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それぞれの瞳の色  作者: 栂乃
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名前を知ってしまった日

ようやく3人ともお互いの立場と名前を認識しました。

 

 そんなこんなで始まった祖父直々の剣術指南は週に2回、休むことなく行われいつの間にか2年が経っていた。開始当初は準備運動で早くもバテていた私だったがそんなことがあったのかと思えるくらいには成長した―と思う。

 祖父曰く筋がいいらしい。この2年で、そこそこ交流が増えたライとアル―ともにオッドーネに剣を習っている男の子2人―と模擬戦を行えば8割方勝利できるようになった。まあ8歳の剣術など大人の騎士からすればたかが知れている程度でしかないだろうが。それでも2人からはライバル扱いされているようだった。対抗心を燃やした目でキッと睨まれると知らず頬が緩む気がする。『わたし』のせいとしか思えない。でもかわいいのだ。わかる。そんなライとアルはどうやら貴族のかなり上位に位置する家の子らしい。王家や貴族の時勢をよく知っており、貴重な生きた情報の入手源だった。パレルモ家の領地は辺境伯とありかなり王都から離れ、さらに当主の代わりとして働くオッドーネは王都に缶詰。必然的にあの領地の屋敷に籠っていると今起こっていることの情報が入らないためこの剣術指南の休憩時間は私が時勢を学ぶ時間でもあった。私が質問をし、それに答える2人の顔はどこか得意げでこれまたかわいいのだった。同じような表情を浮かべる姿はまるで仲の良い兄弟のようだった。


 ―ってそんなことを考えている場合ではなかった!

 現実逃避から意識を戻すと、とたんにざわりと不快な空気がうなじを撫でた。意識を周囲に集中させていつでも剣を振るえるように構え直す。

 そう、つい先程からどうやら私達、敵意や殺意なんかをバリバリに持った侵入者に囲まれているらしいのだった。

 狙いはおそらくライかアルのどちらかなのだろう。素性をお互い明かすことなくいたが、どうにもふたりとも相当位の高いご子息だ。ふとした瞬間の振る舞いや言葉遣い、知識や考え方なんかが高位の貴族、下手したら王族かもしれないなんてうすうす気づいていた。それでも祖父からは何も言われなかったしふたりからも何も言われなかったので黙殺。挙句タメ口なんか聞いて頭を小突きあったりしたりふざけあったりとそれなりに子どもがやるようなやりとりもやっていた。公の場であったならば不敬罪として捕まるのは免れないだろう交流だった。だからこそ、この非公式な場で、お互いの身分や立場なんかを忘れて過ごしていたというのに。おそらく二人にとって、そして私にとっても一時の安らぎの場であったのに。

 ―なのに。こんなことをされてしまえば否が応でも目をそらしていた素性を思い知らされてしまう。


 カタリア国において身分を示すシンボルは髪と瞳の色である。髪の色素が薄ければ薄いほど高貴な血に近く、そして初代女王の瞳の色であった紫に近い瞳の色であればあるほど王族に近い。

 ―つまり、銀の髪に赤紫の瞳をもつアルは王に連なる血を持つこと。

 ―そして今こうして命を狙われるような王族でこのくらいの歳の方など、第一王子のアルフォンス殿下しかおられない。


 今までの見ないようにしていた努力とは一体、と思わないでもないがそんなことは言っていられない。なにせピンチである。この無礼な乱入者たちはそこそこ計画を練ってことに及んだようだ。忌々しいことに今日は教官かつ監督者であるオッドーネが不在の日。これまでも不在の日は何度かあったもののそのたびに祖父の弟子たちであり私達にとって兄弟子ともいえる第一騎士団の人が代わりに来ていた。

 が、今日に限っては誰もいなかったのである。第一騎士団での全体の訓練があるとかでどうしても都合がつかなかったそうだ。そのため普段どおりの準備運動に基礎練習、模擬戦をやりあとはおのおのやりたいことを、と言われていた初の監督者が誰もいない日だった。

