16話
どうしたのだろうと、キャスがフランとともに部屋を出た後で流輝は扉に近づいてそっと開け、廊下の様子を窺った。するとキャスはフランに流輝のことで注意を受けている様子だった。
「ま、待って。待ってフラン! キャスのこと叱らないで」
どちらが立場的に上だとか同じだとか、騎士のことはわからないが少なくとも流輝の目からはキャスがフランに叱られているように見えた。流輝も元の世界でたまに親や先生から叱られたが、やっぱり気持ちのいいものではない。自分が悪いとしても落ち込むし、多分大人からすれば流輝も悪いのだろうがたまに自分は悪くないとしか思えない時でも叱られることがあって、その時は理不尽さに悲しくなった。
「え?」
フランとキャスが少しぽかんとしたように見てきたが、流輝はそのままキャスをかばうように立ちはだかった。
「キャスにえっと、ふ、不手際? なとこなんてなかったよ。最初から俺を止めてたし。なのに俺が勝手に抜け出したんだ。おまけにそんな俺を探しに来てくれた上に助けてくれた。キャスは全然悪くないんだよ!」
キャスはそれを聞いて一瞬目を見開いた後、すぐに閉じてきた。そして少し屈むようにして流輝を見てきた。
「それでもあなたを危険な目に遭わせてしまいました。俺はあなたを守らなければならないというのに、俺の油断で怪我までさせてしまった。フランに言われるまでもなく反省すべきことです」
言い終えると頭を下げてきた。やはりいつものキャスと違う気がするが、とりあえず流輝はフランを見た。
「そ、それでも……」
「リキ様。護衛騎士は主人を守ることが仕事です。理由や事情はどうあれ、キャスはそれを全うできなかった。それを咎めないわけにはいきません。ですが、キャスがあなたを守ろうとしたことを無視しているわけでもありません。ご理解ください」
フランは淡々と言うと、キャスに向き直った。
「では変わらずリキ様についていてくれ。ルイ様が眠っておられるのに部屋に何人もいるのも申し訳ないし、俺は出ている。目を覚まされたら声をかけてくれないか」
「わかった」
叱られていたはずのキャスは悲しそうでもなく、むしろいつもと変わらない様子でフランに頷いている。というか後でキャスはフランに「俺が叱られてるとか。何だよそれ、リキ様やっぱ子どもだな、かわいすぎだろ」と笑っていたらしい。フランも「お前、リキ様が子どもだから護衛任務納得いかないとか言ってたくせに、子どもな部分がむしろ好ましくなったのか」などと言い返しつつも無表情な顔ながらに口元をほんのり緩めていたことなど、流輝には知る由もない。
叱られて落ち込んでないのかなと怪訝に思いつつも流輝が部屋へ戻ると、琉生はまだ眠っていた。それを見守っていると「リキ様」とキャスに呼びかけられた。
「なに?」
振り向くとキャスは片膝をついて目線を完全に低くして流輝を見上げている。
「な、なにしてんの」
「一つだけ言わせてください」
「なに、を?」
「決して俺の身が危険に見えても、リキ様は決して、絶対、俺を助けようなどとなさらないでください。あなたはご自分の身の安全だけを考えてください」
「そんなことできないよ……」
「いいえ。なさってください。俺はあなたを守る騎士です。もし万が一あのような場面でリキ様が命に関わる怪我をなさったりしたら、騎士である俺にとっては死ぬのと同じくらい不名誉なことです」
「そ、そんなに?」
「はい。それに俺は本当に強いですよ。主であるリキ様の安全が確認できない状態で倒れるようなことは決していたしません。信じてください」
今、キャスは流輝に対して「主」と言った。今までも敬語は使われていたし守られてはいたが、キャスが流輝を主扱いをしてくることはなかった。
や、やっぱり今日のキャスはどこか変だ……。
戸惑っているとキャスが自分の剣を抜いてきた。キャスが流輝に対して剣を抜いてくるなども今まで一度もなかったためさらに戸惑いつつ、流輝はキャスの剣を見た。盗賊の血を浴びたはずの剣は相変わらず寒々しいほど切っ先まで鋭い光を帯びている。それをキャスは流輝に対し掲げてきた。
「な、なに」
先ほどから流輝は「なに」ばかり言っている気がするし、気のせいではない気がする。
「俺の剣を一旦お受け取りください。そして俺の肩に剣の刃を置いて宣言と誓いを述べ、俺へその剣を向けてください」
「何の誓い……つか、何のために……っ?」
さっぱりわからないという顔をしていると、キャスが笑みを向けてきた。
「騎士としての誓いの儀式です。俺は別途王から受けておりますが、今ではあなたの騎士だ。なのでこのような場であり形だけではありますが、あなたによって改めて任命を受けたい」
「でも、でも俺、全然わからねえよ? その宣言とかも」
「では俺が述べる言葉を繰り返してください」
それって意味あんの?
思わず口からそう出かかったが、キャスはいたって真面目な顔をしている。普段見ているとぞんざいで適当な感じさえするキャスだけにむしろ流輝は真摯に受け止めた。流輝にはわからないが、騎士としてちゃんとしたい何かでもあるのだろう。
「汝、謙虚であり、誠実であり、裏切ることなく欺くことなく、己の品位を高め、礼儀を守り、弱き者には常に優しく強き者には常に勇ましく、堂々と振る舞い、民を、そして主を守る盾となり、主の敵を討つ矛となれ」
途中何を言っているのかわからないまま、流輝はがんばってキャスの言葉を復唱した。
「騎士である身を忘れず我に尽くせ」
そして言われていた通り、キャスの肩に置いていた剣を今度はキャスに向ける。するとキャスはその刃に口づけをした。おもわずドキリとして流輝はその優雅な動作に見入ってしまった。
どうやらそれでキャスは流輝に対して正式に騎士の誓いをたてたようだ。




