12 ファイトクラブ
「へ?」
ファイトクラブ──……ってなに?
「あれ、てっきり文芸部目的で来たのかと思ったけど違ったかな?」
「あ、いえ、そうです。文芸部の見学がしたくて……」
「じゃあ合ってるね。こっちへおいで入会手続きをしよう」
待ってはやいはやいはやい! 展開が! 急だよ!
文芸部=ファイトクラブってどういうこと!?
「ふぅん、もしかして何も知らないでここに来たんだ」
「ど、どういうことですか」
「いいよ、百聞は一見に如かずだ。悪いようにはしないから、こっちへおいで」
若干疑心が残りつつもライザ先輩の方へ向かう。先輩は終始ニコニコしていて、詐欺師みたいだった。
「わたし、そんなに詐欺師顔かなぁ?」
心を読まれてる!?
「あははははは。無問題無問題。わたしは人の心を読むのが趣味なだけだよ。思うだけなら何の罪でもない」
「すみません……」
「まあ、キミは何を考えているのか読みやす過ぎるけどね」
「恥ずかしい!!!」
「あははは」
先輩の近くまで行くと、先輩は立ち上がって私の手をそっと掴んだ。酷く冷たい手でびっくりしたけど、引かれるままについていく。
「キミは表層が読みやすいのに、深層が全く読めない」
「はい?」
「何をしでかすか、読めないってこと」
「そうですか……」
「あはは。わたしは好きだよ。そのむちゃくちゃさがさ」
どきっ。最近好きって言われることが多いなぁ。モテ期か!?
「でも、行き当たりばったりではいずれ限界が来る」
「うっ」
図書室のちょうど中心にある扉をくぐって、らせん階段を下りていく。
長い時間が経った。パネルを見れば地下7階。最下層か。随分下ったなぁ。ここは……レファレンス室?
資料集のようなものがずらりと並んだ、記録保管庫のような印象をも持たせる場所。
それから真っ直ぐ進んでも特に説明はなく、突き当たりを右折してしばらく、地下7階の端まできた。
止まった?
「この塔は『鎮めの楔』と呼ばれていてね、塔の中心たる地面から上下に対称な形になっている」
「対称──」
「面白い構造でしょ?」
「……でも、地面を中心に『対称』ということは、地下階が1階足りませんよね?」
「キミは話が早くていいね。そうなんだ、でも他の学生は知らない。不勉強なあいつらは図書館なんて使わないからね」
そう言って彼女はある本棚に向かって正対する。そして上から2段目、右から2番目の本を指でスっと押すと、口を開いた。
「タイラー・ダーデン。秘密は誰にも言っていない」
すると、本棚からいくつかの機構音が鳴った。そしてライザ先輩は片手で本棚を押す──。
「なに、これ」
扉になっていたその本棚の先には、鼓膜を破壊するような喧騒があった。図書館の静寂とは正反対な音の圧力。
剣戟の重なり、呻き声、殴打、血しぶきの音。観衆の絶叫。何もかもが刺激的だった。
隙間から噴き上がってくる熱気に圧される。
「ようこそ、魔刃学園文芸部『ファイトクラブ』へ」
ライザ先輩はニヤリと笑いながら私を引っ張って中へ連れていった。
扉の先の曲がった階段を下りていくと、次第にその音は大きくなり、そして音の原因がなにか分かる。
秘匿された地下8階にはライトで四方向から照らされた舞台があった。目算で10m四方のそれは一見ボクシングのリングのようだったが、ロープはなく、ただ舞台があるのみ。
そして、その真ん中で2人の学生が試合をやっていた。
──それも、本物の魔剣で。
「あ、あれって真剣じゃ……」
「そう、真剣だよ」
「そうじゃなくて……」
「キミ、模擬戦の点数は何点だった?」
「えっと、Fだったと思います。気絶したので」
「ぶっ。あっはははは。模擬戦でF取るやついるんだ〜笑笑笑」
笑い事じゃない。
「まあでも、それはキミに期待をしている証拠だね。誰かに期待をすればこそ、人は試練を与える」
「期待?」
「伸ばしたい人間に満点はつけないっしょ」
「はぁ……」
いまいち納得できないが、そう言われると少しは嬉しい。ただ、私はあの日ぶっ倒れたし、血刻みで魔剣技も見せることが出来なかった。その評価は妥当だと思っている。
「わたしが思うに目下のキミの課題は技術だ。浅倉シオン、キミには忍耐力がある。だがその強靭な精神力に魔剣師としての素養が全く追いついていない」
「なんでそんなに私の事……」
「わたしだからね」
なんだそのかわし方!
