ルート:シルヴェスター
あなたは団長であるシルヴェスターの話の方が重要度が高いと考え、ジョッシュには断りを入れた。
シルヴェスターと約束した仕事終わり。その頃にはもう、星が瞬く時間になっていた。
いつもはもっと遅くまで仕事をしている時もあるシルヴェスターなので、これでも早く切り上げたようだ。
少し疲れたようにして立ち上がったシルヴェスターは、「ついてきて欲しい」とあなたに告げた。
本陣を出て行くシルヴェスターの後ろを、あなたはちょこちょことついて歩く。
外に出ると、何も遮るもののない満天の星が煌めいていた。綺麗な星空だというのに、あなたは何故か寂寥を感じ、悲しい吐息が漏れる。
そうしてついた先は、竜のねぐらと呼ばれる場所。
あなたの身長よりも大きな顔の竜が、スノウホワイトをはじめ、何匹かと一緒に眠っている。
他の竜はその寝息だけで吹っ飛ばされそうになるというのに、スノウホワイトの前に立ってもほとんど風は来ない。
「竜は、新月に旅立つという。スノウはもう、今宵の新月を越せぬだろう」
そう言って、シルヴェスターはスノウホワイトの大きなまぶたを撫でた。
あなたもそっと近寄り、同じようにさすってあげる。
すると、スノウホワイトはうっすらと目を開け……そして、また何も言わずに閉じてしまった。
それまで口から出入りしていた微かな風は、もう感じない。
スノウホワイトの命の灯火は、本当に静かに静かに消えていた。
「スノウ……長い時を我々と共に過ごしてくれて、ありがとう……」
シルヴェスターの瞳は、感謝と悲しみに溢れていて。
あなたの胸はギュッとなる。
無言でそうしていたシルヴェスターだったが、しばらくして申し訳なさそうにあなたを見た。
「こんな時にすまないが……誰と結婚をするか、決めてくれたかね」
まさか、今そんな話題になるとは思っていなかったあなたは、どう答えようかと迷った。
実はこの数週間で、シルヴェスターの人となりを知り、あなたは急速にシルヴェスターに惹かれていた。
優しくておおらかで、少し少年のようなところもあって可愛い。
たくさんの部下達に慕われて人望も厚く、この空よりも広い心を持っている。
責任感があり、指示は的確で分かりやすく、市井の人たちには気安くほがらか。
そんなシルヴェスターにあなたが惹かれないわけはなかった。
だから、この世界で生きていくなら、シルヴェスターと結婚したいと考えては、いた。
「私は……」
「正直に言ってもらって構わないのだよ。あなたを愛してはいるが、私はもう年でもあるしな」
「シルヴェスターさん……」
どこか少し諦めたような彼の表情が、あなたの胸に突き刺さる。
「それと、急で申し訳ないのだが……誰と結婚するかを決めたら、その相手と数日中に契ってもらいたいのだ」
「え?」
思いもよらぬ発言に、あなたは目を丸めた。
契る……つまり、男女の関係になれという事だ。
「ど、どうしてそんな急に……?」
「スノウのこの遺体を、処理しなければならんのだよ。そのためには……巫女姫の魔法が必要となる」
巫女姫の魔法は、この世界に来た時に会話を交わした最初の四人の男のうちの、誰かひとりと契れば使えるようになると最初に聞いていた。
魔法が必要なのは、バキアを手懐けるためと聞いていたが、それだけではなかったようだ。
「このままでは、スノウホワイトの体は腐敗する。解体して運ぶのも、竜の鱗は硬く、この巨体では何週間かかるか分からない。巫女姫の魔法なら、綺麗に肉だけを溶かし、鱗や爪などの素材だけを残す事が可能なのだ」
「……つまり、スノウホワイトの遺体の処分のために……私に契れ、と?」
「すまない」
スッと綺麗に頭を下げるシルヴェスター。
しかし、このままスノウホワイトを放っておくわけにはいかないのだろう。ガスが溜まって爆発でもしたら大変だ。
「分かりました」
あなたの言葉に、シルヴェスターは顔を上げる。
「……巫女姫……すまない、ありがとう。では、相手は誰にする? 誰が相手でも、私が上手く話をつけてあげよう」
悲しく笑うシルヴェスターの顔を見て、あなたは。
「シルヴェスターさんが、良いです」
まっすぐ、言い放った。
「……私で、いいのか?」
彼の驚く顔に、こくん、と頷いてみせる。
「本当かね……私は、あなたよりも十五も年上だぞ。他の若い者の方が……」
「シルヴェスターさん、私を愛していると言った言葉は嘘ですか? 私が他の人に抱かれても良いんですか?」
「そんなわけはない!」
シルヴェスターの普段はしない荒げた声に、あなたは逆に安堵を覚える。
「私は、シルヴェスターさんが良いんです。結婚するならシルヴェスターさん以外にいないって思っていました。だから……」
あなたは一度言葉を切ってから。
「抱かれるのが、嬉しいです」
「……巫女姫……っ」
シルヴェスターがゆっくりとあなたに近づき、優しく包んでくれる。
「ありがとう……私と、結婚して欲しい」
「はい、喜んで」
あなたは、嬉しそうに目を細めるシルヴェスターにキスをされ。
そしてその夜、結ばれた。
***
「大丈夫、かな……」
巫女姫であるあなたは、夫の帰りを待っている。