 目に入る位置にはいつも居ないが、近くにアルとライの護衛は置いてあるはずだ。だからこそ今日くらい監督者が居なくても大丈夫だと判断したのだろうが…今のこの状況から察するに活躍に期待はできなかった。なにせあまりにも静か過ぎる。動きがないのは…黙らせられたか、あるいは裏切ったか。…憂鬱になることは考えないでおこう。


 つまりは周りに頼れる大人は居らず、守らねばならない高貴な血を引く同い年くらいの男の子と同じく高貴な生まれの男の子。そして私。もっとも戦闘力が高いと思しき人物が私であって、またこの場においてもっとも命の重さが軽いのも私だった。


 そんな状況でとれる行動なんて一つしかない。

 ー命に変えてでもふたりを守ること

 である。


 幸い祖父から筋がいいと褒められおだてられ剣の腕を磨いてきた私だが、それに加えて剣だけではなく魔法の心得も多少はあった。稀代の魔女として名を馳せた母からの遺伝だと思っている。父やその他の人間に魔法を使っているところを見られたら面倒なことになりそうなので極力家の外では使わないようにしていたが。出版されてる書物と比べるに相当私の魔法力は使い方も規模もこれまでの魔法の使用法からすると突出したもののようだった。

 なにせ前世では様々な魔法をグラフィック上で眺めたり精緻な描写で描かれた場面なんかを読んだりと魔法のイメージには事欠かない。この世界の魔法はまず第一にイメージと言われるほど、想像したものの結果を起こすものとして扱われている。魔力や魔素といった概念もあるようだが専門家に話を聞いたわけではないので知らない。もともと妄そ…ゲフンゲフン想像力豊かであった『わたし』からしてみれば炎の雨を降らせたり氷の矢を作ったりなんてのはどっかしらのゲームや漫画なんかで見たことがあるものであり、それを元にイメージすることなんてお茶の子さいさいであったのだ。


 というわけで持てるものは全て使いこの場を収めるしかない。

 ー魔法を使って防壁を張り2人の安全を確保した後に周辺一帯に雷でも落とす?いやでも関係者以外を巻き込んだら事だ。というかこの場所の在処を詳しく知らないがおそらく王宮の敷地内の何処かだ。あまりに荒すと怖い。

 周辺を荒らさずこの不埒者どもを確保する…さ、催眠ガスをばらまく?とか?ガスにしてこちらに来られても困る。防壁がガスを通すのかの実験なんてしたことがなかった。もし機能しなかった場合が怖いので却下。


 うーんと考え込んでいると囲まれていることに気づいたライが緊張気味に小声で話しかけてくる。

「アーグ、僕たちは囲まれているようだ。どうにかしてで…アルを安全な場所にお連れしなければ」

 ポロッと殿下と言われるかと思い焦ったがそこはちゃんと言い直したらしい。えらい。上から目線なのは許してほしい。すでに精神年齢はさんじゅ…まって予想以上に心のダメージが大きい、彼らよりは歳上、に表現をとどめよう。

 そう、この場において一番の年長さんは私なのだ。というわけでこの場を仕切るくらいは許される…よね?

