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01 試される資格

 その巨大な不倒門ふとうもんの前に立ち、私は脚を震わせた。


 私立魔刃学園(まじんがくえん)──首都東京の西部に位置し、代々木公園10個分の土地を有する巨大な学園都市。ここで学べるのはその名の通り「魔剣」。一流の魔剣師まけんしを育てるのが目的だ。


 そして私は今、資格を持っている。この魔刃学園に受験できるという資格を。手の中の受験票が手汗でぐちゃぐちゃにならないようポッケに入れる。


 憧れの魔刃学園だ。数少ない魔剣師養成校の中でも最高峰の場所。


 両親からは、魔剣なんて男に持たせておけばいいと否定された。とても前時代的な言い方だったが、両親の言うことは実際正しい。魔剣はただの剣じゃない。仕事で重大な怪我をするかもしれないという危惧は、ずっと付きまとう。


 それでも、憧れは止められない。


 私は親に隠れて木刀の素振りを頑張っていた。でも一日数百回が限界だったけど。

 そんなある日、私が両親のパン屋さんの手伝いをしていると、祖父が久しぶりにふらっと帰ってきた。

 祖父は国中を家庭用小型飛竜ライダーズドラゴンに乗って旅行している。昔から乗っているバイクより乗り心地が良いそうで、数年前に乗り換えたばかり。「挑戦第一、後悔第二」が口癖の祖父だった。


 祖父は隠れて木刀を振る私を見て言った。


「死ぬとき後悔するような生き方したら後悔するでな」


 当時はよくわからなかったけど、昨年祖父が亡くなって、理解した。祖父は言葉足らずだ。言いたかったのは、きっと。


 ──大事な人が死んだときに、後悔しないように。


 私はその言葉を胸に、木刀を振った。そして両親にはパンの家業は継げないと土下座をした。

 困った顔をした両親は結局、怪我をしないことを約束に、受験を許してくれた。一人娘が心配だったのだろう。私は家族に恵まれている。


 私、浅倉シオンは魔刃学園の正門、不倒門ふとうもんの前に立っている。


 受験番号は4444。不吉すぎる。倍率も高い。だが、資格のある者以外に開くことは決してない呪いの門、そこをくぐる権利を今私は持っている。


 ああ……。めちゃくちゃ緊張する~……。手に「人」を書いて飲む、書いて飲む。


 汗をだらだらとかきながら、足が震える。今は開門の3時間前。午前5時。普通に早すぎた。でも、念には念をいれないとと思ったのだ。


 ──3時間後。校舎から出てきたのは無精ひげでどこか陰鬱な、眼帯の男性。


 教官だろうか。私は3時間前からの背筋を維持し、その人の一挙手一投足を見守った。私の両側には幾人もの受験生が並んでいる。ピリついた空気。それを一瞥いちべつすると男性は眼帯をすっと取り、おもむろ眼窩がんかへ手を突っ込んだ。

 一帯に驚きの声が漏れるが、ビリッと空気を伝播でんぱした何かの感覚に静寂が戻る。


 男性が右眼から取り出したのは、曲短剣ククリ。血をまといながら、それは抜き取られる。間違いない、あれは魔剣だ。ならば、この人も魔剣師──。


「不倒門、定刻になった。開門せよ」

御意ぎょい


 えっ、今、門が喋った!? 門が『御意』って!! 言った!?


 そんな私の驚きを意にも介さず、周囲の受験生たちは受験票を小さく掲げ不倒門を通過してゆく。


「受験票を持つ者は進め。『資格』のある者は試験を受けろ」

「(いかなきゃ)」


 私も皆と同様に受験票を取り出して胸に掲げ、一歩また一歩と足を踏み出した。でもその時──。


 バチッ。


「えっ?」


 私の足が不倒門を超えることはなかった。つま先は見えない壁にぶつかっているように曲がっている。

 状況が飲み込めない私に、言葉を喋る呪いの門が言った。


『お前にはまだ資格がない。資格を示せ』


 な、なな、なんで?


「でっ、でもでも、私、受験票を」

『資格とは物質で示せるものにあらず』


 そんな──。


「どけどけ」「じゃまだよ」


 私は他に数千人いる受験者の波に負け、どんどんと後ろへ流されていった。あとに残ったのは受験期の寒い空と、まだ咲かない桜の木。魔刃学園の門はそれ以上何を告げることもなかった。


 もう一度私は透明な壁に触った。鋼鉄の様に硬い。体重をかけて押してもびくともしない。軽く殴れば、骨にジンと痛みが伝わった。もう一度、もう一度。殴っても、痛いだけ。そして涙が出るだけだった。


