学園生活スタートです
13歳。
なんて素晴らしい甘美な響き。
自由の扉にまた一歩近づいた!頑張った私!そしてあと少しだ頑張れ私!
あ、どうもアガタです。
去年泣く泣く幼馴染かつ婚約者であるライモンドが入学していく姿を見送った私でしたが。ようやく!私も13歳となり入学資格をゲットしました。
義母や父は私が学校に行くのにあまりいい顔をしなかったけれど祖父が既に手を回していた為なんの心配もなく入学まで漕ぎ着けたのである。本当に祖父がいなければどうなっていたことか。本当に祖父には感謝しかない。
ようやくあのクソみたいな辺境伯領の屋敷から脱出できたのだ。今日は解放記念日に認定したい。
心の底からの笑顔とついうっかり出てしまいそうになるスキップを抑えルミーナ学園の敷地を歩いている。門から先へは何人たりとも馬車を使ってはならないという決まりのため生徒は校舎まで歩かなければならないのだ。講堂までの幅広く長い立派な道は同い年の少年少女で賑わっている。
そう、今日は入学式なのだ。
所々で話しながら進んでいる人もいるようだが基本みんな1人で歩いている。かくいう私もその1人だ。
この学園はどんな高位の貴族であっても生徒として扱われ、授業内では決して身分で差別してはならないという決まりがある。さらには身の回りのことはある程度1人で出来るようになるべしとの思想の元、従者を連れての登校は許されていない。寮には連れてきてもいいとされているが、多くの生徒は従者を伴わずに通うらしい。そのため登校するのは1人きり。一応貴族として普段人に囲まれて生活しているのでなんだか新鮮な気分だ。
果たしてどんな出会いがあるのか。
友達が作れたらいいなぁなんて呑気に考えながら歩いているとーふと『わたし』の記憶残滓だろうか。好感情を抱くどころか…あまり良くない気持ちになるような、そんな思いに襲われた。
ーいったい、なぜ。
足を止めそうになるが式典に遅刻するわけにもいかない。胸のあたりを抑えながら無理やり足を動かし、多くの人が向かう方ー講堂へ歩いていった。
流石貴族の子息令嬢が集まる学園の講堂。とても広く立派な建物だった。
式典が始まり、校長や教師からの説明を聞き流しながら先程からの不安の元を、『前世では友達が出来なかったことからくるもの』ではないかと仮定し考えこんでいると聞き覚えのある声と見覚えのある姿が壇上にあった。
ーアルだ。また背が伸びたなぁ。
殿下をアルとうっかり呼ばないようにしなきゃなんて考えながらぼんやりと幼馴染を眺める。すらすらと新入生代表の言葉を述べる姿は端正で、女子生徒からの熱い視線を独り占めしているようだ。ライが入学し居なくなってからの剣の指導の時間は、アルもなかなか来られないとのことで一緒に過ごす機会ほとんどなくなってしまっていた。最後にあったのはもう半年も前になるだろうか。なんだか遠い人のように感じてしまった。
壇を降りるアルと、一瞬目があったような、そんな気がしたが気のせいだろう。
結論から言うと気のせいじゃなかった。
そしてその結果がこれだ。
ーあっこれ呼び出しからの囲んで牽制と言う名のいじめをするやつだ!出る杭は打たれる!女子は陰湿!知ってた!