 アルもすでに空気が変わったのを読んでいるようだ。普段より顔色が悪い。

「ライ、ここに近い安全な場所はわかる?」

「…この近くに第2騎士団の詰め所がある。この時間なら人が居るはずだし、あそこなら…」

「その方角ってどっち?」

 ちらりと目線で指された方角を探る。3人ほど邪魔な奴が居そうだ。でもどうにかできない人数じゃない。ならば。

「ライ、アルの側を離れないで。僕が突破口を開けるから合図したら駆け抜けて。殿は僕がやる。」

「アーグ!それではお前が!」

「僕は大丈夫。それに僕はここの場所を詳しく知らないから…2人に先導してもらいたいんだ。」

「…わかった。」

 おそらくライはアルの従者となるべく育てられた子だ。1番にアルの命を心配しているからこそ、私の提案をすぐに飲んだ。

「ライ!どうしてだ!3人でかかっていったほうが…!」

「このやり方が一番生存率があがるんだ。一度にみんなで行くより分担した方がいい。殿は僕がやるから、先頭はアルとライに任せるね?」

「アル、ここはアーグの作戦で行こう。道を知る僕らが先に行くべきだ。」

「…わかった。でも絶対に死ぬなよ」

「変なフラグ立てないでよ!大丈夫、ちょっと蹴散らすだけだし。じゃあ合図するまで防壁の中から出ないでね!」

 なんとか納得してもらえたらしい。これでアルも敵に突っ込んで行ったりしないだろう。

 二人の周囲に防壁が張れたことを確認してから。ライがいるし2、3人なら仕留め残ってもなんとかなるっしょ、な気持ちで40本ほどの氷の矢を勢いよく全方位に打ち出した。そして間髪入れずに先程ライが指し示した方向に駄目押しとばかりにもう一度、数本氷の矢を放つ。先程感知した3人分と思しき手応えを感じた。

「走って!!」

 合図とともに2人が詰め所のある方角に向かって走り出す。逃げ出す獲物を逃すまい、と先程の氷の矢で仕留めきれなかったガタイのいい男たちが一斉に襲いかかってくる。予測していた動き通りの振る舞いに口角が上がるのを自覚しながらタイミングを見計らって襲いかかってくる男たちの足元を崩し落とした。


 後方支援だろう数人が逃げを打っていたので魔法で引きずり落とした。そして生き残りがみな落ちたのを確認してから地面にポッカリとあいた20メートルほどの落とし穴を覗き込む。穴の底を満たす水は強烈な催眠効果のあるもので、うまいこと機能したらしい。反抗の意思が消え、体の力が抜け動けなくなるという暗示がちゃんとかかったようだ。10人ほどがぷかぷかと浮いているのが見えた。

 生け捕り成功。よかったよかった。


 なんて言ってる場合じゃない。一旦落とし穴の上に防壁を、地面に見えるよう偽装ながらして張った。逃亡者防止として蓋しちゃったけどまあ酸素的な問題はそう起こらない…はず。慌てて先に行った2人の後を追う。全く知らない土地で、しかも不審者が彷徨いてるようなところで迷子なんて洒落にならない。


 2人にちょうど追いついた頃に詰め所が見えてきた。漸く安全地が見えた!という安心感のもと足を早めて駆け込もうとすると急に腕を引かれた。私と同様にしてアルも止められたらしい。私達を止めたライが警戒心を浮かべた目で音を立てないよう草陰に私達を誘導した。なにか問題でもあったのだろうか?


「ライ、どうしたんだ。詰め所はすぐそこじゃないか」

「嫌な予感がするんだ。それに今日の詰め所の様子はおかしい」

 第2騎士団といえば王都の治安維持を第一にしている部隊である。因みに祖父オッドーネが以前所属していたのは第一騎士団。主に王族周辺の警備で近衛騎士に近い役割を果たしている。他にも第4まで騎士団はありそれぞれ構成人数や業務が違う。第一騎士団には24名、第2騎士団には48名程が在籍しているはずだ。本来第2騎士団は王都に出て行う昼勤部隊、夜勤部隊、詰め所で待機する部隊と休憩する部隊という4部隊に分かれて仕事をこなしている。つまり本来詰め所には待機部隊しかいないはずなのだ。なのにー

「人が、多い…?」

「そう。それにそもそもこの時間に詰め所の外に出て臨戦態勢で隊列組んでることが異常だ。」

 私の疑問にライが答える。確かに真っ昼間から戦闘モードにガッツリ入ってると思しき4部隊分くらいの人が隊列組んでるとか怖すぎる。

 それにあの詰所には侵入者に入られたという緊張感が漂っていない。今、侵入者が入ってこんなにもこの地の治安が乱れてるにもかかわらず詰所から離れようとする様子が見られない。

