アルフォンス視点:恋のハジマリ
ものすごく長いこと更新しておりませんでした。
先日別のシリーズが完結し、また続きを発掘したため、これからまた少しずつ書いていこうと想っています。
私には幼馴染と呼べる人が2人いる。
1人は将来の側近、ジェノヴィア公爵家の次男ライモンド。感情的に動いてしまいがちの私を止める役をする、状況を冷静に見極めることに長けた男だ。
そしてもう1人はそのライモンドの婚約者、アガタ・ディ・パレルモ。私とライとアガタの中で誰よりも行動力があり、時折突飛なことを考えついては実行したりする目の離せない同い年の幼馴染。勇敢かつ剣の腕も魔法の腕も国トップレベルであろうアガタはライモンドの婚約者であり…女性であった。
初めて『アーグ』としてあった時から、屈託無く接してくれるその姿勢に惹かれていたように思う。身分を隠していたとはいえ時折滲み出てしまっていただろう王族らしい振る舞いを見て見ぬ振りをし、素性を探ってくることなく、また媚びることもなく。ただの同い年の友達として振舞ってくれたアガタには感謝している。
元第一騎士団長であったオッドーネの剣の指導が始まった頃から同じように始まった、貴族の令嬢との顔合わせ。主にお茶会の体裁をもって行われていたそれは酷く精神的に疲れるものだった。身分しか見ずに取り入ろうとしてくる大人、私に取り入れと囁かれたままに姦しく擦り寄ってくる少女たち。王子という振る舞いのみが求められ、あまりにも私という個人が無視されるその場はひどく息が詰まった。
そんな毎日に疲弊していた私にとって唯一の救いが剣術の稽古の時間、その休憩中での会話だった。
兜を被り素顔を晒さない『少年』は、けれど心や感情、思考といった内面を恐ろしく素直に晒していた。お世辞や大人の思惑、駆け引きなんかを必要とせず、逆に私が話したそれらに対して率直な感想を言ったり、その駆け引きの裏を考察したり、あまりの必死さに思わず笑ったり。どこか貴族の世界からは浮いているような『彼』と過ごす時間はただただ貴重だった。
思えばすでにその時から惹かれていたのかもしれない。
兜の下の素顔を、素性を初めて知ったあの日、『アーグ』であったその人に一瞬にして心を奪われた。
おそらく隣にいたライも同じだったのだろう。あの姿形を変えるというペンダントを外した時に息を飲み、そして私と同じように彼女に釘付けになっていたのを知っている。
そしてそのすぐあとに奏上されたジェノヴェア家からの婚約願い。あまりの迅速な婚約にライの本気度具合を思い知らされたのだった。
本当は私もアガタへ婚約伺いを出したかった。
けれど、この国のしきたりで王族は公式の場で会ったことのない令嬢とは婚約できないという制約がある。学園の生徒になるまでは王宮を離れることを許されずにいる私は、アガタの屋敷へ赴くことは許されず、そして未だ当主の座を継いでいないアガタは王宮に招待することが許されていなかった。
オッドーネによる非公式な剣術指導の場でしか相見えることのなかった私達は婚約を許される間柄ではなかった。
そうこうしているうちにアガタとライとの婚約は決まってしまい、その婚約祝いの言葉を送った後はひとり密かに落ちこんだのだった。
ライが13歳となり、オッドーネの剣術の稽古がアガタと私の2人だけになってしまってから。どうもあの時のアガタの姿を思い出して上がってしまい、今までのように接することが出来なくなってしまった。
その不甲斐なさを取り繕いながらも続けていたが、だんだんと公務により稽古に出ることが難しくなっていった。
アガタと会える時間が減ってしまった、と婚約者候補の1人であり、また数少ない私の友人とも言えるロニーにこぼしたことがある。すると、
「ならば次に会った時に立派な姿を見せられるようにすれば良いのでは?」
などとアドバイスをくれた。それからは人一倍に公務に勉強にと励んだのはいうまでもない。
ちなみにロニーことヴェロニカとは一切の恋愛感情などはなく、また家同士の思惑もあるわけではなかった。
公爵家という立場上娘を出しただけ、という当主に、王子の婚約者候補となれば悪い虫が寄って来ず、また婚約者が決まれば王子のお相手候補だったと箔がつく、お得づくし!なんて考える令嬢である。初対面の時にそんなことを言われて仕舞えばいかにロニーが美少女だろうとそれまでであった。いっそあっさり話してくれる姿に友人として好感をもち、それ以来、婚約者候補へのご機嫌伺いという名で茶飲み友達同士のお茶会を行なっていた。