今日、シルヴェスターは五回目のバキアの〝手懐け〟に向かったのだ。
指先を少し切って出したあなたの血を、竜に飲ませるために。
野良バキアは、獰猛な竜である。その竜を相手に、竜騎士達は命がけで巫女姫の血を飲ませ、逃げ帰ってくる。それを十二回、一ヶ月ごとに繰り返すのだそうだ。
巫女姫の血を小瓶に入れて、それを口に投げ入れる。
失敗したときのために、いくつも小瓶を用意して、あなたの血を一滴ずつ入れた。
初回は死者がたくさん出て、シルヴェスターも怪我をして帰ってきた。
もう行かないでと泣き叫ぶあなたに、すまないと言って抱きしめられるだけだった。
二ヶ月目と三ヶ月目も、同じだった。
どんどん減っていく村の竜騎士達。
わざわざ野良バキアを手懐けずとも、繁殖させて子供のうちから面倒を見てはどうかとあなたは提案した。しかし、竜はこの場所では卵を産まず、どこか別の地で産み落としてくるだけなので把握できないという事だった。
四ヶ月目は死者も出ず、シルヴェスターも無事だったが負傷者はたくさんいた。
巫女姫に治癒能力はなく、ただ皆が戻ってくるのを、待つだけだった。
五ヶ月目である今日はどうだろうか。五回目ともなれば慣れてきたかもしれないが、無事である保証などどこにもない。誰も死傷者が出ないことを祈りながら、あなたはシルヴェスターの帰りを待った。
祈りを捧げながらずっと空を見上げていると、エメラルドグリーンのバキアが飛んでくるのが見える。
一匹の竜に、三十人の竜騎士が乗っているはずだ。
あなたは一人も欠けていない事を願いながら外に飛び出し、四匹のバキアを迎える。エメラルドグリーンがドオオンと音を立てて着地すると、あなたは一も二もなく駆け寄った。
「シルヴェスターさん!!」
あなたは夫の名を探して叫ぶ。
すると、シルヴェスターがにっこり笑って降りてきた。
「ただいま、私の巫女姫」
「怪我は……?!」
「見ての通り、どこもなんともないよ。今日は負傷者もほとんどいない」
「よか……よかった……っ」
地を蹴って、飛びつくようにシルヴェスターに抱きつくあなた。その頭を、夫は優しく撫でてくれた。
「あなたの血のおかげだよ。かなり、大人しくなってきている。油断さえしなければ、このまま順調に手懐けの儀式を終えられそうだ」
そんな言葉を聞いても、やはりあなたは不安で。
ぎゅうっとシルヴェスターの体にしがみ付いていた。
その後はシルヴェスターの言う通り、順調に回数を重ねられたようだ。
十一回目の時には、自分から口を開いて、姫巫女の血をせがむまでになっていたらしい。
みんなは拍子抜けして帰ってきて笑っていた。
「十二回目は、あなたにも行って貰わなければならない」
あなたがこの地に来て一年が過ぎていた。
とうとう、〝巫女姫〟としての最後の仕事がやってきたのだ。
十二ヶ月目のその日、あなたは初めて皆が手懐けようとしていたバキアと対面した。
真っ白い竜だった。スノウホワイトよりも、さらに明るい。
白いバキアはあなたを見て、大きく口を開けた。
その中に、あなたは事前に採取していた己の血の入った小瓶を投げ入れる。
バキアはバリンとそれを砕き、ごくんと嚥下した。
その瞬間、バキアとあなたが共鳴するようにお互いの体が光り始める。
「巫女姫よ、魔法力を込めて命名の儀を」
名前は、最後に竜の鱗と同じ色をつければ、何を付けても良いと言われていた。
あなたはその白いバキアを見て、ある花の名前が頭に浮かぶ。
「白のバキア……あなたの名前は、〝エーデルワイスホワイト〟」
魔力を込めると、エーデルワイスホワイトがあなたに寄り添ってきて。あなたはそっとその大きな顔を抱き締める。
周りで見ていた竜騎士たちがワッと声を出して、かちどきを上げた。
新しいバキアが、竜の巣村の一員となった瞬間だった。
あなたは、見事に巫女姫としての役割を果たした。
「ありがとう……本当によくやってくれた」
後ろに控えてくれていたシルヴェスターが、そっと手を回して抱きしめてくれる。
「私は、何にもやってない。この一年間、シルヴェスターさんやみんなが頑張ったから……だから……」
くるりと振り返り、あなたも夫を抱き締める。
「シルヴェスターさんが無事で良かった……っ」
そうやって抱き合っていると、竜騎士たちの歓喜が、はやし立てる声に変わっていた。
見上げると、シルヴェスターは照れ臭そうに困ったように、でも嬉しそうに笑っている。
「ねぇ、シルヴェスターさん」
「なんだい?」
「巫女姫の仕事が終わったら、私は用済みですか?」
あなたは心に抱えていた不安を口にすると、シルヴェスターはとても真面目な顔をして。
「私の愛を一生かけて受け続けるという、大事な任務が残っているよ」
そう言って目を細めると、あなたに口づけを落としたのだった。
どうぞ末長くお幸せに♡
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『40歳なのに召喚されて巫女姫になりました 〜夫を一人選べと言われたあなたの物語〜』
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