運が良かったのは即殺されなかったこと。優勢であることと勝利とは明確に違う。
「ま、待て、撃つな・・・。いいか、俺の話を聴け」
俺は血だらけの左手を抑えながら言った。
「クックック・・・ それは俺達が初めて会った時、俺の言った台詞だな。形勢逆転、まさに形勢逆転だなぁ?」
遠藤は優越感たっぷりの口ぶりでそう言った。
優越感。そう、これが大事、運が良かったのは遠藤が勝負事に優勢に立ったとき劣勢な者に対して優越感を持ち、それをとても愉悦に感じるタイプの人間だったこと。本来なら俺を即殺すべきだ。ここでもたもたしていたら俺が何かを考えついてまた逆転、なんてこともあるかもしれない。優勢であるうちに殺しておくべきなんだ。しかし奴は、この状況を楽しんでいる。上から見下ろすことが奴の精神に限りなく愉悦。だから、奴は俺をすぐに殺さなかった。それどころかあれこれと自分の作戦をしゃべり散らす、饒舌。遠藤がそう言ったタイプの人間であったことが俺にとっての唯一の幸運。いや、決定的な強運だ。
「俺がここに隠したのは残念だが金じゃねぇ、これだ」
俺はポケットから取り出した鍵を見せた。
「金はこの鍵で開くある部屋のロッカーに隠した。お前はまだ金に辿り着いちゃいない」
俺は今思い付いた精一杯の嘘をついた。これは俺の家の鍵だ。
「なんだと?苦し紛れの嘘つきやがって、さっさと金を出せ!撃ち殺すぞ!!!」
遠藤は銃を突きつけて怒鳴った。
「待て、待て待て、俺を殺したらもう金のありかはわからなくなる。お互い損じゃないか!」
これも初めて会った時の奴の台詞だ。だが、形勢逆転が起きたわけじゃない。この状況でまだ、優劣は五分五分。
「その引出しをもう一度開けろ!全開にだ。そこに金があるんだろ。つまんねぇ嘘つきやがって・・・」
遠藤の声はもはや、さっきの優越感に満ちたものとは異なっていた。奴はもう俺を殺せない。俺の嘘を聞いてしまったからだ。奴だって馬鹿じゃない、だから俺の言ったことが嘘であることはおそらく八、九割見抜いているだろう。しかし、一割の迷いが生まれてしまった。もし、引出しの中に金が無かったら・・・。そう思うと俺を殺せない。もし俺の言っていることが本当だったら金のありかを知っているのは俺だけだから。遠藤は俺が寝ていた時、殺そうと思えば簡単に殺せたはずだ。それをしないでまで金を得ようとしたってことは、どうしても金が欲しいはず、きっと借金が一〇〇〇万といったのは嘘、おそらく三〇〇〇万かそれ以上あるはずだ。だから、金を無事手にするまでは俺を殺せない。
「自分で開けるんだな」
俺は遠藤をにらみ付けると部屋の出口へ向ってじりじりと動いた。奴が自分で引出しを開ければそこには俺が隠した金がある。その瞬間、俺の嘘はばれる。その時は奴ももう確実に殺しに来るだろう。だが、引出しを開ける瞬間の隙をついて俺はこの部屋から逃げ出してみせる。
「動くんじゃねぇ。それ以上ドアに近づくな!!!もう一発ぶち込むぞ!!!」
遠藤は大声を出し、俺をにらみつけながらオフィスデスクへ近づく。
大丈夫、奴は撃てない・・・はずだ。