81話
「どうしたの、リキ。今日のリキは何だかちょっと変だよ?」
テーブル越しにローザリアが心配そうな顔で流輝を覗き込んできた。
「な、なんでもない」
「ほんとに?」
「ああ」
「ならいいんだけど……。……あ、ねえ。このドルクおいしい」
少しホッとしたような笑みを浮かべた後、ローザリアはいくつか選んできた皿にのった小さなドルク、要はケーキを口にして嬉しそうにしている。
「お前……気にしてるんだろ……」
「今日は別。だってベレスフォード大公爵家の料理はおいしいって有名なんだよ? 明日から。明日から気をつける」
「はは。それ、絶対守れねーやつだ」
何だか微笑ましいような何とも言えない気持ちがこみ上げてきて、流輝は笑いながらローザリアを見た。ローザリアは相変わらず嬉しそうにドルクを口にし、時折ウィヌパインを少し飲んでいる。ウィヌパインはルヴィンに炭酸が入った酒と言えばいいのだろうか。琉生いわく「元の世界で言うスパークリングワインだね」らしい。流輝が「何だそれ。シャンメリーのことか?」と聞いたら「まあ、うん、まあ」と妙に優しい顔で見られたので多分あまり合ってはいないのだろう。
ウィヌパインにも以前挑戦はしたが、ルヴィンに多少慣れたとはいえ重苦しい味にはじけるような炭酸が加わっているという複雑な味わいに、流輝は一杯だけでやめておいた。それでも翌日は起きられたのが昼過ぎだったので、それを少しずつとはいえ飲んでいるローザリアはある意味称賛に値する。
「そういえばお前ってお酒、強いの?」
「ううん。そうでもないかな。でもあまりたくさんは飲めないけど嗜む程度には」
「ふーん」
嗜む程度とはどの程度を言うのだと流輝は内心思った。自分ははたして嗜む程度に当てはまるのだろうか。いや、ちょっと飲んで翌日に薬草のアマラを飲む羽目になるのは嗜めてさえいないのだろう。ふと琉生が羨ましくなった。いくら飲んでも平然としていた琉生なら、今この場でもウィヌパインだろうがルヴィンだろうがいくらでも恰好よく飲んでローザリアに「お酒強いのね」なんて言われているだろう。
「どうしたの?」
「やっぱ酒に強いヤツのがいいか?」
「何の話?」
「い、いや。何かほら、酒に強い男ってかっこいーだろ」
「……。ううん。私はそんなこと思ったことない。そんなの基準にならないよ。例え一滴も飲めない人でも、私が素敵だな、好きだなと思う人ならカッコいい」
「そういえばライアンは? お酒、強いの?」
「どうだろう。知らない」
「何で。だってお前、好きな人だろ」
「小さな頃にね。もう。初恋だって言ったじゃない。今はただ、憧れの人ってだけ。だからお酒が強いかも、甘いものが好きかも、知らない」
「そっか」
何だか変に気分がよくなってきた。理由はわからないが、何となく満足して流輝は自分も、取ってきていたいくつかの料理を口にする。ローザリアもまたドルクを美味しそうに食べている。
改めてまたローザリアを見て、そういえば今日もドレスがよく似合っているなと流輝は思った。いつも似合ってはいるのだが、それを当たり前と言うか別に意識していなかった。ジャスミンの色をした髪、ベイリーフの色をした瞳、どちらもイエローみのある柔らかくて控えめなオレンジ色なのだが、それに水色系の淡い色のドレスがとても映えている。
っていうか、ローザリアに言われてるように、どうしたんだ俺。何か確かに変じゃね?
間違えて酒でも飲んだかと改めて自分用のグラスの中身を口にしたが、やはり水だ。今日は叙任式があったし疲れもあるから酔いやすいだろうと水にしていたのだが、間違いなく水しか飲んでいない。
ああ、いや、もしくは疲れてるからか?
「私……、私は、ね。私は……っ」
「ローザリア?」
どうしたのだろうと流輝はまたローザリアを見た。心なしか顔が赤くなっている気がする。ウィヌパインを飲みすぎたのだろうか。
「大丈夫か? ウィヌパイン、少し控えろ。水、飲むか?」
「……うん」
少し真剣な顔をしていたローザリアだが、すっと肩の力が抜けたように微笑んできた。
「ありがとう、リキ。大丈夫、少しずつしか飲んでないよ。……うん。……私はお酒が強い人とかどうでもいいな。私はね、気遣いのできる優しい人が好き」
ルイか? 例えばルイか?
「あと、優しい上で物事をはっきり言える人。つい思ったことを口にしちゃうとこも好き」
……ルイははっきりは言わねえ、か? むしろすげー含んだような笑顔のわりに無言で見てくるタイプだよ、な?
別に誰というわけではないのだろうか。とはいえまるで誰かを思って言っているようにしかやはり思えなくて、流輝はローザリアの言い方が気になった。だが「それ誰かのことなのか? ライアンは憧れだけ、なら今は今で好きなやついるのか?」とは口に出なかった。
「関係ないけど今日のリキ、いつも以上にカッコいいね」
ついでにそこで「お前もいつも以上に綺麗だ」とさえ言えなかった。どもりそうになりながら「……そうかよ」と呟くので精一杯だった。
「うん。そうなの」
ローザリアは嬉しそうに微笑んでいた。
その夜、また流輝は夢を見た。毎回起きた時にはほぼ覚えていないというのに、夢の中では「これ、例のシリーズだ」と思える程度には何となく覚えていたりする。前回見た夢とはまた全然違う青年なのだが、それも何故かずっと繋がっているという確信めいたものが夢の中の流輝の頭にあった。
その青年は思いを交わした相手である女性を思い、泣いていた。大切な彼女だった。それは間違いない。かけがえのない人だ。愛している。だが永遠の別れを自ら選択するしかなかった。
涙を流しながら青年は光の中へ消えていく。
翌朝、流輝は目が覚めるとすでに夢の内容はぼんやりと薄れていた。だが目元が涙で濡れていることはわかった。




