1話
九年前のクリスマス当日は朝から雪の降る寒い日だった。学校は冬休みに入っていたが塾があったので、二人とも母親の趣味でもある手作りマフラーに顔を埋めながら出かけていた。
その日はクリスマスでありながら二人の誕生日でもあった。前からそれに関して流輝は大いに不満だった。
「何が不満なの。キリストさんと同じ誕生日じゃない。すごいすごい」
「お母さん! 絶対気持ちこもってないだろ!」
流輝が唇を尖らせながら言うも、母親は笑いながら「ちゃんとケーキ多めに用意してるから塾が終わったら約束通り真っすぐ帰ってきなさい」と頭をぽんぽんと撫でてくる。
ちなみにいつもは母親か父親が塾まで迎えに来ていた。特に最近は「ぶっそう」らしいからと必ずどちらかが迎えに来ていた。他の塾生も親に迎えに来てもらっている子は少なくない。だが今日で九歳になるのもあり、流輝は散々言い合った挙句「寄り道せず真っすぐ明るい道通って帰ってくる」という約束をすることで迎えなしという願いを聞いてもらえた。そもそも家から塾はそれほど離れていないし人通りも多い。
「子ども扱いすんな。俺もう今日で九歳なんだぞ」
「あら、ならお母さんは三十四歳なんだけど? しかもあんた子どもなんだから仕方ないでしょ。ほら、ちゃんと琉生の面倒見てあげてね」
「わかってるよ。ルイ、行くぞ」
「うん」
面倒を見てと母親は言ってきたが、別に流輝のほうが年上なのではない。ただおとなしくてすぐ泣く琉生を母親はつい心配してしまうようだし、流輝も双子とはいえ自分のほうが兄なのもあり、そんな琉生を守る役目を担っていることにわりと誇りを抱いている。
藤澤 流輝と琉生は一卵性双生児だ。二人をよく知らない人からすればどちらがどちらか見分けがつかないだろう。だが性格が全然違うのもあり、親しい身内や友だちは二人を間違えることはなかった。
性格が全然違っても二人は仲がよく、いつも一緒にいた。今も塾が終わってから流輝は友だちと少しだけ話はしたものの、おとなしく待っていた琉生と一緒に帰っている。
「中村が言ってたけどさ」
「うん」
「女子のさ、佐藤っているだろ」
「わかんないけど」
「ええ、何で。塾だけじゃなくて学校でも同じクラスなのに? お前もうちょっとみんなとも仲よくすればいいのに」
「してるよ、田島くんとか」
「あーうん。ま、いいや。でさ、その佐藤がルイのこと、好きらしいぞ」
「え? そ、そんなこと言われても……俺こまる」
「何で。佐藤可愛いのに」
「い、いいよ。俺、そういうのこまる」
「ふーん? でもさーお前も俺もおんなじ顔なのに俺じゃなくてお前のが好きってさあ」
「……」
「佐藤って見る目あんな」
「えっ? 何で」
「だってお前、おとなしいけどやさしいし」
「……俺は俺よりリキみたいなのがいい」
そんな話をしていると書店が目についた。真っすぐ帰ると約束していたが、今日は前から二人が楽しみにしていた漫画本の最終巻が発売される日でもあった。二人でコクリと頷き合い、書店に入る。二人で小遣いを出し合って目的の本を買った。
書店を出ると流輝はさっそく本を開こうとする。
「ここで読むの?」
「だってこれで勇者が勝つのかってことと、お姫様とどうなるかってのと、元の世界に帰れんのかってわかるんだぞ。ずっと気になってたのにがまんできないだろ」
だがその時、母親に持たされていた携帯電話にメッセージが届く音がした。子ども用携帯電話なのでかなり利用制限はあるものの、塾へ行くときなどに必ず持たされる。
流輝は「あーもう」と唇を尖らせながら鞄から取り出し、『いま帰ってるとちゅう』と返信してそのまま携帯電話を鞄ではなく服のポケットにしまった。
「お母さんから?」
「そう。仕方ない、帰るか」
「うん。でもお腹空いたね」
「そっか。じゃあさ、もうちょい行ったらコンビニあるだろ。そこで肉まん買お?」
「でも早く帰らないとだよ」
「そうだけどルイ、腹減ったんだろ?」
「うん」
「だからちょっとだけ。一個買って半分こして、それ食べながら帰ったら多分時間かからないよ」
「そうだね、そうしたい!」
二人は顔を合わせて微笑んだ。
後でふと考えたりはした。
俺たちはお母さんの言う通りに寄り道せず、真っすぐ帰ってたら運命は変わってたのかな。
そのまま真っすぐ帰っていたら、美味しい夕食の後にケーキを食べて、そしてきっと準備してくれていたクリスマス兼誕生日プレゼントをもらって、二人でお互いのプレゼントを自慢したり交換したりして満足し、いつものように眠っていたのだろうか。翌日目を覚ましたら母親がいつものように「早くしなさい」などと言いながら朝食の準備をしていただろうか。
今となっては考えてもわからない。だがふと考えてしまう。
コンビニエンスストアに入ったところで、後ろから強引に入ってきた男と流輝はぶつかった。わりと強くぶつかったため、肩に下げていた鞄を落としてしまう。流輝はムッとしながら男を睨もうとした。目の端では、琉生が落とした鞄を拾おうとしてくれたのだろうか、前のめりになって屈もうとしているように見えた。