らしい。なんとなく頭をよぎった感想はテンション高めだった。どうやらてんぷれーと、なるものらしい。前世の記憶の残滓によると、だが。
『わたし』の記憶になんでそんなものがあるのか謎だ。
入学してから2ヶ月も経っていない今。あまり見かけたことのない人から昼休みに呼び出され、あれよあれよという間にこうなっていた。見渡しても顔見知りの人はおらず通りかかる人もいない。詰みだ。
まだ何もされてないとはいえ、校舎裏のあまり人目のない場所で見知らぬ数人の女子生徒に敵意のこもった視線を向けられつつ囲まれるのは精神衛生上よろしくない。さっさとこの場を切り抜けて次の授業の準備をしたかった。確か小テストあったはずなんだけど。
「ご用件はなんでしょうか。次の授業の準備がありますので手短にお願いしたいのですが。」
しらーっとしたわたしの態度が気に食わなかったのか気の強そうな女子生徒が食ってかかろうとするのをリーダー格っぽい1人の生徒が止め、私に一歩近づいてきた。
「では率直に申し上げるわ。アルフォンス殿下に近づかないでくださる?」
「…はあ。」
「アガタ様にはライモンド様という婚約者がいらっしゃるはず。なのになぜ殿下に付きまとうのですか。殿下のご迷惑になります。さっさと付きまとうのをおやめください。」
扇子を広げ口元を隠しながら隠しきれていない憎憎しげな目を向けてくるリーダー女(仮)。彼女の言いたいことは、よく殿下と話してる私が目障りって事だろう。でも基本アルから話しかけてきてるんだがその辺は考慮してもらえてないらしい。話しかけられたら話すし何より殿下からの声掛けとか無視した方が不敬だと思うんだが。
「…確かにライモンド様とわたくしは婚約しております。しかし殿下に付きまとったりなどはしておりません。友人としての範疇でおつきあいをさせて頂いているだけです。」
「嘘よ!田舎の辺境伯の娘が殿下と友人?一度も殿下とご一緒しているところなんて見たことがないわ!」
まあ、非公式の場でしかあったことがない関係である。それをここで言うつもりはないが…どうこの場を納めたら良いのか。取り巻きたちも口々に不敬だとか身の程を知れとかいってくる。
言葉に迷っているとさらに取り巻きたちも一緒にヒートアップしてきてなんだか大炎上している。
嫉妬ってこわい。
あばずれだの売女だの殿下を誑かす悪女だの…一切身に覚えのない言葉たちが私のことと思えなくなってきて逃走の算段を考え始めていると…救いの手ーのように見えてさらにこれからを地獄に突き落としてくる手が差し伸べられた。
「アーグ!…じゃなかった、アガタ!探したよ。…おや?取り込み中、だった?」
そう、先程から繰り広げられていた嫉妬の元凶、アルフォンス殿下その人であった。
あれよあれよと言う間に殿下に手を引かれ教室まで戻ってきたはいいが手を繋いで入ってきた私たちをみるクラスメイトの目が怖かった。
地獄に突き落とす手とか元凶とか不敬極まる言葉を思い浮かべてていたがあながち間違いでもない。
殿下ーアルはライやわたしといったよく知った相手には少し突っ走り気味な活発な少年であるが、どうもあまり知らない相手には一歩引いてクールに接してしまうらしい。そのせいでクラスメイトとの距離が少し遠いようだった。
反対に私は『アーグ』だった頃からの付き合いで殿下の中ではおそらく友人ー以上のところに居ると思う。親友的な。自惚れじゃなければだけれど。
つまり、何が言いたいかって距離が近い。精神的にも物理的にも。どうも私が『アーグ』だった時とカテゴリが変わっていないらしい。男友達としての距離感、気安さ。
私としても昔からの心地よい関係ではあったが…それが側から見るとどう見えているのかの理解を殿下がしているのかは、怖くて聞けていない。
おかげで同級生たちから私と殿下だけ浮いてしまっているようなのだ。
席が近く、ぽつぽつと話すことがあった令嬢とも日に日に疎遠になり、初日に明るく話しかけてくれた令嬢も今や冷たい目線を寄越してくる筆頭だ。入学してからまだ一月ちょっとしか経っていないのにこれとは一体どうしたらいいのだろうか。さっきのような呼び出しからのイチャモンも、ただ言葉を浴びせるだけならまだまし、これからもっとひどくなるのでは、という予感があった。…『わたし』の記憶によるとだが。
