76話
何が何だかわからなかった。だがアーリィと呼ばれていた魔族の男は本当にその場から消えてしまったようだ。と同時に張り巡らされていた結界も消えた。琉生の顔色が次第によくなっていく。
残っていた魔族だか魔物だかは、ドルフが連れてきたのだろうか、何人もの騎士たちによって倒されているようだ。
「申し……訳ありませ、ん。お二人に危害を加えさせる気など、私には……」
「わ、わかりましたから、今はあまり喋らないほうが……」
琉生が焦ったように言っている。流輝は念のため辺りの様子を窺っているとそこへラントまでもが駆けつけてきた。そしてまず双子を見てぎょっとした後にドルフに気づく。
「ち、父上……!」
そばまで駆け寄ってきたラントにドルフは「お前は……何故」と残念そうな顔を向けた。やはりドルフは関係なかったようだ。流輝は魔物たちがここへやって来る様子が今のところなさそうだと判断し、とりあえず気配を探るのをやめて屈みこんだ。そして琉生とラントを少しどかせる。
「あなたに回復の魔法をかける。深手の傷だし修復する際に痛むかもしれないけど我慢して」
「わか、りました……ありがとうござい、ます」
少し見てみたが傷が思っていたより深かった。魔法の中でも癒し系の魔法は他に比べてあまり得意とは言えない流輝は少し躊躇する。だが眠りや安らぎを与える系統の魔法はそれなりに得意だったりするので応用することにした。ちなみにどちらも何属性とは意識していないが多分水か風魔法だろう。少なくとも回復の魔法は水や風の属性を持つ人が使うことが多い。流輝は複数の属性が使えるおかげか、たまにどの属性か自分でも把握していないまま使うことも少なくない。
眠りの魔法をかけながら傷の進行を遅らせ、兼用させた魔法でゆっくりと修復させていく。それでもドルフは脂汗をかきながら歯を食いしばっていた。
漫画やゲームだと回復の魔法をかけられると瞬時に治るし一見心地よさそうにさえ見えていた。だが現実は違う。もしかして回復系が得意な魔術師ならば別かもしれないが、少なくとも流輝が知っている限りでは傷を治す時も相応の痛みがある。考えれば破損した部分を修復させるわけだ、よくわからないが体の組織にも無理をさせているのかもしれない。魔法も万能ではない。
それでも傷は何とか塞がった。ドルフは体をゆっくり起こすと自分の体を信じられないかのように見ている。そして流輝を見上げてきた。
「さすが光の救世主様……」
その言葉に、今まで唖然としていたラントがさらに唖然とした顔をドルフへ向けた。
「父上?」
「……ラント。お前は本当に何ということをしてくれたんだ……何度も言ったはずだ」
何を言ったのかは推して知るべしだ。
「し、しかし」
「お二人は光の救世主なのだぞ! 伝説の方だというのにお前は……」
ちなみにさらっと国家機密並みの秘密を漏らしているが、この場合は仕方ないのだろう。
「なんっ……」
途端、ラントは顔を青ざめさせた。そして双子を見た後またドルフを見、崩れ落ちた。おそらく今までドルフが双子に対して何も手出しをしなかった理由と自分の犯した罪に気づいたのだろう。流輝としては光の救世主に手を出すことがここの人間社会の中でどれほどの罪かわからないが、少なくとも軽罪ではないのだろう。
どのみち俺らを殺そうとしたんだ。普通の貴族を殺そうとしても軽くはねえよな。
流輝たちが光の救世主だと知っている知っていないなど、流輝にとってはどうでもよかった。だが自分もだが何より琉生を殺そうとしたことは許さない。何があっても許さない。
そう思っていたのに、ドルフが涙を流しながらラントを叱咤している姿は心が痛くなった。
その後、キャスとフランも駆けつけてきた。そしてディルアン親子は捕まった。
後で聞いた話だが、最近様子がおかしいラントを気にしていたドルフはラントにこっそり監視をつけさせていたらしい。そのため今回のこともすぐさま報告を受け、騎士を引き連れ自ら駆けつけるとともに、ターナー家にも連絡を送っていたようだ。
双子の居場所がすぐにわかったのは発信機がついていたのでも何でもなく、単にこの場所へ連れてきてからもラントの監視を屋敷の外から続けていた魔術師の一人によりかろうじて把握されていたため、躊躇することなくドルフは駆けつけてきたらしい。ドルフもそれなりに魔力のある貴族であったが、魔族の結界により相当具合が悪くなっていたのもあり、運よく双子を見つけても飛び込むことしかできなかったと聞いた。
「ラントはどうでもいいけどさ……ドルフ、どうなんだろな」
琉生はともかく流輝は全然悪いところなどなかった。むしろ力も有り余っているくらいだった。にも拘わらずキャスや両親たちが許してくれず、翌日になってもベッドの上だった。ちなみに義母のカルナに泣かれたのも当然こたえたが、キャスに泣かれたのは色んな意味でどうしていいかわからなかった。
あの場所へやって来た時はまだ、キャスは青ざめつつも流輝を抱きしめてきた後に歩けると何度言っても聞いてくれず横抱きされて運ばれたのはさておき、泣いてはいなかった。だが周りがバタバタとしている中馬車へ乗せてくれてようやく屋敷に着き、またもや抱いて運ぼうとして大いに拒否した後からもう駄目だった。泣き崩れる勢いで泣かれ、流輝はもうおとなしく「お姫様抱っこ」のまま部屋まで運ばせるしかできなかった。
「わからないけど……情状酌量の余地はあるんじゃない?」
琉生の場合はいつも淡々と冷静なフランだけに何の問題もなかったのだろうなと思っていたが、同じくあの場所で馬車までは抱き上げられそのまま運ばれてきたのを見て流輝は自分を棚に上げてつい吹いてしまった。とはいえ結界のせいで具合の悪そうだった琉生だけに、吹き出してしまったのはとても安心してというのもあった。