 所詮、魔剣は男の仕事ってことなのだろうか。


 あの背中に憧れた私は間違っていたのだろうか。


 夢など、捨ててしまうべきだったのだろうか。


 私は──。


「すまない、退いてくれないか」


 ふと。


 凛とした空気が横に在った。ふいと見上げると褐色金眼の青年が立っていた。手には受験票。この人も、受験者だろうか。


 そうだ、邪魔にならないようにどいておこう。そしてもう帰ろう。


「あの、邪魔してごめんなさい。それじゃ……」

「お前じゃない」

「……え?」


 青年は腕をざっと地面に向け振りかざした。空間が裂け、中に手を入れる。それはさっき見たばかりの魔剣召喚。でも何か違う──。それは、その青年があまりに熟達した手つきで行ったから? いや違う。


 その手には──なにもない。


 刃を持たぬ剣術を、私は過去に一度だけ見たことがあった。


『資格を示せ』

「……わかった」


 再び声を出した不倒門にそう返した青年。彼は何も持たず門に近づく。残り数メートル。半身はんみに、そして腰を落として──構える。


 そして彼は詠唱した。


不刃流アンワイズ七式。限界無しの限界突破アンリミテッド・オーバーラン──」


 その静かな呟きと共に、彼の身体はおよそ肉体が耐えうる限界の速度でゼロ距離加速し、不倒門へと突撃──その甲乙は一瞬にしてついた。


 耳が裂けそうになる様な爆音の後、両側の柱に亀裂が入り、音を立て崩れ去る。不倒門と呼ばれた門は声も出さずに倒れた。


「うそ……」


 私はそれを知っていた。剣を持たない魔剣師──不刃流アンワイズ


 青年ははぁっと息を吐くと、壊れた門を見て、それからふとこちらに目をやった。


「……」

「……」


 やば、目があった……。


 彼は一言だけ言った。


「お前は来ないのか」

「──っ」


 ……行きたいよ。行きたい。


 そう思っている間にも不倒門は自己修復をはじめ、不倒門として再び立ちはだかった。


「でも、私には資格がないって──」

「お前は資格(思い)を、その受験票(紙切れ)に託すのか」


 私ははっとした。


「俺は行く」


 振り向いたその背中は、いつか見た剣聖の様な──。


「……──ッ!」


 私は走りだした。走りだしてから思い出した。


 見えない壁に顔面からぶつかった。思いきり鼻をぶつけ……。痛い。あ、鼻血の感覚がする。それでも、良い。私は見えない壁を殴った。上から下へと振り下ろして。痛いけど、耐えられる。この動きだけは毎日欠かさずやってきた──!


 繰り返す──何度も。


 お父さん、お母さん、ごめんなさい。約束は守れない。この壁は私なんかの身体じゃ壊せないから、怪我をする。気合いとか、そういうのじゃ、駄目みたいだ。


 でも、これをやることに意味があった。たぶん。


「泣くな私、やれッ!」


 小指と薬指の感覚が無くなったのを通り越し、また痛みが戻ってきた。私はそれでも殴り続け、殴り続け、腰に携えた剣を使えばよかったという後悔すら捨てて、一心不乱に、なにかがとりついたように──否、それは私自身の意思で、続ける、殴り続ける。


「あれ見ろよ、不倒門を通れなかった奴がいるみたいだな」

「誰か止めてあげなよ、血だらけじゃんwww」

「ああいうのに関わって落ちたらどうすんだよ」

「そーいえば関係ないけど、試験めっちゃ簡単だったねー」


 もう試験は終わったんだ。受験生たちの声が聞こえる。遠く聞こえていたそれは、横を平然と通り過ぎていく人たちのものだった。みんな私を避けていく。当然だ。血と脂汗にまみれている人に近づくもの好きはいない。


 でもやめない。


 やめてやらない。


 やめてやるもんかッ──!


 人間は諦めないことができるのだから。


 ピシッ……──。


 そして、決して倒れない呪いの門を殴り続けて、11時間──。ついに私の意識は途切れた。膝の関節がばかになってしまい、曲げることも伸ばすこともできない。

 指先には白いものが見えている。それも、血で染まって朱色になっていた。最後にはやけになって蹴りや体当たりや頭突きも使ったが、駄目だった。


 倒れ、血を流す。陽が落ちた辺りからずっと泣いていた。はなも出た。でも、自ずからの意思で撤退することはなかった。


「はぁ、はぁ──」


 消えゆく意識の中で、自分の憧れを肯定してあげられた自分への誇らしい気持ちが胸を埋めた。その最後に門が言った言葉は、薄らにしか覚えていない。


『……我に素手で傷をつけるとは』


 門が何かを言っている。でもよく聞こえない。


『我はこの眼でお前の資格を視た。我の通行を許可しよう』


 雲の切れ間から月を見たところで、私の記憶は完全に途絶した。

「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!


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