そんなある時、剣術稽古のことについても話していた私から、アガタへの恋心をロニーが察してしまった。隠していたつもりだったがそこは公爵家令嬢、観察眼が違う。誤魔化しきれずに追及され、口下手な私は初対面の時からどきっときた瞬間まで、それは事細かに聞かれた。隠そうとするものの時折嵌められたかのように話すように仕向けられ、あまりの話術に畏怖の念すら覚えた。
それからというもののロニーは随分と私の相談に乗ってくれている。そして、どうやら私の初恋の手助けもするつもりのようだ。既に婚約者のいるアガタにどうこうするつもりはなかったのだが、そこは貴族の年頃の娘。学園にいる間くらいは自由に恋しても良いのでは、などと発破をかけられてしまった。現に婚約者を持ちながらも、密かに学生の間のみという期限付きの恋をするのは珍しい話ではないらしい。
挙げ句の果てには時折女性への接し方講座までしてくれるようになった。
婚約者候補から他の女性を口説くための教えを授けてもらっているなんてだれにも言えず。人払いをして行うお茶会のせいで、周囲からはよほど婚約者候補と上手くいっているのかと周囲に勘違いされているのはいうまでもない。都合がいいのでいちいち訂正もしないが。
「殿下、よくない噂が立っているのはご存知?手を打った方が良いのでは?」
そんな気心の知れたロニーから忠告されたのは学園に入学してから1ヶ月も立たない頃だった。
これまで会えなかった分を取り返そうとアガタに話しかけにいっていたのがあまり良くなかったらしい。私が軽率に動いてしまったが為になんとアガタに対する悪評が立ってしまっているとのことだった。
それからさりげなくその噂を口にするものに対して苦言を呈するものの効果は無く。
「殿下、あれでは余計にパレルモ嬢の立場を悪くするだけですのよ」
「…そうなのか?」
「殿下が直接パレルモ嬢を庇うとそれなりに何かある関係なのではと勘ぐられる隙になってしまいますわ。…こういう時は裏でやらないと」
そう言ってただ微笑んだだけのロニーになぜか背筋がヒヤッとした。
「…ロニー」
「はい殿下。このロニーにお任せくださいな。…でもその前にらパレルモ嬢がどのような方なのかすこし見極めさせていただきます」
「…わかった。」
私の言いたいことを察したらしい。今の学園にいる生徒の中でもトップクラスの頭の良さを持つロニーに任せることにした。どうも人の機微、特に女性に対する接し方が上手くならない私は早々にプロに協力願いを出したのだった。
どうやらアガタはロニーから認められ、それ以上に気に入られたらしい。
食事や勉強会、それに女子会という名のお茶会まで最近はしているようだ。
アガタも私同様、あまり同世代と付き合いがなかった。だからこそロニーやレミリアと仲良くしていると聞きどこか安心していたのだが。
「殿下、お話が」
あまりにも真剣な表情のロニーにすわ何事かと身構える。
「どうした、何か事件でも?」
「事件といえば事件やも…いえ、これはチャンスと捉えましょう。殿下、これは好機です!」
目を爛々と輝かせ語り始めたロニー。内容を要約するとー
「恋愛感情を、知らない?」
「ええ、そうです。アガタ様は同年代の方と接したことがなく、それ故に初恋も知らず、純粋な友愛しかまだご存知ない様子。これは意識してもらうチャンスですよ殿下」
既にアガタへ恋心を持ちながら接している婚約者のライにも、そして表に出さないまでもロニー監修のもと少し今までより接し方を変えたアルに対しても、アガタは態度を変えることがない。確かにまだ恋を知らないのならば、手はあるのかもしれない。
しかしライもうっすらとアルのアガタに対する想いに感づいているらしい。牽制のような動きをするようになっていた。
「幸運なことにアガタ様はライ様と殿下が今までとは変わってきていることには気づいています。あとは何が変わったのか、それに気づけば、いえ、殿下が気づかせることが出来たらば。お分かりですよね、殿下」
「…そう、か。わかった。今までロニーが教えてくれてきたアレだろう?」
「ええ、私がおじいさまから直々に教わったアレですわ。殿下ならばできます。アガタ様の心を掴む為にもお心をお決めくださいまし」
アレとはお茶会の時に時折ロニーから教わっていた女性の口説き方だ。なぜロニーがそんなことを知っているかというと現役時代随分モテたロニーの祖父が、目に入れても可愛くない孫娘を狼という名の男から守る為、こういう手には引っかかるなよという意思のもと授けたものだそうだ。ナンパ技が男性から女性に伝わり、そしてロニーという感性豊かな女性から教わることで女性視点からみた有効性なんかも学ぶことができかなり為になった。
こうしてロニーの入れ知恵という名の武器を手に、アガタへのアプローチをはじめたのである。