4話
その夜、流輝は夢を見た。
ぼんやりとした光景の中で声も見た目もぼんやりとしている。だがそこにいる二人の人物はとても楽しそうに、そして幸せそうに、おそらく何かを見つめて笑っていた。その何かはまるで箱庭のように見える。だがその内の一人がある日、もう一人に別れを告げ、去っていった。残されたもう一人は去っていった者を悲しげに見つめ、泣いていた。
そんな光景を俯瞰して見ているかのように眺めていた流輝は何故だかわからないが苦しくて切ない気持ちでいっぱいになった。ごめんね、と思わず呟く。
そこで目が覚めた。一瞬何やら訳がわからない感覚にとらわれたものの、流輝は見ていた夢どころではないことを思い出して周りを見渡した。
とりあえず明るい。朝だ。周りは親が見ていた映画に出てくるような豪華な家具や作りで部屋も自分たちの部屋とは比べ物にならないくらい広そうだった。おまけに自分たちが眠っていたらしいベッドも二人が並んで眠ってもまだ余りあるくらい大きく、そして天蓋がついている。それらに気を取られていると、見た夢のこともほとんど忘れてしまった。あとから考えもどんな内容だったか思い出せない。
とにかく唖然としていると琉生も目を覚ましたようだ。慌てて流輝にすがりつくようにしながら周りを窺っている。
顔を合わせると頷きあい、とりあえずベッドから降りた。窓まで向かって外を眺める。そこに見える光景も、現実では見たことのない光景だった。強いて似ているものを挙げるとしたらテーマパークで見かけた整えられた大きな公園が広がるような光景だろうか。
人の姿も見えた。皆、やはり映画の世界でしか見ないような恰好をしている。少なくとも二人が日常で見かけることはなかった。
戸惑いながらまたお互い顔を合わせてから、部屋の中も改めて見渡す。書棚があることに気づき、そこまで駆けつけた。だがどの本も見たことのないようなおそらく文字が書かれている。
そういえば日本語どころか聞いたことない言葉、話してたよな……。
それを思い出すと同時に、フードの男が琉生に何かしようとしていたことも流輝は思い出した。
「ここ、どこなんだろ……」
琉生が不安そうに呟いた。
「わからない。俺ら、誘拐されたのかな? そんで外国まで連れてこられたのかな」
「そんな……」
不安そうだった琉生が泣きそうになっている。流輝は慌てて笑みを見せながら続けた。
「も、もしくはさ、俺らが読んでたような漫画みたいなことになったとか」
「漫画、みたいな?」
「そう。テンセイ、だっけ?」
「魔法の世界に!」
「そうそう」
一瞬二人して少しだけテンションが上がったが、またすぐに俯き加減になる。あり得ないこと前提でもしそうだとしても、それは必ずしもわくわくする楽しいことだとは限らない。下手をしたら怖い目に遭わされたり、何かとんでもないことをやらされたりするかもしれない。琉生に何かしようとしていたのもそのせいかもしれない。
「やっぱり怖い」
「うん……。ルイ、ここから逃げよう」
「うん」
逃げるにあたり、自分たちの持ち物はあるかと辺りを窺ったが、残念ながら鞄も何もなかった。流輝は「そういえばあの漫画も結局最終巻読めてない」とがっかりしつつ、自分のポケットに携帯電話が入っていることに気づいた。そういえば母親にメッセージを返した後、鞄に戻さずポケットに入れたのだったと思い出す。ほんの昨日のことだというのに、まるで遠い昔の出来事のようで妙に心細くなった。だが気合を入れる。当たり前と言えば当たり前だが、携帯電話は圏外だった。とりあえず一旦電源を落とした。
そっと部屋の外を窺うと、幸い誰もいないようだった。二人は周りの様子を窺いながらやたら広く長い廊下を移動した。道などわかるはずもなく、おそらくここからだとこの大きな宮殿のような建物から抜け出せると思える場所にまでやってくるのに結構な時間がかかってしまった。もしかしたら部屋まで様子を窺いにきた誰かがいるかもしれない。二人は慌てつつこっそり抜け出した。
建物から出ると緑豊かな庭園や噴水といった光景が広がっていたが、そこを通るのを避けて多分ここが正門だろうと思われるところまで迂回してたどり着いた。門番らしき人の目を掻い潜り外へ出ると、これまた映画で見たような少し大きめの跳ね橋がある。下は湖だか何だか深そうな水があったが、幸い上げられてなかったので急いで渡った。その先にはレンガ造りの広い歩道が延々と伸びており、多分そこをたどれば町の外にすら出られると踏んだ。
深い考えがあった訳ではない。むしろ何もわからないままやみくもに取った行動でしかない。だが今の二人にとっては逃げ果せたらきっとどうにかなると思えていた。
何とか城下町の外へ通じる出入り口に立つ門番の目も掻い潜り、二人はようやく外へ抜け出した。その時点で二人は改めて考えた。
ここは絶対に日本ではない。それどころか、外国ですらないかもしれない。流輝は昨夜見た、床に描かれた魔法円のようなものを思い返す。もしかしたらやはり、漫画にあるような別の世界なのかもしれない。その考えの時点で琉生はまた不安のあまり涙目になったが、流輝は内心少しワクワクもしていた。ここは本当に剣と魔法の世界なのかもしれない。自分たちもひょっとしたら漫画にあるような異世界召喚的な方法で呼ばれてあの場にいたのかもしれない。
どのみちコンビニエンスストアにいたはずだというのに気づけばあのような場にいたことに対して上手い説明が他に浮かばない。現実的に誘拐されただけかもしれないが、それにしてもどこかおかしい。
だがそんな流輝のワクワクする気持ちに反して、この世界は漫画の世界のようにとんとん拍子でことが上手く運ぶなんてことはなかった。ファンタジーの世界でありながら、現実を目の当たりにする羽目になった。