2話
そこからの記憶が妙に曖昧というか、気づけば二人して落とし穴に落ちたような、急激に重力の赴くまま下へ引きずられるような、そして腹の奥がひゅっと縮こまるかのような気持ちの悪い感覚に包まれていた。
俺らは今……どこにいるんだ……コンビニじゃない、の?
気持ちの悪い感覚に顔を歪めつつ、流輝はハッとなり琉生を見た。とてつもなく思いきり落ちている感覚しかないというのに、琉生を見るとゆっくり漂っているかのように見える。だが琉生の顔色はとてつもなく悪かった。
「る……い」
「リキ……お腹、と背中……焼けるみたい、に痛……」
すでに泣きそうな顔になりながら琉生が流輝へと手を伸ばそうとしてきた。
腹と背中、と聞いて流輝の脳内でフラッシュバックのように何かに刺され血まみれの琉生が過った。だが目の前の琉生は顔色こそ悪いものの、どこにも血の色などない。
「る……」
流輝も何とか手を伸ばそうとした。その時に男とも女とも、そもそも人間かどうかもわからない誰かがいつのまにか琉生のそばにいて触れていたことに気づく。むしろ何故気づかなかったのだろうと思っているとそれは流輝を見てきた。
だ、誰……っ?
だが幻だったのかと思えるくらい一瞬で消えた。
その後、その記憶すら消えた。
目が覚めると群青色に浮かぶたくさんの星の海が見えた。ぼんやりとそれらを眺めていると大きな満月も見える。
……空……えっと、夜……。
コンビニエンスストアにいたはずだというのに、いつの間に眠っていたのだろうかと思った後で、違和感に気づく。明らかに広がっているのは空のため、自宅の部屋からの景色ではない。それに耳慣れない何かが聞こえてくる。
流輝はゆっくりと起き上がった。ほんのり頭が痛いが、他に支障はなさそうだ。隣を見ると琉生が眠っている。ハッとなり視線を琉生の体に巡らせるが何の変哲もない状態だ。出血などない。
……えっと、いや、俺何を心配してんだよ? 何で血?
とりあえず琉生がそばで眠っていることにホッとして辺りを見る。どうやら自分たちは床の上に直接横たわって眠っていたようだ。今気づいたが、その床には何やら模様のようなものが一面に書かれている。何だろうと視線を動かしていき、どうやらファンタジーの世界でありそうな魔法円のようなものが書かれているのだと気づいた。
少し離れた周りでは、見知らぬ大人たちがその魔法円を囲うようにして双子を見ながら立っている。所々に焚かれた松明に照らされた彼らは何やら双子を見て喋っているようなのだが、全く何を言っているのかわからない。流輝は英語も得意ではないが、それでもまだ学校で今の学年になって習ったばかりの英語のほうが全然マシだと思えた。
流輝がびくり、と体を震わせていると琉生が目を覚ました。同じように戸惑いながら体を起こし、やはり周りの大人を見てびくりとしている。流輝と違うのは今もうすでに泣きそうになっているところだろうか。
「リキ……」
「ルイ」
思わずお互い体を寄せ合ってぎゅっと抱きしめあう。それを見て、一番威厳のありそうな大人が何やら驚いたような困惑したような顔をして叫んだ。周りの大人たちも同じく困ったようにざわついている。わけがわからなくて怖くて、二人はさらに抱き合った。
威厳の一番ありそうな大人が近くにいたフードを深く被った大人に何かを言っている。するとフードは頷き、あろうことか二人に近づいてきた。そして一瞬躊躇してから琉生に手をかざそうとした。それに対し琉生が真っ青になりながらびくりと怯える。流輝は弟が危ないと焦り、一旦琉生から離れると無我夢中でフードに体当たりした。思いもよらないことだったのだろう、フードは簡単にバランスを崩してよろけた。それをいいことに流輝はさらにフードにつかみかかろうとした。
暴れる流輝を、他の大人たちが駆け寄ってきて慌てて止めようと、捕まえようとする。琉生はもはや思いきり怯えて泣いていた。
その時、威厳ある大人が何かを言い放った。とたんに他の大人たちの動きが止まる。流輝はハッとなり、琉生に手を伸ばし立ち上がらせようとした。逃げられるかわからないが、やってみなくてはこれまたわからない。
だがその前に先ほどのフードから何か唱えるかのような声が聞こえてきた。次の瞬間には流輝も琉生も意識を手放していた。
流輝が「一番威厳がありそうな大人」と見ていたのはこの国の王だった。
先ほど流輝たちが目を覚まし怯えたように抱きしめあう様子を見て叫んだのは、実際驚いたからだった。
確かに勇者を召喚した。それに間違いはない。だが青年一人が召喚されるものとばかり思っていたというのに目の前にはあまりに幼い子ども二人がいたのだ。驚かないほうがおかしい。
ただでさえ実際子どもな上に、この世界の者からすれば流輝たち日本人は幼く見えた。おまけに二人ともがとても小柄で、王たちからすれば九歳どころか六歳くらいにしか見えなかった。
それでもとりあえず王はフードを被った術者に二人の適正を調べるよう命令した。何らかの問題が発生でもして間違って呼び寄せたとしたら取り返しがつかない過ちを犯してしまったことになる。せめてこの二人の内どちらかに「光の救世主」としての適性がありますようにと願わずにはいられない。
だが命じられた術者が二人のうち片方に手をかざそうとすると、もう片方の子どもが暴れ始めた。驚いた周りは慌ててその子どもを止めようと皆近づいていく。すると暴れていない子どもが相当怯えているのだろう、泣き始める。
「皆、落ち着きなさい! 子どもたちが怖がっている。丁重に扱いなさい!」
王は急いで叫ぶと、また術者に命じた。
「とりあえずあの二人を眠らせてやってくれないか。今のままでは怯える一方だ」
「承知しました」
術者は呪文を唱え、二人を魔法で眠らせた。