28話
学園での生活は概ね快適ではあった。この世界を知ろうと思って以来いろいろと勉強してきたのもあり、今では流輝にとって「学ぶ」ということは楽しいと思えるようになっている。知識や経験は自分の身になり助けになる。それを肌で感じ取れてきたからかもしれない。よってそもそも学びの場である学園が楽しくないはずがない。
その上、楽しい人たちも多い。フィンもそうだが大抵の貴族も少なくともこの学園では気さくな者が少なくなかった。
とはいえ当然ではあるが全員が全員、いい人ばかりというわけでもない。
側近であるフランとキャスが学園の付き添い用控室へ向かい、双子だけで何人かの令嬢と登校時に顔を合わせて歩きながら話をしていた時もそうだった。背後から「しょせん何の力もないただの養子のくせにいいご身分だな」と悪意しか感じられない言葉がぼそりと聞こえてきた。
「何か言ったか?」
「ちょっと兄さん。無視しておきなよ」
「できるか。俺はいい。けどお前に対する悪口は許さない」
「俺も気にしないよ」
「な、なんだよ。……っ仲よく双子で守りあいか? お前らもよくこんなのと話ができる。知ってるか? こいつらはディルアン家のような、ベレスフォード大公爵の親戚の子ですらないんだぞ。どこの馬の骨かさえわからないような卑しい者を、よく養子になんかできたものだ。はは。ベレスフォード大公爵家も落ちたものだな」
「……お前らは今、モリスとカルナすらをも冒涜した」
顔だけ振り向いていた流輝が完全にその者たちのほうへ向き直る横で、流輝を止めていたはずの琉生も無言で流輝の前に立ったかと思うと口を開いた。
「言っていいことと悪いことの区別もつかないのかな? 君たちこそどこまで卑しいんでしょうね」
かなり頂点に達していた怒りが一瞬ひっこんで流輝はぽかんと琉生を見た。昔の琉生ならば流輝の後ろに隠れるかすでに泣きべそをかいていたところではないだろうか。だがさらりと嫌味を言ってのけた琉生はむしろ穏やかそうな笑みすら浮かべている。思わず「誰だよお前」と言いそうになった。
いや、いつからか琉生が変わりつつあるなとは思っていたしずいぶん強くなったなとも思っていたが、こんな場でこんな琉生を直接見るのは初めてだったのでさすがに戸惑いもする。
「何だって……! 馬の骨がよくも……!」
「自分の立場をわからないようなら力で言い聞かせるしかないな」
どこの誰かも覚えてない生徒たちがそんなことを言いながらそこにいた五人一斉が手を掲げたり剣を抜き出す。なんて勝手な言い分と態度なんだとむしろ呆れていると、流輝たちといた令嬢たちが悲鳴を上げたり勇敢にも「おやめなさいよ! 理由もない決闘は禁止されているはず!」などと文句を言ったりしている。
「理由? こちとら由緒正しい貴族様だってのに、馬の骨が冒涜してきたんだ。十分あるだろうが」
嫌な笑い方をしながら一人が流輝たちに向かって手を掲げてきた。何やら呪文をそして唱えだす。
「馬鹿野郎! こんなところで火の魔法放つ気かよ……! 俺らに喧嘩しかけんのはいいとして、周りを気にしろよ!」
やる気など一切なかったが仕方ない。舌打ちしながら流輝はその生徒に向かって剣を抜きながら駆け出した。後ろで琉生が誰か近くにいた令嬢にだろうか、「今から危険回避のために手を出しますが、仕方がないとわかってくださいますか?」などと言っている。冷静に手回しかよと内心苦笑しつつ流輝は本気ではない剣の振りをその生徒へ向けて放った。案の定すぐに避けられたが詠唱は止められた。特に貴族の中には多少魔力が強めな者もいると聞いてはいたが、それでもそれなりに長い詠唱は避けられないようだ。もしくはまだ流輝たちと同じような年だからだろうか。少なくとも流輝は詠唱どころか理論すらまだほとんど授業でも習っていない。
琉生には及ばないものの、流輝も剣や格闘術などはキャスたちに習っている。自分は相当の魔力持ちだと知ったものの、琉生が死にかけてからは一切魔術書すら読まなくなっていた。とはいえ簡単な魔法なら教わらなくとも多分使える気はする。
つってもこんなやつら、使うに値しねえしな。
避けられた相手にも、剣のグリップを持ち換えてポンメルの部分で下から顎を突き上げて失神させてやった。背が小さい場合こういった攻撃は決まりやすい。それにより襲ってきた他の相手に関しても剣で傷つける気はなく、みぞおちを突き上げて痛みで転がるしかできなくさせるなりなんなりで倒していく。
「つかルイ! 最終的にこいつら煽っておきながらお前も手伝えよ……!」
「大丈夫。兄さんだけで余裕だよ。さすが俺の兄さん」
憤慨しながらちらりと琉生を見るとニコニコしながらそんなことを言ってくる。
「お前なあ!」
だが少し油断してしまったようだ。転がっていたはずの一人がよろよろと立ち上がり、それこそ我を忘れたかのように流輝を本気で真っ二つに切る勢いで剣を振り上げてきた。
「くそ」
剣で受け止めるのは間に合わない。横に体を倒して避けたとしても次の攻撃を食らうかもしれない。だが頭をかち割られるよりはましかと流輝が体を倒そうとしたその一瞬で、いつの間にか剣を抜いて近くまで来た琉生が剣を振り上げ、渾身の振りのはずのその生徒の剣をいとも容易に跳ね除けた。跳ね除けられた剣は綺麗に空を舞い、そして悶絶している他の生徒の顔間近に落ちて地面に刺さった。
その後やたら黄色い声が聞こえてきた気がするが、面倒はごめんだと双子はそそくさと逃げるようにその場を立ち去った。
だが当然と言えば当然だが、後で職員室に呼び出され叱られた。ただ、あの時一緒にいた令嬢たちがあらかじめ事情を話してくれていたらしく、軽い叱咤で済んでとりあえず流輝はホッとした。