 たとえ侵入者が入っていることを知らなくとも訓練でもない限りあの人数が外に集まっているのはおかしいはずだ。

 それとも何かの知らせを受けて動くつもりなのだろうか?仕掛ける直前のような、どこか興奮しているかのような雰囲気があまりにもこの状況にそぐわなかった。


 どこか詰所だけ浮いているような感覚を覚えながら隊列のほうを観察していると、

「あの顔、見覚えがある。」

 と言いながら青ざめた顔をしたアルが隊をまとめてなにか演説をしているらしき鎧を指差した。

「知り合い?」

「確か伯爵家の三男だ。名前は忘れたけど…一回、階段で突き落とされかけた。」

「わーぉ、殺人未遂。」

「…ご無事だったんですね?」

「なんとか転がり落ちずに済んだし大丈夫。それよりもずっと細かい嫌がらせが続いてたのもアイツのせいかもな。1度ベアトリス様と腕くんで歩いてるところを見たことがある」

「…なるほど。」

 ベアトリスとは今の側妃である。王妃であったマリアンヌ様亡き後その後釜を狙ってるとの噂があったがもしかしたらそれかもしれない。ライも心当たりがあるみたいだし。

「てことはあそこに駆け込むのは自殺行為、かな。他に安全そうな場所は?」

「その前にあいつらを捕らえたほうがいいんじゃないか?あそこにいるってことは第一王子の命を狙ってる…つまり王族に対して反逆の意志があるってことだろ?」

「一網打尽にはなるかもだけど今の僕らだけだと力不足だね」

「アル…今はひとまず安全地まで逃げることを考えよう。アーグの言う通り僕らだけじゃ戦力不足だ」

「…わかった。」

 アルのいう今ここであいつらシメたら後々楽になるというのもわかる。でも40人以上の大人、それも戦うことを職としてる騎士たち相手に子ども3人では太刀打ちできない。アルの身の安全を第一に考えるならばここは引くべきだ。

「第2騎士団が信用できないとなると…少し戻ることになるがバラ園を突っ切って後宮に、か?」

「後宮はベアトリス様がいる。その手先もいるだろうし辞めたほうがいい」

 どうやらあの練習場所は後宮の近くだったらしい。道理で祖父と第一騎士団の人以外の男の姿を見たことがないわけだ。…えっそれって『アーグ』は大丈夫なのだろうか。男子禁制のはずだよね?…まあ祖父の指導の元だし大丈夫か。


「マリアンヌ様の碑がある塔は?」

 確か後宮の近く、陛下が生活されている一角にほど近いところにマリアンヌ様を偲んで作られたという慰霊塔があったはずだ。その地にはマリアンヌ様が好きだったという花が咲き乱れ綺麗なのだと祖父から聞いた覚えがある。

「塔に…?ああ、確かに警備は居るが」

「ここからだと遠い?」

「いや、来た道を引き返して少し行くくらいで済む。」

 私とアルで画策しているとライが難しい顔をする。

「いえ、塔にはいけません。あの地は陛下が何人たりとも近づくな、と。」

「…こんな緊急事態でも?」

「…腹に背は変えられない。もしお叱りを受けるなら俺に、と陛下には言う。行こう」

「で…アル!それは!」

「いいんだ。」

 なにやら2人には都合があるらしいが結局塔に向かうことにした。事情は尋ねまい。巻き込まれても困るし。アルが大丈夫っていうなら大丈夫でしょ。割り切った私とは反対に、移動中ずっとライは心配そうにアルを伺っていた。




 結論から言うと何回か会敵したものの顔面に催眠水バシャー戦法でなんとかなった。去年に執事が寝付きが悪くなったとかで睡眠薬代わりにと作ってたものの少しでも肌に触れた瞬間に意識が落ちるとかいう劇物しか出来ず封印してた発明魔法がこんなにも役立つなんて嬉しい限りである。何回か飛沫が二人に飛びかけて慌てたのはご愛嬌、というやつだ。

