29話
何人かの生徒とやりあったという話を聞いたフランとキャスにも叱られるかと思ったが、学校の帰りも屋敷についてからも何も言われなかった。キャスに至っては「さすが俺の主」と言わんばかりに絶賛してくる。
「褒めすぎだけど……」
「とんでもない。先に因縁つけてきたのはラントの太鼓持ちみたいなやつらばっかだと聞きましたよ。むしろやり足りない勢いだ」
「ラントって何」
「キャス……お前はどうしてそう、いまだに余計なことばかり口にするんだ」
キャスの言葉に流輝が首を傾げているとフランが呆れたようにため息をついている。キャスも確かに余計なことを言ったと今さらながらに自覚したのだろうか。珍しくフランにも言い返さず「変なことを言ってしまって申し訳ありません」と流輝に笑いかけてきた。
「謝らなくていいよ。それに余計なことじゃない。誰の太鼓持ちって? あいつらは俺の学校に所属してる生徒だ。これからも出会うことだってあるだろうし、何かあるなら聞いておきたい。ラントって誰」
キャスがフランを見る。頷いてからフランのほうが口を開いた。
「確かに今後、ラント様にもどこかで出会うことがあるかもしれませんしね。ラントというのはディルアン家のご長男の名前です。頭もよく誠実そうな見た目の方ですが、あまり油断なさらないほうがいいお方だと申し上げておきます」
フランがそう言うのならそうなのだろう。だが何故かは気になる。あとディルアンという名前には覚えがある。確か同じクラスにそんな名前の令嬢がいたような気がする。
「なんで?」
すると今度はキャスが話してきた。
「お二人のお義父様であられますモリス様とラントの父親、ドルフは従兄弟なんです。ただターナー家とディルアン家は親戚ではありますけど身分は大公爵であられるモリス様の方が当然上です。あちらは公爵ですね。従兄であるドルフも一見誠実そうで真面目なタイプではありますがね、モリス様の地位に目をつけ、ターナーご夫婦に子どもがいないことをいいことに自分の息子を養子に迎えるよう話を持ちかけていたんですよ。まあ利用するためでしょうね」
そういえば以前、フランからそんな話を聞いた気がすると流輝は思い出した。
「ディルアンの次男がちょうど年齢的にもいいから、と。だが結局あなた方お二人が養子となった。王からの提案とあってはドルフも何も言えず引き下がるしかなかったんでしょう。自分の利益があることには貪欲ですが、損失になるようなことは避けるヤツだ。とはいえそれもあってあなた方のことはよく思っていない可能性は高いです。もちろん、表立って出してきませんがね」
そして長男であるラントがそんなドルフに性格がそっくりなのだとキャスはいう。
「欲深くて、あと人を身分で見るようなヤツです。で、お二人が倒されたご子息たちはそんなラントやディルアン家を支持するようなやつらだってことです」
「なるほど。わかった。つってもだからといってわざわざこっちから何もする気はないけど」
「それでいいんですよ」
フランが珍しくほんのりではあるが口元を緩め、頷いてきた。思わず流輝がじっと見ると困惑したように顔をほんのりそらしてくる。
「ねえ、そのディルアン家って何人兄弟いるのかな。俺と兄さんのクラスにもアリアン・ディルアンって名前のご令嬢がいるんだけど」
「そう! それだ。俺も確かいたよなあって何となく思ってた」
琉生の言葉に、雲が晴れたような気持ちになってコクコク頷いていると「まだクラスの子の名前覚えてないの?」と琉生に笑われた。
「名前覚えんの苦手なんだよ」
唇を尖らせながら言えばキャスが「わかります、俺も苦手なんですよね」と嬉しそうに同意してきてフランにまたため息をつかれている。
とりあえず自室に着いたが、話が気になるのでフランとキャスにはそのまま部屋に入ってもらった。双子が着替えようとしてもそのまま並んで立っているので流輝が「座って待っててよ」と呆れつつ言えば「そういうわけにはいきません」と返ってきた。
「俺とルイが落ち着かないから座ってて。わかった?」
「……かしこまりました」
命令みたいですっきりはしないが、ようやく渋々ながら二人がソファーに座るのを見たのでよしとする。
側近であり護衛騎士である立場があるのかもしれないが、元々この世界の人間ではない双子からすれば主人と使用人の関係というものはいまだにあまり慣れない。元の世界でも大富豪の息子とかだったら違っていたかもしれないが、ただの庶民なので落ち着かない。
服の着替えも最初は他の使用人が何から何までしてこようとしたのを「頼むから」と懇願する勢いでやめさせたくらいだ。王宮に滞在していた頃はこちらの世界の衣装があまりわからないのもあって手伝ってもらうことにあまり抵抗はなかったが、さすがにもう小さな子どもでもないのもあり、やめていただきたさしかなかった。もちろん「何故誰もお召し物を代える仕事をしないんだ」と憤慨しながら手伝おうとしてきたフランにも「本当にいらないから」とやめてもらった。それでも困惑するフランに、当時はまだ今のキャスではなかったキャスが「いいってんだからいいじゃねえか。むしろ言うこと聞かねえほうが不敬だろ」と気安いことを言ってくれて何とか誰にも手出しされずに着替えられるようになった。あの頃に今のキャスだったらむしろ率先して下着まで丁寧に着替えさせられていたかもしれないと思うとぞっとしない。




