09 倒れない者
2時間──止まることなく私の顔面をぶん殴るその拳は、魔剣というにはあまりにも生々しく、拳というにはあまりに鋭かった。
私には連撃、連打をかわす程の敏捷性はない。受け切る。今とれる方法はそれだけだ。
「からくりがわかっていても、お前の実力じゃ俺に勝てない」
「はぁ、はぁ──。きついこと言うね。……──でもあなたも私には勝てない。でしょ?」
不刃流。それは剣を持たない剣術。
湧出した、或いは断層にプールされた魔力を魔剣という器の媒介無しに直接身体へ流す術。それを剣術と呼ぶか今は関係ない。魔剣師にとっては強さこそがすべてだからだ。
実際に不刃流は強い。普通の魔剣師には、道具とヒトの隙間に必ず「間」が生じる。私もさっき手のひらが焼かれた様に痛みそれを感じた。
だが、不刃流にはその間がない。その分だけエネルギーのロスが減る。加えて「流す」という工程を踏まない分──速い。
総合的な威力は、並みの魔剣師とでは文字通り格が違う強さになる。
だが、この模擬戦においてはその強さが仇となる。
──あなたは強すぎるんだよ、折紙。
今回、模擬魔剣を使ったのは何のためか。問うまでもない。安全のためだ。
皆それぞれの剣術を模擬魔剣に乗せて放つ。どれだけ高威力の技でも、ただの木剣での打突と同等程度の威力まで下げる。
だが当然、それは模擬魔剣を媒介した場合の話だ。
木剣を使えば不刃流は使えない。不刃流は剣を持たない剣術だから。学生の実力を見るためのこの場においては折紙アレンは模擬魔剣を使えない。
つまり彼の本気の不刃流が、木剣を使った偽物の剣術に負けるはずがないのだ。
どころか、彼が本当に出し惜しみをしないのなら、ここまでに全員死んでいる。
その剣術は敵を殺すためのものだからだ。
「(だけど、誰も死んでない)」
つまり、折紙アレンは力をセーブしている。手加減しないというのは嘘だ。同級生を誤って殺さないように加減をしている。
吹っ飛ばして降参させているのもそういった理由からだろう。
教官たる眼帯先生がそれに気付かないはずもない。黙認で進んでいる授業。ここはあくまで実力至上主義の世界だから──。
でも学生でそれに気付けるのは折紙アレンが優しい人間だと知っている者だけだ。きっとみんな折紙のあれが本気だと思っている。
それは本当に優しい選択だ。
だけど、私はその優しい考え方が──大嫌いだ。
「……──降参、しなよ」
「お前こそ。……シオン、これはただの授業なん──」
私は喋る隙をつき折紙を木剣で殴ろうとして軽々にかわされる。
私なんてまだ魔剣技も使えないのに。格上相手になにやってんだろ。
……でも一発殴ってやんないと、この気持ちが収まらないんだ。
少し離れようとするが、隙を見せると彼の手刀か蹴撃が飛んでくる。意識がぶっ飛びそうだ。もはや折紙は私をダウンさせるためだけに打っている。傍から見ればただのサンドバッグだ。地面に落とされ、飛ばされが続く。
この無駄な試合を早く終わらせるために、彼は私の気絶を狙っている。
そう、折紙アレンはやっぱり優しい人間だ。
折紙は不倒門に弾かれくじけそうになっている弱虫を放っておけない様な奴だ。
普段の様子から、ぬぼーっとしてるし何考えてるかわかんないような奴だから、冷めている様に見えるけど、彼はその実、誰より人間らしい。ただの優しい奴なんだ。
だから授業を放棄したりはしなかった。皆と同じ道を歩むため。
でも、東雲さんは泣いてた。それは負けたからじゃない。自分が相手より弱くて、そして手加減されていることに気が付いたからだ。
きっと彼女は実力者だから気が付いてしまった。
それはちょっと、見過ごせないだろ。
手を抜いて女の子泣かせるようなやつに勝ちを譲ってやってたまるか。
折紙の言う通り、私じゃ勝ち目がない。でもこの舞台に立ってさえいれば負けない。優しいあいつは私を殺せない、殺されない限りは死ぬことはない。
つまり降参しなければ──決して負けない。
これは、そういうルールの試合なんだ。このまま引き分けに持ち込んで、私なんかと引き分けたって、その心をぶん殴ってやる。
「ぁがぐっ……──」
彼の蹴りが決まり、私はサークルのギリギリまで吹き飛ぶ。それでも食いしばり、外には出ないし、意識を飛ばしもしない。──我慢するのは得意だから。
ぼろぼろになった木剣をぼろぼろの手でつかみ、体重を乗せ、立ち上がる。
「はぁ、はぁ──折紙。どうしたのよ、まだ私は終わってないよ」
「俺は……誰も傷つけたくなかった。不刃流は人を傷つけるためのものじゃないからだ」
「ちがうよ、それが、傷つけてるんだよ」
「なに?」
私は一歩ずつ折紙の元に向かう。今にも倒れそうだったが、折紙は攻撃をしてこなかった。私の言葉の真意を探っている様子だ。