 大きな怪我なく塔にたどり着いた頃には日が暮れかけ、王子不在で城が騒がしくなってきたところであった。

 塔の警備が正規の第一騎士団のメンバーであることを確認し、ちょうど扉前の警備の交代とのことで騎士が4人いる時を見計らって逃走中にかけていた姿を認識できなくする魔法を解いた。突然現れた目下捜索中の王子と高位貴族のご子息、そして怪しい兜をかぶった子どもが突然目の前に現れたら驚くはずである。現に彼らもぎょっとした顔をしたがそこはプロ、守るべき主君である王子を保護すべく即座に行動に移した。

 その結果、保護すべき対象を背にかばい怪しいやつに剣を向け警戒するという今の場面が出来上がったわけだけれども。



 ーよくよく考えたら私だけ認識魔法を解かなければよかったのでは?

 とか思うがやってしまったことは仕方ないのである。流石に主君に止められてても素性のわからない顔を隠した怪しいやつがいたら警戒する。私が護衛だったらそうする。

 ここでなにか行動するのは得策じゃないことくらい8歳(トータル精神年齢は大人)にもわかる。ひとまず祖父を呼ぼう。そうしよう。きっとなんとかしてくれるはず…!あっまって今日は他の領地に視察に行く日…詰んだ…いやでもわんちゃん部下の人に証明してもらえれば…!


 そんなふうに兜の下で百面相をしていると段々周りがうるさくなってきた。

「怪しいやつ!その兜をぬぎ顔を晒せ!」

「待てアレン!彼は僕の友達だ!怪しいやつじゃない!警備のものも!アーグに剣を向けるのをやめろ!」

 今にも剣を奮ってきそうなテンションの騎士をアルが慌てて止める。

「しかし殿下!顔を隠しているのはなにかやましいことがあるのでは?素性はご存知なのですか?」

「パレルモ辺境伯代理当主のオッドーネの…血族と、聞いている」

「オッドーネ元団長の?しかしここは男子禁制の地、どちらにせよ捕らえねばならない規則です」

 アルもきっと気づいていたのだろう『アーグ』が名乗った身分を歯切れ悪く伝えた。

 そして身分もだがなにより。

 あっ、あ〜〜〜〜そうだ『甥』として私は居るのだったということに思い至る。兜を脱いで私がアガタであることを示すのはいいけれどそれはそれで偽証罪とか身分を偽った不敬罪とかやっぱり捕まるエンドは回避できないのでは…?えっ…詰んでる…

「なにを沈黙している!その態度では怪しめと言っているようなものだぞ!」

 ぐるぐると思考し答えに迷っていると


「何を騒いでいる」

 威厳のある低音が響いた。消して大声ではないが圧を持って伝わる声。この声は、まさか。


「陛下、恐れながら申し上げます。行方がわからなくなっていたアルフォンス殿下とジェノヴィア家ご子息ライモンド様を発見しました。そしてオッドーネ元第1騎士団長の血族をかたる顔を隠した不審なやつがこのマリアンヌ妃の庭園に侵入しています。」

「ご苦労。下がって良い」

「しかしっ!」

「余の命令が聞けぬと?」

「…はっ!第一騎士団、下がらせていただきます。」

 威圧感といってもいい重さを持った言葉で騎士団員を下がらせ、軽く手を上げ集まってきていた人々を散らせたのはカタリア国国王、ヴィットーリオ陛下その人だった。



 淡くヴァイオレットがかった銀髪に淡いアメシストのような瞳。すっと通った鼻筋に頬に影を落とすほど長いまつ毛、はっとするほど美しい美貌を供えたその人は、カタリア国の王として相応しい威厳に満ちた姿をしていた。

「そなたがオッドーネが言っていた次期パレルモ家当主、だな」

 バレてる。ということは嘘偽りはしないほうがいいということか。慌てて脳内の淑女マナー辞書を取り出し礼とともに名乗る。

「この度は陛下のお膝元にてこのような騒ぎを起こしてしまい大変申し訳ありません。お初にお目にかかります。パレルモ辺境伯次期当主、アガタ・ディ・パレルモにございます。このような姿でのご挨拶となるご無礼をお許しください。」

