17 半休なら何する?
「え!? タピオカ飲んだことないの!?」
「アタシ……そういうの興味なかったから」
綾織さんが東雲さんの腕をブンブン振り回しながらタピオカの屋台に向かう。まだあったんだ、タピオカ。
私はタピオカと聞くと、同年代の子が友達と飲みに行くのを見ているだけだったのを思い出してキツいので辞した。
さて、何があるのかな。
砥石屋は行くとして、魔剣工房もチラホラある。さすが魔刃学園直営のショッピングモール。
リペアから中古買取りまでやってるんだ。
そうして眺めていると横をアレンが通った。
「どこか行くの?」
「ああ、ユウリに映画に誘われた。映画というものを俺は初めて観てくる」
あ、この真顔は「楽しみなことが控えている時」の真顔だ。
最近ちょっとずつ読めるようになってきたんだよね〜。
クラスメイトは三々五々好きなようにしているので、私は綾織さんにひと声かけてから、近くのブティックに入る。
あとから入ってきた綾織さん達とこの服は魔剣に合うだとか、戦闘服のオーダー決めた? とかそういう女子っぽい話をして、私はとても楽しかった。
東雲さんはタピオカもクレープもプリクラも初めてだったようで、なんかとても可愛かった。終始頬が赤いのだ。このツンデレさんめ。
綾織さんはとにかく何もかもを満喫しているようで、ただただ天使だった。眼福。
そして予め決めておいた順に回れたので、残すは砥石屋さんとペットショップ&猫カフェになった。
***
ありとあらゆる砥石が!! 目の前に!!
「お嬢ちゃん目の付け所が良いねぇ。それ、堺で仕入れたヤツだよ」
「大阪の堺! 魔剣刀匠の本場!!!」
「シオンちゃん楽しそーだね〜」
綾織さんは砥石に関して興味がさほど無い様子。東雲さんは詳しいはずだけど、ペットショップが楽しみでそれどころじゃない様子。
というかイーストパークに猫カフェまであって東雲さんはギラついていた。
「うーん、魔剣って魔剣技使ったら、実際切れ味あんまし関係ないし、いいかな〜って……」
実際彼女の言っていることは正しい。あの模擬戦を思い出せば簡単な話だが、姫野の弾丸やアレンの不刃流等々、魔剣に求められる、刃物としての切れ味は二の次になることが多い。
でも……。
「確かにそうね。でも毎度の敵に魔剣技を打つ訳でも無い。来訪者の身体が『斬れる』ものである以上、ひと振りの刃物として、切れ味というのはあって損は無いわ」
華麗に補足してくれた東雲さんだけど、その目は向かい側のペットショップに向いている。
台無し!
私は猫に夢中な東雲さんと、店員さんに砥石の良さを説かれている綾織さんを置いておいて、天然砥の品定めをしていた。
私の場合はファイトクラブでの打ち合いがある。誰より刃こぼれしやすい環境にいるので、むしろ誰よりも手入れを大切にしたいと思っている。
魔剣の寿命はおよそ10年と言われている。出来れば私はもっと長く、この魔剣と一緒にいたい。
でも天然砥石高いなぁ……。Black Miseryならセントノワールの箔押しのほうがいいのかな。あっ、この箔押し……安い!! 10年前のシリーズだ。今じゃ絶対手に入らないんじゃ……。こ、これにしよ……──。
そう手を伸ばした時、同時に、なにか人肌に触れた。それは別の誰かの手で、私はふとその人の顔を見上げる。
柔らかい顔立ちで、静かな顔をしていた。
「あっ、すみません」
「君が先に触った。君が持っていけばいい」
「え?」
青年はそれを持ち上げてぽすんと私に渡した。
「良いんですか? これ掘り出し物なのに」
「たった今、セントノワールを使う仲間を見つけたから、その記念に」
「うわそっか、私も初めてだ。一流なのにマイナー工房だもんね……!」
青年が笑うと私もつられて笑った。
「あなたの銘は?」
「Memento Virgo」
変わった名前……。
「君のは?」
「私のはBlack Misery」
そう言った瞬間、ほんの少しだけ彼のまとう空気が変わった気がした。
「聞いたことないな。世界は広い」
「だね」
「それ、買ってきなよ」
「うん。あっ、名前。私、ラタトスク1年生の浅倉シオン」
「僕は不死鳥紋寮の乙女カルラ。同じ1年」
「同期だ! フェニックスの人初めて会ったかも。あ、部活には居るけど、上級生だから」
話しやすいな。
「フェニックスとラタトスクって仲が悪いって聞いてたから、どんな人たちかなって思ってたけど、君は話しやすいな」
……!
