48話
「狙ってねえし、いちいち俺をフルネームで呼ぶな」
鬱陶しいとばかりに見ればルバスは「何だその鬱陶しげな顔は!」と不満そうに流輝を指差してくる。
いやいや鬱陶しいのはお前だよ、と思いつつ流輝は「人を指差してはいけませんって習わなかったのか」とため息交じりにルバスを見た。
「は? 何だそのローカルルールは」
今度はポカンとした顔をしてくる。そういえばここにいる皆は貴族だし、指を差そうが上から見下ろそうが基本気にすることもないのだろうなと流輝は内心苦笑する。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、この世界に来てわりと経つ上に流輝たちもかなり爵位の高い貴族の養子になったものの、元の世界での常識や決まり事などは簡単に抜けないようだ。
「るせぇ。俺の中のマナーだ」
「ということは大公爵家でのマナーなのか? ふむ……ではきっと間違いはないのだろうな。俺も見習おう」
馬鹿だ。こいつ馬鹿だ。
我ながら成績トップは自負しているが、ルバスがそれに対抗心を燃やすということは成績自体は悪くないはずだろう。だが馬鹿だな、と流輝は生温い顔をルバスへ向けた。
「とにかく、俺の妹に手を出さないでもらおうか、リキ・ターナー」
「だからフルネームで呼ぶなっつってんだろ。あと出してねえ。アリアンにも聞いてみろ。お前はほんっと人に話を聞く前から決めつけるやつだな」
「……アリアンには後で確認しよう」
「……ルバスお兄様……」
アリアンは消え入りそうな様子でふるふる頭を振りながら小さくなっている。注目を浴びるのがつらいか恥ずかしいのだろう。流輝はアリアンから離れるように歩き出す。するとルバスもついてきた。
「次の合同授業で勝負だと言ったことは覚えているだろうな、リキ・ターナー」
「……お前って案外人の話聞いてきたかと思うと全然聞かねえよな……何で俺のことフルネームで呼ぶの」
「それはどうでもいい! 勝負は覚えているかと言っているんだ」
「はぁ……。覚えてるよ」
「よし。では今から開始だ」
笑みを見せると、ルバスは教師に宣言する。
「今からアステリクラスのルバス・ディルアンがヘーリオスクラスのリキ・ターナーに挑みます!」
「ふむ。ターナーくんは今年入学だが……問題はないのか?」
教師が流輝を見ながら聞いてきた。
「はい、大丈夫です」
「わかった。おい、その辺の君たちは離れて。よし。ではそこの二人、始め」
始め、の合図とともにルバスが何やら短い詠唱を唱え、手のひらに炎の塊を出してきた。どうやらそこそこ魔力は強いようだ。
「インフェノフラーム! 包まれて焼きつくされろ!」
「うわ……そんな……」
「ははは、今さら泣いて詫びても遅いからな!」
「そんな……マジで呪文叫ぶんだ。ゲームや『漫画』の世界みてぇ、けど心底恥ずかしいな」
「何の話だ!」
すでに炎の塊が流輝を包み込もうと目の前まで来ていた。これを魔法なしで避けるのは難しいだろうし、琉生ならまだしも流輝では剣で払うことも難しいだろう。少し離れたところからちょっとした叫ぶような声や「ターナーはもう終了か」といった声が聞こえてくる。だがさすがにシールドを発動させるには早い。それにソリアではないが、ここで簡単にやられたらルバスのドヤ顔を見ることになり、それは結構腹立たしそうだ。
流輝は手のひらを掲げた。無詠唱は変に目立つかなと思いつつも、下手に唱えると力が強まりそうでそれは避けたい。かといって振りをするにもルバスが言ったような呪文を叫ぶのは恥ずかしい。ここでは別におかしなことではないのかもしれないが、流輝が恥ずかしい。
つか、考えてる暇ねーな。
流輝が考えている時間も含め、多分周りで見ている人からすればほんの一瞬の出来事だったのだろう。とりあえず流輝は無言のまま炎の塊を手のひらから出した風の魔法で跳ね除けた。普通なら風は火に弱いが、力の差があれば問題ない。
「今の、何」
「リキ、何かしたのか?」
「どうなったの?」
周りの怪訝そうな声が聞こえてくる。流輝はあえて無視しながら剣を抜いた。すると炎の魔法をあっけなく跳ね除けられ唖然としていたルバスもハッとしながら同じように抜いてくる。どのみちすぐに次の魔法はルバスも使えないのかもしれない。魔術師でないとなかなか難しいと聞いている。
「今の、どうやったっ?」
「おいおい、剣に集中しろよルバス。ルイほどじゃなくても俺、剣もそこそこ得意だぞ?」
「剣なら俺だって得意だ! いいから教えろ! 今の、どうやったんだ! 何故俺の渾身の炎が貴様の前で急に跳ね除けられたみたいに軌道が逸れたっ?」
軌道が逸れたように思えるのか。
流輝は一瞬の隙を見つけて突きにいったがルバスの剣によってそれこそ跳ね除けられるところだった。ぐっとグリップを握り、堪える。本人が言うように実際それなりに得意そうだ。剣技に関しては油断していると負けてしまうかもしれない。
お互い持つ剣は生徒が共通して持っているロングソードだ。いずれ騎士となる者もこの剣を使うことになる。ロングという名前がついてはいるものの、扱いやすい長さと重さの剣で片手剣でもある。それでも剣を何度も振る度に自分の筋肉がうねり、喜ぶかのように限界を求めてうごめくのがわかる。剣術を教わり始めた頃は結構な筋肉痛になったものだ。
ただ剣を教えてくれたキャスとは何度も剣をかわしたが、今のようにぶつかりあい、火花を激しく散らすかのようにやりあったことはない。
流輝はだんだん楽しくなってきた。反面、疲れも感じてきた。
魔法使いはやっぱ体力あんまねーよな。
剣で剣を受け止めながら自分のことながらに流輝は苦笑した。




