綾 : 特別な理由が無い小さな変動。 の意
廊下じゅうに響き渡った破裂音は直貴の耳から聴覚を奪った。音の無い世界、目の前には佐藤、佐藤が白目をむいてゆっくりと倒れていく。
直貴の耳にはゆっくりと聴覚が戻ってくる。もどって来た聴覚が背後からの音声を捕らえた。
「まぁまぁ、ここまでできれば上出来ね」
振り向くと、煙の上がった銃を握ったあの女がいた。響き渡った銃声は佐藤が放った物ではなく、女の放った物だった。その弾丸は正確に佐藤の眉間へ飛び込んでいた。
直貴は・・・動けなかった。
・・・・・・
パソコンの部屋に戻った直貴は、怪我の治療と食料を与えられた。
直貴は黙って与えられたパンを食べ終えると、しゃべりだした。
「なぁ、あんた本当に何者なんだ?」
ハッキングの知識、軽い身のこなし、正確な射撃技術、全てが常人のそれを超えている。
そして、それ以上に躊躇い無く人を殺すことのできるその神経、それが常人を遥かに逸している。俺は、あの時、佐藤を殺すことを躊躇ってしまった。少なくとも、人を殺すということはそんなに簡単なことじゃないということはわかった。それを平然とやってのけ、顔色一つ変えない。明らかに過去に殺人の経験があるとしか思えない。
「あたし?あたしの名は 綾 あなたと同じただの負債者よ」
「隠しても無駄だ!さっきの射撃技術一つ見てみるだけでもわかる。弾は佐藤の眉間を正確に射抜いた。しかも佐藤とお前の間には俺がいたんだ。一歩間違えたら弾は俺に当たっちまう。そんな状況であそこまで正確な射撃ができる人間が只者であるはずが無い」
直貴は静かに言った。
「そんなの、眉間に当たったのは偶然よ。それに、あなたに当たってもいいと思ったから撃ったのよ。別に、あなたに当たらないようにとかそう言ったプレッシャーを感じる必要はあたしには全然無いでしょ?」
綾は笑顔でそう返してきた。
こんな笑顔ができる子が、さっき人を殺したのか・・・。
綾 ギャンブルの世界では時折使われる言葉、ヨミや計算ではどうしようもないその先にある運頼みの領域、神のいたずらのような出来事。偶奇の世界。それを『勝負の綾』直貴はそう呼んでいた。そして、直貴はその言葉が好きだった。
「さて、食べ終わったなら、次はいよいよ及川潤が相手よ。あなたを使える人間と認め、今からその作戦をあなたに話す。」
全ての情報を持っている者どうしの戦い。いったいどんな作戦があるって言うんだ?直貴には残念ながらいい案は浮かばなかった。