「もし良かったらお茶でもどう?」
「あ、でも友達と来てて、よかったら今度──」
「友達? それってなんのこと?」
何かが足に軽く刺さった。
友達……。友達って、あれ?
友達ってなんだろう。
ここ、どこだっけ。
「──眠れ」
***
はっ──。
目を開けると、そこはカフェのテラス席だった。なんだ、そうだ、私は乙女カルラと一緒にお茶を……。
そうして状況をいい方に捉えようとしたが、机の下で、私の腹部に魔剣の切っ先が向けられていたのに気がつく。
「おはよう、蛇使い座」
蛇使い座……?
「どういう、つもり?」
「ごめん。催眠魔剣を使ったことは悪かったと思ってる。でも、そうでもして君と話がしたかった」
私はそれを聞いてぞっとしたが、それは貞操の危機だとかではない。
身の危険だ。
これは神楽リオン先輩の人を射抜く目を覗いた時のような、八神ライザ先輩の人を見透かす深淵を覗いた時のような、根源的な恐怖。
「私になんの用事?」
「君は白い夢を見たことがあるか?」
「白い夢──」
白と夢という言葉には覚えがある。漆黒のドレスを着て鎖につながれた少女が、真っ白な図書館に居る夢。
最近私がよく見る夢だ。だけど、それがこの誘拐となんの関係があるって言うんだ。
「その顔は身に覚えがありそうだ。白い夢──あの夢の場所を、僕は永遠図書館と呼んでいる」
「永遠図書館」
「そう。無限の歪みが収納された、空間。十三獣王を捕えられる唯一の檻だ」
「ちょ、ちょっと待って。急に永遠とか無限とか十三獣王とか言われても意味がわからない……」
「君は自分が他者よりも優れていると感じるか?」
「ないよ、無い。ただ人より──」
「──我慢強いだけ、か?」
なんで、今言おうとしたことを……。
「君の我慢強さは生来のものかもしれないが、普通のそれとは違う。君の中には『居る』んだよ」
「分かりやすく言って。……くどい言い回しはなんのためにもならない」
「今の君が知れば、気づき、使い、『それ』は君の中で暴れ回り身体を八つ裂きにするだろう」
「一体何が私の中にいるって言うのよ──」
「言っただろ蛇使い座。十三獣王だ」
十三獣王という言葉は昔から苦手だった。
6年前に死にかけたあの災害以来聞くことも減ったけど、乙女カルラは正面から突拍子もないことを言う。
「信じろとは言わない。だけど、気をつけろ。君はそれを『使える』ほど強くない。それを忘れるな」
「……言われなくても、自分の強さなんて、自分が一番知ってるよ──」
「だったらそれでいいんだけどな」
乙女カルラは不思議な人だった。敵のようにも思えるし、忠告をしてくる不思議な第三者のような気もする。
どちらにせよ、彼が私に剣を向けているのには変わりないけど。
「それと、出来れば春期定期考査には出るな」
「え?」
「もし出たら──僕が君を斬り殺す」
「あなたは、敵なの?」
「そう──敵だよ。蛇使い座」
何かを急ぐようにそう言い残した乙女カルラは席を立ち、人混みの中に消えていった。
その言葉だけが反響している。
『君の中には「居る」んだよ』
「──十三獣王」
特異点の向こう側から来るあらゆる来訪者の王たる存在。
それが私の中にいる?
荒唐無稽で馬鹿馬鹿しい話だ。
でも私の中でひとつだけ引っかかっていたのは、初めての授業で血刻みをした時に湧出した、自分ではないような人格のこと。
あれが一体何なのかは、未だにわかってはいないんだ。
乙女カルラは私の何かを知っている?
そして、なぜ私なのか──そう考えていた時。
「助けてッ!!!!!!!」
その断末魔が私の思考を即座に明瞭にした。ばっと振り返り、地図を思い出す。嫌な予感がして私は走り出した。
あっちは砥石の専門店の方だ──ッ!
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
──下にある☆☆☆☆☆からご評価頂けますと嬉しいです(*^-^*)
毎日投稿もしていますので、ブックマークでの応援がとても励みになります!