「ファイトクラブは、学園では申請をしなければできない真剣を用いた試合を秘密裏にやっている」
「だめじゃないですか」
「うん、駄目だね。でもパトロンがいるから今のところは大丈夫」
よく分からないけど、裏の決闘クラブ……みたいなものだろうか。
「このクラブにキミを招待しよう」
「は?」
「キミはどうなりたい?」
「どうって……魔剣師に──」
「それだけ? それだけでいいの?」
そう問われて、即座に違うと思った。
考えるまでもない。私には夢がある。
それを、自分の恥ずかしさのために隠すのはダメな気がする。
「剣聖。私は人を守れる剣聖になります」
そう言った瞬間──場内の音が全て停止した。皆がこちらを見る。そう、この学校で剣聖になるなんて簡単に言うもんじゃない。視線が痛い。
でも、憧れが止められるわけじゃない。
「うん、よく言った。じゃあ、なろう」
「え?」
その反応は始めてのものだった。
怒ったり、馬鹿にしたりしないんだ。
無謀だとか、無茶だとか。
その人は、そんなことは言わない。
「道は険しいだろうけど。でもそれはその夢を否定する材料にしてはいけない」
そう言われて、何かがストンと落ちた気がした。
「……私は、強くなりたいです」
初めてそんなことを口にした。魔刃学園に入学して、何となく頑張り続ければきっと登り詰められると漠然と考えていた。
でも周囲との圧倒的な差に、内心では打ちのめされていたのだ。
だから、私は強くなりたい。もっと、ずっと。
「その言葉で十全だ」
ライザ先輩は私の手を取った。
「ここで戦うんだ。戦って戦って戦って──経験値を死ぬほど積んだその先にあるものを見よう。わたしは見たいよ」
この決断が何をもたらすのかは分からない。でも、やってみるしかない。
賽は投げられた。──違う。私が自分で投げたんだ。
「やります。私に魔剣を教えてください!」
ライザはニッと笑って私の両肩に手を置いた。
「よく言った!!!」
すると、周囲からバチバチと拍手が起こる。え、なんだこれ、何事?
「ライザさんの連れてくる子なら間違いないっすからね〜」
「天才でも下手くそでも、面白いのには変わんないし」
周囲の人たちはそう言ってあはははと笑っていた。裏の人たちだから、みんなどっかズレてんだろうな……。
「じゃあ入会試験をやろうか」
え?
「わたし達も慈善事業じゃないからね。それなりに入れる奴は絞ってる。キミにはここのことを教えた。次は、キミがその意思を見せる番だよ」
唐突に突き放されて不安になった。でも、さっき教えてもらったばかりだ。
『誰かに期待をすればこそ、人は試練を与える』
ならやろう。何ができるかは、わからないけど。
「やります。やらせてください!」
それを聞いてまたニヤリと笑ったライザ先輩は、ちょうど舞台で斬り合っていた学生の背に声を投げかける。
「神楽、試合を止めて降りといで」
ジン──。剣の音が止まり、振り上げていたそれを下ろしたタンクトップの女子生徒が舞台から飛び降りてこちらに歩いて来る。
「──勝手に試合を止めるな」
鋭い眼光の女子生徒はそう言って、持っていた魔剣を腰に戻す。
私はプレッシャーに包まれた。この人は──尋常じゃない。
「彼女は神楽リオン。キミが超えるべき、壁だよ」
八神ライザ先輩はそう言って、また詐欺師の様に笑った。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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