なにせ剣の指導や祖父に連れられて市井の視察といった用事でしか他人と触れ合わない生活である。まして同い年の交流なんて殿下とライしかしたことがない。同年代の子女たちの集うお茶会にも出してもらえてないせいで貴族同士の付き合いや関係も理解しきれずにいる。
そんな対人経験値ゼロ、対人知識ほぼ無しに近い私にはこの状況を取り成せなかった。ちなみに前世もぼっちぽい感じであったせいでこれっぽっちも知識は役に立たなさそうだったというのもある。なんてことだ。
ある日いつも通り食堂の一角で私と殿下が食事をとっていると気品のある令嬢が、その後ろに3人ほど令嬢を連れてやってきた。
「お隣、よろしいでしょうか。殿下」
「構わない。」
様子を見るにどうやら知り合いらしい。殿下の許しを得て殿下の隣に座った令嬢は私に体を向ける。その間にそっとほかの令嬢は立ち去っていった。
「はじめして、わたくしヴェロニカ・ディ・シシリアスと申します。シシリアス公爵家の次女です。」
「はじめまして。パレルモ辺境伯家のアガタ・ディ・パレルモです。…ヴェロニカ様とお呼びしても?」
「ロニーで構いませんわ。わたくしもアガタ、とお呼びしても?」
「もちろん。…お声お掛けいただきありがとうございます。」
優しげに自己紹介をしてくれたのはストロベリーブロンドのふわりとした髪と深い紺の瞳を持った令嬢だった。小柄で丸い目でこちらを見つめられる。めちゃくちゃ可愛いとしか言いようがなかった。
「お礼を言われるようなことは何もしてないわ。それにしても…本当に殿下と仲がよろしいのね。ここ数日殿下のお顔を拝見していると見たことのない表情ばっかりで驚いたの。…あ!勘違いしないで、ちゃんとあなた達の関係はわかっているから。」
ロニーの可愛さに見惚れつつ、突然の言葉にその意味を考えていると殿下からフォローが入った。
「ロニー、余計なことは言うな。…ヴェロニカは私の婚約者候補の1人で幼い頃から知っている間柄なんだ。」
「そうだっ…そうでしたの。…お見苦しいところを、失礼しました。」
アルの前ではつい気が緩む。あわてて淑女らしい言葉遣いをしようと取り繕うとクスクスとロニーから笑われた。
「気にしないで、普段どおりにわたくしにも接していただけたら嬉しいわ。」
「…ありがとう。…こういうの、場数も踏めていないし苦手で。助かります。」
「ふふ、噂なんてやっぱりアテにならないわね。アガタ様の素顔を知れてよかったわ。もっと色々お話ししたいし、またご飯をご一緒しても?」
「どんな噂が…なんとなく予測はつくけど…。私はあまり表に出られてないせいで世間を知らないんだ…ロニー様に教えてもらえる時間があると、嬉しい」
「僕からも頼む。ロニー、アガタに色々教えてやってほしい。…男じゃ手伝えないこともある」
「もちろん、お引き受けするわ。ならお昼は一緒にいただきましょう。…友人も呼んでもいいかしら?3人だけでは寂しいわ」
その言葉は言外に候補とはいえ婚約者2人の間に1人私がいると外聞が悪いと言う心使いなんだろう。さりげない優しさが嬉しかった。
入学してから3ヶ月が過ぎ、入学してから初のテストが迫ってきていた。
「そうだ、テスト勉強しませんこと?」
そんなロニーの一言により放課後のテスト対策がいつもの昼食を取るメンバーで始まった。
ロニーと初めてあってからずっと、将来ロニーのお付きになるという男爵家のレミリアとロニー、殿下と私での昼食会は続いていた。何度か横槍が入ったもののそこは公爵家の娘、ロニーが軽くいなしてくれたおかげでのんびりと過ごすことができていた。容姿も可愛く頭脳明晰なロニーは流石殿下の婚約者候補としか言いようがない。
殿下はもとより王妃教育を受けてるロニー、そして意外なことにレミリアもかなり優秀だった。男爵家の子女とはいえ公爵家のそれも未来の王妃になるかもしれない人物に付くにはそれなりの知識や教養が必要なのだろう。
