人は『勝負』を避けて通れない
「そのような者とお話になるのはおやめください!鈴木様、この者はギャンブルなどなさいません。そもそもこの者にはもう賭けるものが全く無いのです。命すらももう賭けて失った者なのです。この男はもはや生きてはいない。ただ、死んでいないだけでございます」
五十嵐は懸命に客を帰そうとする。しかし、鈴木と呼ばれたこのじじい。もはや帰る気は全く無いようだ。
「構わんよ。堀川君の負債はいくらだね?彼の命、この鈴木が買おうじゃないか」
鈴木は俺を無視してとんでもないことを言い出した。
「ちょっと待て!爺さん、俺はそいつに用があるんだ。後から来て勝手なことしないでもらおうか」
直貴は鈴木に向かって言った。
「おぉ、君か。確か優勝者の川畑直貴君だったな。おめでとう。まさか一人も殺さずに優勝するとはのう。わしも長いことこのゲームを見てきたが一人も殺さずに優勝したのは君が初めてじゃないかのう」
鈴木は直貴を見るとそんなことを話し始めた。
「・・・悪いが今取り込み中なんだよ。あんたと世間話してる暇はねぇんだ。ちょっとあっちいっててくれねぇかな」
「なんじゃ?優勝したというのにまだ何か欲しいのか?分かった分かった。お主にも何かやろう。金か?女か? じゃから堀川君はわしに譲ってくれ」
鈴木はそういうと、こちらの返事も聞かずに堀川に話し始めた。俺がこの話を断るわけ無いと決め付けているようだ。
「堀川君よ。君はゲーム中も含め今までずっと逃げてきた。勝負というものからずっと逃げて隠れて、気付けばこんなところまで来てしもうた。しかしのぅ、それじゃいかんのじゃ。男っちゅうもんはのぉ。生きていれば必ず、避けては通れない人生を賭けた勝負っちゅうもんにぶつかっちまうんじゃ。いつかは必ずの。その人生で一番の大勝負、男の命を賭けた大勝負っちゅうもんにぶつかった時、その時だけは逃げちゃいけんのじゃよ。堀川君よ。君にとっての人生の大勝負は今この時じゃ。わしに勝って、もう一度人生をやり直したらええ。男には、逃げちゃいけねぇ時がある。そうじゃろ?」
鈴木は偉そうに語りだした。
「よせ!堀川!受けるんじゃねぇ!どうせそいつも嘘つきだ!」
俺は堀川に大声で言った。
「そんなことは無いぞ。わしと堀川君が今からやるのは正真正銘、真剣勝負のコイントスじゃ。そこにおるペテン師どものやっておるやつとは違う。その川畑君の一〇〇円玉にきっちり表裏をマジックで書いておこう。そして、どちらに賭けたのかも紙に記しておく。そして、コインを投げるのは川畑君にやってもらう。これでどうじゃ?わしは君と真剣勝負をしたいだけなんじゃ。そして、勝って気分良く帰りたいだけなんじゃ。わしがイカサマなんぞしてもなんの得も無かろう」
『気分良く帰る』
ただそれだけのために三〇〇〇万も出すって言うのかこのじじいは?
直貴には何か裏があるような気がしてならなかったが・・・。
「堀川君よ!自分を救えるのは自分だけじゃ。もう逃げるな。自分の命なんじゃ、自分自身で取りに行かんでどうする」
数分後、鈴木の問いかけに堀川は応じることとなった。