「まだわかんないの。アレンってバカだね」
そして私は折紙の頭に手を伸ばし、その顔を両手でそっと包む。そのままぎゅっと鷲掴みにして──いっきに自分のおでこをぶち当てる。
──CRASH。
「いっ──」
「全員死ぬ気で立ってんだッ! 手ぇ抜いてんじゃねーよこのカスッ!!!!」
ごんっと鈍い音がして、私の叫びが虚しく競技場に響く。驚いたような顔をした折紙は。こちらをまっすぐに見て、おでこを赤くしている。
「あ、いや、カスは……言い過ぎたね……」
「そう、だな」
まだ呆然としている折紙。またキャラじゃないとか言われるのかな。まあでも、言いたいこと言えたから──……。
そうして私が、2日間で通算3回目の気絶という醜態を晒したところで、その日の授業は幕を下ろした。
──倒れる前に、誰かが地面に落ちる重い音がしたのは気のせいだったのだろうか。
まあ、気にしないでおこう。……散々だった初めての授業だけど、入学する前より、自分の中の何かが確実に変わっていることが嬉しかった。
それが本当に成長なのかは、ちょっとわからなくなったけど。
***
ぱちっ。目を開けるとそこは学生寮の談話室だった。
談話室の奥にある暖炉に一番近いふっかふかのソファ。そこに寝ているのは私。ふっかふかなので身体中の痛みが少しは和らいで感じられた。
ふと目をやると、私のそばで誰かがすーぴーと寝息を立てて眠っている。綾織さんか。今日は色々あったし疲れたのかな。
「その子、ずっとアンタの寝顔みたり、タオルで汗を拭いたり、甲斐甲斐しく世話してたわよ」
そのツンデレみたいな声は! 東雲さんだ。
彼女はお風呂上りなのか、椿油でヘアケアをしていた。そのまま歩いて来ると向かい側のソファに身を沈める。
「東雲さん。私って、どれくらい寝てた?」
「そんなに。あの最終試合の時間にはもう日が沈んでたから」
「そっか」
重い腕を動かし、自分にかけられたブランケットを綾織さんにかける。イケメンにしか許されないという行為……! 背徳感である。
「東雲さんは怪我無い? 吹き飛ばされてたけど」
「馬鹿じゃないの。あの程度で──……あんな手を抜いた剣術なんかで怪我するわけないじゃない」
「強いね」
「他人のことばかり考えてないで自分のこと考えたら?」
そう言われ、確かにそうだなと思う。今日の私はちょっと変だった。まさか自分に剣をぶっ刺すとは。お父さんが聞いたら卒倒しそう。
でも、お祖父ちゃんなら絶対お腹を抱えて笑うだろう。
ならいいや。きっとそれは、悪い変化じゃない。
「どいつもこいつもお優しいことね。そんなのじゃ学園で生き残ってはいけない」
「ならその手に持ってるのはなに?」
東雲さんは手に持っていたブランケットをばっと後ろ手に隠した。そしてぼっと赤くなる。お風呂上りとはいえ、顔が赤すぎだ。
きっと綾織さんにかけてあげるつもりだったんだろうなぁ。
「べつに……」
「ふっ、ふふふ」
「なによ」
「案外怖い人じゃないなーって」
「アタシは別に──。……あのとき、折紙にズバッと言ってくれたのを、ちょっと感謝しているだけよ。それ以外に、別に言いたいことなんてない」
そう言って彼女は私にブランケットを投げる。
「わぐっ──」
「ユウリのボケがアンタの夕飯とっといてくれたって。食堂で食べてきたら?」
このツンデレ、推せるかもしれない。
「うん、ありがとう。明日からも、よろしくね」
「次に今日みたいな寮の評判下げる事したら、ただじゃおかないからね」
ぷいっと振り返った彼女はずかずかと壁際のらせん階段を上って私室に戻っていった。ふーん、かわいいじゃん……。
「……」
確かに結構ズバッと言いすぎたね!? お、折紙に言いすぎちゃった……。あとでなんか謝っとかないと……。アレもアレなりに考えてやったことだろうに。
……ま、私もスカッとしたのはほんとだけどね。
すると、むにゃむにゃ言いながらよだれを垂らしていた綾織さんが目を覚ました。
「おぁ……よう……」
「おはよ。見ててくれてありがとうね」
「うん……」
「ごはんいこっか」
「ママ……」
誰がママだ。
頬を握ったり髪をわしゃわしゃしたり。ぐだる彼女を何とか起こそうとする。
ずっとついていてくれたってことは夜も食べてないってことだ。なんとしてでも食べさせないと。この学校は、たぶん体力勝負になるから──。
その推測は少しの不安と沢山の希望を孕んでいる。楽しみだ。だから私はズキズキと痛む身体を起こして、歩いた。
さて、夕飯はなんだろう。
「ちょっと面白そう」と思っていただけましたら……!
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