一応ガヴァネスに教えてもらっていた私であったがそんな彼らに敵うわけもなく。どちらかというと私が3人から教えてもらうような形の勉強会になってしまっていた。
申し訳なさを抱えながらも、初めてほかの人と一緒に勉強をしたがなんだかとても楽しくできたような気がした。
翌日、昨日と同じようにテスト対策のために図書館のなかに作られた自習室にいくとー
「ライ?」
昨日いたメンバーに加え新たに2人追加されていた。1人はライ、そしてもう1人、あまりこの国では見かけない風貌の少年がいた。
「ほー。お前がライの愛しの君か。俺はクロートヴィヒ・フォン・ザクセンだ」
「はじめまして、アガタ・ディ・パレルモと申します。ザクセン様はアンゼル国の方でいらっしゃいますか?」
「ああそうだ。一応第四王子ってやつだ。名前、クロートでいいぞ。」
なんと。風貌から隣の国の人かと思ってはいたが、まさかの王子様だったとは。
「殿下とは知らずご無礼を。…クロート様」
「いや、こいつらに対しての態度それじゃねーだろ?いつも通りってヤツで構わねーよ。かたっ苦しいのは好きじゃねえ」
浅黒い肌に猛禽類のような鋭い金の目、少し固そうな枯れ草色の髪をガシガシとかく姿は確かに礼儀作法といったものは好みではなさそうだった。
話を聞いてみるとライとクロートは同級生らしい。よくつるんでいるようだ。アルが偶然会ったライにテスト勉強のことを話したところ、クロートも興味があったらしく来たのだそう。手土産にと焼き菓子と去年の問題を持って来てくれた。
有り難い上級生からの過去問という恵みを得てさらにテスト対策を進めていく私達だった。
用事がなければ放課後、毎日のように6人で顔を合わせるようになってから気づいたことがある。なんだかアルとライの間に流れる空気が変わっているのだった。最初は気のせいかと思っていたがなんだか違う気がする。なんとなくギスギス?とでもいうのだろうか。対抗心のようなものからくる空気の緊張感?があるように感じられたのだ。
でも何がきっかけなのかとか競いあうような原因はわからないし…何故2人が変わってしまったのかさえ突き止められればまた元のように戻れるのでは?と考えた私は相談することにした。
すっかり打ち解け、仲良くなったロニーとレミリアを誘い、3人でお茶をした時にそのことを話すと、ロニーは含みのある顔で「あらあら」と言うだけ。レミリアもなんだか奇怪なものを見るような目でこちらを見るだけで何も言うことはなかった。その後違う話題になり私の相談は流されてしまった。
肩を落としていた私であったが、後日レミリアから大量の恋愛小説が寮の部屋に届けられた。本の山の一番上には可愛らしいメッセージカードには
〝これを読んで勉強すべし〟
とだけ書かれていた。
頭のいいレミリアのことだし、と、とりあえず何を勉強すればいいのかわからなかったがこの本の山を読みきろうと手を伸ばした。
テストも無事に終わり、成績上位欄に名を残せた私はレミリアから届いた大量の小説を読みあさっていた。ちなみに成績は殿下、ロニー、レミリアの3人がスリートップを独占していたのはいうまでもない。
なんだかんだで本を読むのは好きだったし、前世の『わたし』も相当に好きだったらしい。のめり込むのは早かった。キュンとくるようなラブストーリーに心が締め付けられるような悲恋の話、それに平民の子が王子に見初められらところから始まるシンデレラストーリー…これまで人付き合いもなく、読むことのできたのは歴史書や学術書ばかりだった私は手に汗を握り時にはハラハラしつつ物語の彼、彼女らを応援するのだった。
そしてもはや恒例となりつつあるレミリアとロニーとのお茶会では、読んだ本がいかに素晴らしかったかの語り合いや、ヒロインと相手が結ばれる場面の素敵さにきゃあきゃあいったりとなかなかに学生生活を謳歌していた。
平穏な学生生活を送れると。このときはまだ信じていた。
話のテンポ遅いです。どうも余計な描写が多いみたいで筆が進まない。。。
ようやくこれからの話しに出したい子たちを出せたのでこれからはきっと。。。。動いてくれるはず。