74話
とにかく逃げなければと思うのだが、いかんせん琉生がまだ目を覚まさない。やはり一般人よりも魔力が少ないらしい琉生はかけられた魔法の影響を受けやすいようだ。あとラントにそこまで魔力があると思っていなかったので、おそらく持っていた石はかなり質のいい魔法石だろう。あと、そんなに強い魔力を持つ者がいるのかわからないが、かなり特殊な力が込められた魔法石なのかもしれない。
どうする?
例え流輝一人だったとしても場所も状況もまだ把握できていない状態で逃げ出すのは容易ではない。その上ラントとの会話で推し量っただけではあるが、話していた相手はある程度以上、魔力の強い魔族の可能性が高い。しかも琉生は眠っている。
そうだ……俺とルイを繋ぐ絆の輪で琉生に何らかの影響を与えられないだろうか。
通信魔法は当然この状況でも使う気はない。もしかしたら琉生の脳に直接語りかけることで目を覚ますかもしれないが、同時に魔力に影響を与えてしまうかもしれない。さすがに一瞬なら致命傷にならない可能性が高いが、それでも流輝はあれ以来絶対に使わないと心に誓っていた。
まず会話が聞こえてきたほうに意識を集中させた。ラントと誰かは一旦どこかへ移動したようだ。気配が感じられない。
頼む。戻ってくるなよ。あとルイ……頼むから起きて。ルイ……ルイ……!
別にそうしても強くなるわけではないが、流輝は横たわったまま手のひらを自分の方へ向け、手首を額につけて念じた。
ルイ……!
ふと琉生のほうから身じろぎのような気配を感じた。流輝は体をなるべく動かさないようにしつつ慌てて琉生を見る。すると額に皺を寄せながら琉生が薄っすらと目を開けていた。
「ルイ……」
ほぼ聞こえないような小声で呼びかけると、体を動かさないままあちらこちらに視線を送っていた琉生が流輝を見てきてそっと頷く。目覚めた時の流輝と同じく頭痛や靄を感じているのか少々辛そうではあるものの、流輝はホッとした。そして辺りに注意を払う。まだ今のところ戻ってくる気配を感じないため、横たわったまま元々近かった琉生にもう少し近づいた。
「ラントが魔法で眠らせてきた。魔法石だ」
「うん」
「さっきまで誰か知らない男と話してた。声だけだし決定的ではないけど多分魔族だ」
魔族、と聞いて琉生も流輝が把握している程度の状況は把握したようだ。幸いというか、そいつらは流輝の膨大な魔力量とその力を把握していないのだろう、まだ絶対に目覚めることはないと判断したようだ。流輝たちをこの薄暗い部屋に転がしたままの上に手枷足枷もない。
「逃げるしかないね」
流輝と琉生はお互い気配を探りつつ、ゆっくりと体を起こした。
「リキ、ワンドなくてもいける?」
「俺を誰だと思ってんだ。俺の魔力知ってんだろ」
「ああ」
知ってる、と口角を上げながら琉生は上着の袖口から小さな針のようなものを出してきた。流輝がそれに指を這わせると学園で使用しているロングソードとは違う、シンプルなヒルトのついたレイピアとなった。
「いつもの剣とは違うけど、そっちこそいける?」
「俺を誰だと思ってんの? 俺の剣の力、知ってるよね兄さん?」
別に派手に逃げるつもりはない。できるのであれば見つからずに逃げおおせたい。だが備えあれば、だ。まだ頭痛はかすかにあるものの、双子はお互い気合を入れた。そして部屋の入口まで移動すると外を窺う。やはり誰もいないようだと把握すると、流輝の魔法でドアのノブだけ静かに焼き切って部屋の外へ出た。
閉じ込められていた部屋の外もまだ部屋だったが、かなり広い。辺りの様子を窺いつつ、双子はその部屋の出入り口へと急いだ。同じようにしてそこから出ると今度は薄暗さの増した廊下だった。
「しかも何か気持ち悪い結界? みたいなの張られてる」
琉生が少し苦しそうに言う。だが何故か流輝にとっては全然気持ち悪くなかった。むしろ感覚が余計に研ぎ澄まされるというか、辺りの気配が先ほどよりもわかりやすくなった気がする。よくわからないが、もしかしたらこれも流輝と琉生の魔力量の違いかもしれない。
「……あ、待ってルイ……そっちから二人分の気配がする……」
「こんな気持ち悪い空間でよく……わかるね。さすが兄さん……」
お互い相当小声でやり取りしつつ、渋々廊下の左右に別れた。逃げられるならバレずに逃げたいが、来た道はひたすら真っすぐだった上に入れそうな部屋もない。
「おい、誰かいるのか?」
「確かに何かぼんやり感じるな? 気配感じる能力なんて俺、普段ねーから」
「何か妙な気配がな……」
「あー」
言い続けながら近づいてきたおそらくは魔族の下っ端だろう二人に流輝は有無を言わせる隙なく眠らせる魔法を使った。万が一効かなかった場合に備え、琉生は剣を構えている。
幸い即効きしたようだ。倒れる音を出さないようそれぞれを支えて横たえさせた。
琉生が本当に気持ち悪そうにしているため、流輝は多少でもマシになればと水魔法での浄化を琉生に使いながら進んだ。
この調子でいけば多分何事もなく逃げられるのではと思っていたが、やはりそう上手くはいかないようだ。流輝が「やばい気配が」と言いかけたところで二人の前に先ほどから何度か出会った魔族とは比べ物にならないほどオーラを感じる魔族が一瞬で現れ、立ち塞がった。
「残念だったな、双子ちゃん。逃げられると本気で思ったのか?」




