9話
言葉もずいぶん覚えた。周りが何を言っているのかわかるようになると世界が広がる。日々の過ごし方も変わる。
だがそれでもここにいることは仮の状態だとずっと思ってきた。まだちゃんと何故ここに呼ばれたのかも聞かされていないが、とりあえずいつかは帰られるものだと思っていた。
半年が過ぎ、この世界にも四季があることを知り、そろそろ涼しいどころか寒くなっていくのだろうかと思っていたある日、双子は別の部屋の掃除をしながら話していた女性たちの会話により、自分たちがおそらく二度と帰られないと知った。
いつかは帰られると思っていたからこそ、ここでおとなしくその時を待っていた。いつかは帰られると思っていたからこそ、親しくなっていった人たちとも楽しく過ごせていた。
二度と帰られないということは、二度と両親に会えないということだ。二度と友だちにも会えないということだ。落ち込むなんてものではなかった。絶望に近い。
双子はそのまま自室として与えられている部屋に引きこもった。この世界の誰とも会いたくなかった。誰も部屋に入れなかった。護衛騎士のキャスとフランでさえ、中に入ることはできなかった。
王であるノアは引きこもる双子を知り、ますます心を痛めた。改めて、まだ親の保護下にいる子どもを自分たちの勝手で召喚し、親から引き離してしまったことに深く責任を感じる。言葉を覚え娘のローザリアとも楽しく過ごしていると聞いて、どこか胸をなでおろしていたところはあったのかもしれない。自分が情けなかった。
もちろん二人の帰る方法は今も探させている。だが召喚についての文献はあるものの、帰還する方法についてはやはりどこにも全く書かれていなかった。
言葉がずいぶんわかるようになった双子に「何故召喚したのか」や「今のところ帰る方法が見つかっていない」といった話をしていなかったのは、せめて二人がもう少しここに慣れてから、もう少し成長してからと思っていたからだが、もはやそれどころではなかった。双子はずっと部屋に引きこもっていた。食事にも出てこないため、部屋の前まで運ばせているようだ。それすら手をつけないとなると相当危険な状態だと判断するしかなかったが、幸い双子はそこまで自暴自棄になっているわけではないようで、一応食事はしているらしい。ただ、ずいぶん食べる量は減ったとノアは報告を受けた。
考えた挙げ句、今までは何となく賓客扱いとして王宮で部屋を用意させていたが、むしろノアは自分の弟であるベレスフォード大公爵モリス・ターナーとその妻、カルナに双子の親代わりになってもらうよう頼むことにした。双子の本当の親をないがしろにしたいわけではなく、ここにいる間もやはり親はいたほうがいいという考えの元、ターナー夫妻を呼んだ。
モリスとカルナは相当嬉しそうな様子で引き受けてくれた。
カルナは以前、モリスの子を妊娠していたものの、待望の第一子は死産だった。その際に体を壊してしまい、二人目は難しいと言われ相当悲しんでいたのをノアも知っている。最近、子どもが難しいなら分家から養子をとらないかという話も出ていたようだ。そんな折の双子の話だった。二人が言うには、死産した子が生きていればちょうど双子くらいの年齢になっていたのもあり、双子のことはとても気にしており、実は自ら引き取りたいと言おうかどうか迷っていたらしい。
ノアの弟であるモリスは補佐官として王宮に務めている。双子の様子も確認しやすいだろう。それにモリスは真面目で穏やかな性格であり、カルナも優しく愛情深い。大公爵という身分もさながら、人の親としては申し分ないだろう。
引き取られることとなった双子はおとなしく移動の準備をしたらしい。ノア自身あまりうろうろしてはいけないとわかりつつ、双子の様子をとうとう直接窺いに行った。
「そなたたちには本当に申し訳ないことをしたと思っている」
「……」
「戻る方法については今も全力で調べさせている。決して望みはないと絶望的にならないでもらえないだろうか」
「……はい」
二人が言葉を発することはほとんどなかった。ローザリアから聞いていた明るく元気な様子はどこにもなかった。ノアにできることは、引き続き双子が戻る方法を何としてでも探し出すこと、そしてその上で「光の救世主」である二人を危険から守ることしかなかった。
流輝と琉生にとっては、戻れないのなら王宮だろうが誰かの屋敷だろうがどこでも同じだった。初めて乗った馬車にもテンションは上がらず、ただ言われるがまま大きな屋敷の用意された部屋に、今もほとんどない荷物を自分たちで運ぼうとした。周りが慌てたように運ぶと言ってきて、王宮にいる間に用意された服などは運んでもらったものの、ここへ来た時に着ていた服やマフラーだけは自分たちで運んだ。しかし特にマフラーは見ているのもつらかった。運んだものの、目に触れないように服やマフラー、そして流輝の携帯電話をクローゼットの奥へしまい込んだ。
その様子を見ていた使用人たちは双子の悲しみが伝わってきたのか皆どこか痛むような顔をしていた。
大公爵家へ移ってきた日の夜、流輝はまた夢を見た。いつも見る誰かの姿だ。その者は別の相手に、必死になって「人となって生きたい」と願っていたが、相手からは「勧められない」と首を横に振られていた。




