82話
昨夜は琉生ともゆっくり話をする暇もなく眠ったため、琉生と顔を合わせた途端に流輝は「アリアンとどうだった?」とニコニコ聞いた。
「どうって、別に。彼女が今ハマっていることとかの話を聞いていたよ」
「それだけ? 愛の言葉とかねーの」
「あると思う?」
「あってもいいと思う」
「何それ。なら兄さんとローザリアにはあったの?」
「ね、ねえわ!」
妙に動揺して否定すると何故かとてもにっこりと満面の笑顔で琉生が見てくる。
「はぁ。何だよ気持ち悪いな。で、アリアンは今何にハマってるって?」
「え? ああ、アリアンね。庭の花を育てるついでに魔草の研究」
「ある意味アリアンらしいな」
「でしょ。中々興味深い話だったよ」
朝食後、二人は流輝の部屋に来ていた。お互い特に示し合わせたわけでもないが、何となく気持ちは同じだろうと顔を合わせて頷き、衣裳部屋のドアを見る。
この衣裳部屋の奥には、この屋敷に初めてやって来た時に持っていた荷物が押し込まれている。元の世界からの数少ない持ち物だ。ここへ押し込んで以来、結局今まで一度も見ていない。ずっと見る勇気がなかったし、決意した後はもう大丈夫だろうと思いながらもやはり先延ばしにしてきた。
だが今なら、見られる。
大丈夫だ。
二人で衣裳部屋の奥から荷物を取り出し絨毯の上へ広げた。荷物といっても大してあるわけではない。母親の長めの手編みマフラーに二人のポケットに入っていたハンカチや少しだけ集めていたシールといった小物。そして流輝のポケットに入っていた携帯電話にそれらを包んでいた向こうの世界での洋服だ。
懐かしい思いでマフラーに触れシールなどを眺めた後、流輝は携帯電話を取り出した。電源をあえて切っておいたにも関わらず、長い時間そのままだったそれはもう電源が入らない。ただの置物と同じだった。
この世界には当然ながら充電器や充電コードどころかそういった電気自体ない。
でも……ひょっとして俺の魔法でどうにかなんないかな。
以前も浮かんでいたものの、衣裳部屋の奥に立ち入って荷物を見る気すらなかったため、ずっとそのままだった。
雷属性も、光や闇ほどではないものの他の火や水などに比べると珍しい属性ではある。だが義父のモリスがその雷属性だったりする。流輝も普通に使えるが、モリスに教えてもらったおかげでかなり精密な動きもできるようになっていた。
「失敗したらスマホ、壊れるだろけど……やってみていいか?」
「もちろん。そこは当然やるよね」
琉生がにっこりと頷いた。流輝も頷き、指の先から小さな稲光を発生させた。
魔術を勉強したばかりのころは、いくら魔力が半端ないといえども暴走させたりすぐ消えてしまったりと全然うまく調整できなかった。だが今では魔術の調整などあくびをしながらでもできる。その上モリスのお墨付きだ。
横で見ている琉生は少しハラハラとしているようだが見守ってくれている。携帯電話が壊れたらもう代わりはない。さすがに少々緊張しながらも、流輝は充電コードの差し込み口から小さな雷の魔力をほんの少しずつ流し込んだ。すると真っ黒だった画面が白く光ったかと思うと充電中という画像が黒い画面に出る。
二人は顔を合わせた。だがまだ油断は禁物とばかりに流輝は集中を切らずにもう少しだけ力を流してから恐る恐る電源を入れた。
「……ついた……」
「うん! ついた。すごい、すごいよ兄さん」
「お、おお! やべぇ、上手くいった!」
二人で一旦抱き合ってから、嬉しさとある意味緊張でほんのり指を震わせながら流輝は携帯電話を操作する。どこも今のところ問題なく動作するとわかり、安堵がこみ上げてきた。
画像欄を開くと当時撮った画像がちゃんと無事、入っている。二人でそれらを眺めた。
携帯電話を与えてもらって一番初めに撮った意味のない店内の画像。そして小学生の自分たちや両親、友だち。家の中や近所の公園、家族で出かけた先の風景。
さすがに涙がこみ上げてきた。
最後辺りはここへ来た当初に撮った流輝や琉生、そしてローザリアや王宮の風景だった。
「ローザリア、ちっちゃいな」
「俺らもね、兄さん」
元の世界での九年間はやはりとても懐かしくて大切でかけがえのないものだった。少し画像を見ただけで気持ちが溢れてきて今でもつらい。大切な愛する人たちに、世界だ。
だがこの世界へ来てからも元の世界と同じだけの人生を歩んでいる。この世界でも両親ができ、友だちができた。愛しい人がたくさんいる。そして流輝も琉生も自分たちの日々を、あまりにも充実した日々を送っている。
どちらの世界が大切かともし聞かれたら、即答できないほどに二人にとってこの世界も大切になっていた。
琉生が俯く。流輝も多分同じ気持ちだ。今、画像を見てわかった。元の世界での記憶はたくさんある。怒られたり褒められたり、勉強したり遊んだり、どれも忘れることのない記憶だ。
そのつもりだった。
だが脳内になんとなく浮かんでいたつもりだったが、画像を見ながら両親の声がどんな声だったか思い出せなかった。覚えているつもりだったが、実際は覚えていなかった。動画も撮っておけばよかった。母親がたまに撮っていたのを何となく覚えている。特に何でもない日常を撮る意味が、当時の流輝には理解できなかった。
画像がどれもセピア色に褪せていくような感覚に、とても悲しみがこみ上げる。改めて、九年間というのはあまりにも長いのだと実感した。そしてこの世界で過ごしていたその九年があまりにも濃く、深いものになっていたのだと感じた。




