ギャンブルに保険は効かない。
「お前が持っている三〇〇〇万、今すぐここへ出せ。」
直貴は静かに言った。
「金を渡せって言うの?冗談じゃないわ。そしたら今度はあなたの命が確保される。あなただって自分の命が確保されたらあたしへのサポートが疎かになるかもしれない。あたしの勝ち負けはあなたの命には関係なくなるんだから」
綾は言い返してきた。
「まぁ待て、俺の条件は金をよこせって話じゃない」
「じゃぁ何よ?」
「俺の見ている前で金を破って捨てろ。三〇〇〇万全部だ。そうすればどちらの命も確定しない状態に戻る。作戦成功したら六億入るんだろ?三〇〇〇万なんて小銭は捨てちまってもいいはずだ。俺に命を張れと言ったな。張れよ。お前も」
直貴は綾を真っ直ぐ見て言った。
「な、何馬鹿なこと言って・・・」
「馬鹿じゃない!真剣さ」
直貴は綾の反論を遮って言った。
「今から行う六億総取りの作戦に自信があるならできるはずだ。それとも、その三〇〇〇万て保険が無いと心配で作戦が実行できないのか?一度確保した命、それをわざわざどぶに捨ててまで六億を取りにいく。その覚悟、その自信が無いんなら、俺はこの作戦、降りる。そうなったら、おそらくあんたや及川に殺されるだろう。しかし、あんたの計画も破綻だ。二人いなければ遂行できない作戦、俺以外の手駒を用意する余裕はもう無いだろう」
「・・・・・・」
綾は何も答えない。
「それに、三〇〇〇万の保険が無くなっちまったら、ある程度俺のことを信頼しなければならなくなる。いや、俺のことを信頼しなければ三〇〇〇万を捨てることはできない。お前が俺を信頼したのなら、俺もお前を信頼できる。これが俺の考えた最善手、条件が飲めない場合は・・・」
「わかったわよ!」
今度は綾が直貴の台詞を遮った。
「あなたに命を張れって言ったのは確かにあたし、いいわよ。保険なんて無くてもあたしの作戦は絶対なんだから!そのかわり、少しでもヘマしたら本当にあんたを切るわよ!」
「よし、商談成立だ。あんたの命は俺が守る」
直貴は真剣な顔に少しだけ笑みを浮かべてそう返してみた。
「馬鹿ね!あんたの命をあたしが救うのよ!」
綾の怒った顔も少しだけ緩んだ気がした。いや、気のせいかもしれない。俺は確保している命を捨てろと言ったんだ。それはつまり死ねと言ったことと同じなのだから。
そして、直貴は思った。
一度手にした命をこんなにもあっさりと捨てるこの女、作戦に自信があるとはいえ、いったいなぜこんなことができる?直貴は三〇〇〇万を捨てさせるのにはもっと時間がかかると思っていた。
どうしても六億を手にしなければならない理由でもあるのだろうか?