいる人たちを守るべきものと考えていた。でも、みんなはそんなに簡単に死ぬようなタマじゃない。
それを信じなかった私は、自分一人でと思った。
アレンのいない世界で笑うなんて不謹慎だって思った。
でもアレンは言った。自分にできることをって。
私に出来ることはお通夜ムードで泣きながら皆を守ることじゃない。
仲間を信じ、笑顔で、最高のハッピーエンドを目指すことじゃないかッ！
「浅倉、その眼……」
自分の瞳が、黄金に輝くのを感じた、そして世界は七色に光る。
モノクロだった世界が、色づいてゆく。
「《励起》──七色」
BRAAAAAAAAAAAAAAAAAAASH！！！！！！！！
世界がステンドグラスに包まれるように煌めきだす。これが、私のアーツ。本当に使いたかったのは、こういう力だ。皆を引っ張るんでも、盾になるんでもない。横一列で並び立つ、そんな、存在だ。
「傷が──治っていく……」
「姫野、ごめんね。最後まで言わせちゃって。私、勉強ができるだけの馬鹿だ。ようやくわかったよ。本当にすべきこと。復讐でも、戦争でもない」
幸せを目指そう。ハッピーエンドを目指そう。その過程で傷つく誰かを、私が抱き締めよう。手をつなごう。そして──。
私は幸せな泥濘に包まれながら、鐘楼の頂上から墜落を開始した。
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