66話
以前酒場で怪しげな男に出会って以来、ラントはその酒場へ出向く回数が少々増えた。とはいえあからさまに多くはなっていないので周りから何か言われるほどでもない。
元々その酒場は貴族も出入りするとはいえ、ラントからすれば少々下品な場所だと思っていたため、実はあの時が初めての来店だった。双子に関しての不満を抱えつつ、普段付き合いのある貴族たちが絶対にいなさそうな場所で酒が飲みたくてやってきた場所だった。
そこで出会った男とは今もその酒場に行くたびに同席し、飲んでいる。上品で整った見た目ながらにどこか寒々しく胡散臭い雰囲気のある男は到底信用できるものではないが、その男はラントが酒場へ行くたびにやって来ては声をかけ、酒を奢ってくるせいもあるだろうか。姓も身分も名乗らず、ただの「アーリマン」としか知らない男を信用できるはずもないというのに、結局いつも同席していた。
胡散臭いが……だが決して下賤な者ではないだろう、少なくとも。服装や話し方、マナーからしてもそうだし、そもそもいつもどれだけ飲み食いしようがすべてこいつは何の問題もないかのように支払っているようだしな。
「いい加減、それほど邪魔に思われるなら行動に移すべきでは?」
今も胡散臭そうな笑みを浮かべつつもアーリマンは穏やかな口調でラントに提案してきた。とはいえ内容は穏やかとは到底言えないかもしれない。
「父がやつらをよく思っていないのは間違いないというのに、一切何もしようとしない。それは何か意味があるからだろうし、そうなると俺も何もすべきではないのだろうと考えるしかない」
「お父上は単に保身のためとは考えないのですか?」
「……それも考えた。しかし父は普段、状況を把握した上で上手く利用する方だ。例え身分の高い相手でもうまい汁を飲めるとわかっていればそれを逃さないし、邪魔だと思えば策略を巡らせ上手く事を運ぶ。そんな方がとても忌々しく思っている相手に何もせず手を出さないとなると、間違いなく意味があるはずだ」
「さすがは周りをよく熟知し判断されるラント様です。ご自分のお父上のこともよく把握されておられますね」
「当然だ」
少し得意げな気持ちになりながら、ラントは酒をあおった。するとアーリマンが酒を注いでくる。
双子の話をしていない時はどこから呼ぶのかアーリマンはとても見目のいい女を給仕としてラントのそばへつけてくることもある。その女たちはラントが希望すれば酌などだけでなく、その体さえも差し出してくる。最初の頃は「どこぞの馬の骨とも知れん女など」と断っていたが「女の身元は私が保証しますし、病気を持つ女などは一切おりません」というアーリマンの言葉に仕方なく相手をしてやって以来、気が向けば味わってはいる。その際の場所も、アーリマンがどこぞの屋敷の清潔そうな部屋を提供してくるため、それを利用していた。確かに女どもは清潔な格好をしているしドレスも安物ではなさそうだ。それに見目がいいだけでなく下品な感じもない。
ただ、今は双子の話をしているのもあって女たちはいない。よってラントも仕方なくアーリマンの酌でまた酒をあおった。
「ですがお父上が百パーセント間違いないと言い切れますか? 私からすればあなたのほうが見る目も行動力もありそうな気がしますが」
「ん? ああ、まあ、その可能性は、まあ」
「そんなラント様があの双子を疎ましく思い、邪魔だと判断されるのであれば、やはり間違いなく邪魔者でしかないと私も思います。そもそもそれこそどこの馬の骨かもわからない者だというのに、この間はあろうことか国の代表として四国連合会議が開催されたモールザ王国へ出向いた王女や重臣たちと共にあの双子も出向いたそうではないですか。あなたを差し置いて」
「……そうだ」
それを聞いた時は憤りのあまり、自室でいくつかの花瓶を壊してしまったくらいだった。心底忌々しかった。双子より年上であり実力も才能もあるラントを差し置いて、何故あの双子が同行するのか。ただそれに関してはあのまがい物である王女と仲よくしているから頼み込んで連れて行ってもらったのだろうとは思っている。どうせモールザ王国でも何もできずに馬鹿のように時間を持て余していたに過ぎないのだろうと思っていたが、同じく同行した貴族と知人である、ラントとも知り合いの貴族に話を聞くと実際会議には参加していなかったらしい。やはりな、としたり顔にもなったとはいえ、似た者同士勝手に仲よくすればいいがそれを笠に着て政治などに関わってくるのは許しがたい。
「双子はおそらく、あの身分の低い女の子どもである王女とたまたま知り合いだからとそれを利用しているに過ぎないと思いませんか?」
「ああ、思っている」
「きっと他のことでも似たようなことをしているに違いないでしょう」
「……そうだ、そうに違いない」
「ろくでもない存在です。生きる価値もない」
「……ああ、そうだ」
少々酒を飲みすぎたのか、アーリマンの言葉が妙に頭に響く。だが不快ではない。溶け込んでくるかのようにアーリマンの言葉だけがするりと耳から頭に入り、しみ込むように響く感じというのだろうか。
ラントが頷くと、アーリマンはにっこりと微笑んだ。




