青空の儀式
祖母から聞いた古い話がある。言い伝えや都市伝説の類にしては妙にリアルで、私にはそれが事実にしか思えなかった。遠い昔の悲しい物語。
その村では数年に一度行われる習わしがあった。村の若い女が一人、神に捧げられる儀式。名を青空の儀式という。当時はどこの集落にも神に懇願する風習はあり、それは雨ごいや無病息災を願うものが定番であった。しかし件の村においては勝手が違うようで、彼らは争いごとを避けるために祈る。
儀式が行われる年は定まっておらず、村人の間で陰険な空気が滞ると開かれる。そのため二年連続で行われた年もあれば十年近くなかったこともある。
儀式の準備として先ず村の人たちは稲作や狩りをしばらく休む。一つ一つ、ゆっくり、勘違いや抜けがないように思い出すのだ。大人も子供も関係ない。皆が一斉に行う必要がある。
当日、人柱に選ばれた女は醜い服を着せられ村の離れへ連れていかれる。青空の儀式の為だけに作られた小屋。何があっても村まで声は聞こえない。女が入った後、村のものが交代で一人ずつ小屋へ向かう。怯える女にある男は言う。
「俺はこの前盗みを働いた。カイ爺さんのところの米を盗んだ。別に腹が減ってたわけじゃない。出来心ってやつだ。でも俺は悪くない。お前が悪いんだ。お前が俺をちゃんと見張り、爺さんの家に入る前に止めれば良かったんだ。」
男を女を強く殴る。
「それと狸の一件もそうだ。最近俺の畑が荒らされる。原因は狸だったが、俺はいつも近くで遊んでいた子供を二人捕まえて怒鳴りつけた。その子らが可哀そうか。だがそれもお前が悪い。お前はその子らの無実を証言しなかったし、そもそもお狸を追い返せば事件は起きていない。」
男の喋りは次第に速くなる。まるで本当にその女が悪いと思い込んでいるようだ。怒鳴っては殴る。
その男と入れ替わりで別の女が小屋に来た。彼女も荒ぶるのだ。陰口を言われているのはお前のせいだ。夫とうまくいかないのもお前のせいだ。それから・・・。
もう女に意識はない。朝からいわれのない文句を浴び続け、体が抵抗することを、頭が考えることを放棄したのだ。血と汗と尿、それと恐ろしい何かで女は汚れていく。ただそれだけだ。
儀式も大詰め。日の沈んだ少し後、女は燃え盛る炎に包まれ神へ届けられる。行き先は地獄。これまで村で起きた厄介事を引き起こした悪人が極楽浄土に行ける道理はない。地獄で自分の犯した罪を考えるがもちろん答えは出ない。
村に汚れがなくなった。恨みを持った人、恨まれている人はいない。世界で一番美しいこの社会に皆が感激する。
儀式の後、何故か青空が澄み渡る。