「よい。此度の騒動は余の采配によるものだ。気にするな。面をあげよ。」

「ありがとうございます。」

 当然ドレスではないためつまむ裾もない。膝をおり頭を下げる略式礼となってしまったが陛下は咎める気がないようだった。

「陛下、あの、パレルモ家次期当主って…」

 頭を上げた私を困惑したような目で見るアル…アルフォンス殿下。この反応からするにおそらくバレた。流石に次期国王、貴族の次期当主の名は覚えているらしかった。

「覚えているようだな。そうだ、彼女がオッドーネの孫娘、アガタだよ。」

「殿下、ジェノヴィア様、身分と名を偽りお会いしていた無礼をお許しください。」

「アーグ、じゃない、アガタが兜をずっとつけていたのって、じゃあ」

「はっはっはっは!余の息子だけでなくポーカーフェイスがお得意のライモンドまでもこんな顔をするとはな!オッドーネの策に乗って正解だったわ!」

 突然笑い出した陛下にぎょっとした表情を向ける2人の顔があまりにそっくりで思わず少し笑ってしまった。

 普段から喜怒哀楽を素直に表現するアルフォンス殿下と反対にあまり感情を表に出さず冷静にあろうとしているライモンド、普段揃った顔などされない2人があまりにも似た表情を浮かべるものだから確かに珍しくそして面白い。


「兜は万が一あの練習場所に他のものが立ち入った場合にアガタ嬢の顔を見られないようにするためだ。少々ややこしい事情とやらがあってな、顔を迂闊に晒すわけにもいかなかった」

「ならば魔法で変装させるだけでよかったのでは?」

「あとはただの防具として使ってただけだろう。おうおう、前にも横にも後ろにも大きなキズをつけおってからに。おとめの顔に傷をつけるなど言語道断だろう?」

 正直兜あるしなんとかなっかな!精神でいたことも否めないがまあそういうことにしておこう。うん。祖父にそんなの正直に言ったら怒られそうだ。めちゃくちゃしごきがキツイがなんだかんだで孫娘には甘いオッドーネなのだ。

「アガタ。」

「はい、陛下。」

 言外に顔を晒せと言われていることを察した私は兜を脱ぐ。その下に現れるのはー

「はっはっはっは!オッドーネのやつそこまで念を入れていたのか!」

「…はい。こちらにお世話になるときはかならずこれもつけろ、と。」

 私の髪と目の色を覚えてくださっていたのであろう陛下がまたも笑い出した。笑い上戸な方のようだ。あの美貌でこのおっさんじみた豪快な笑い方とは…ギャップがすごい。

 そんなことを考えながら兜を小脇にはさむ。視界の端に映るのは栗色、おそらく瞳の色も似たような色なのだろう。おそらく平凡な8歳ほどの少年の顔をしているはずだ。

 素の私からはかけ離れているであろう貌にさせているのは首から下げていた魔法具でもあるペンダント。それをゆっくり首から外す。


 夜の気配を乗せた風が吹く。まとめていたはずの髪が解けて背中に流れていくのを感じた。


 頬に風をうけながら素顔を陛下の方に向ける。

「目元がエリーザベトにそっくりだ。美しい娘に育ったな、アガタ」

「もったいなきお言葉、ありがとうございます。」

 肩をサラサラと流れる髪の色は母譲りの銀、自分では見えないが青い瞳は父譲りのものだ。目元が似ていると祖父にも言われたが…そういえば陛下は確か学園で母と同じ時間を過ごしたことがあったらしい。いつかその話を聞きたいと思いながらも相手は一国の王、難しいだろう。

「ほら、アルとライ。レディにちゃんと名乗ったか?」

 ぼんやりと亡き母に思いを馳せていると陛下の言葉に現実に引き戻された。

「アガタ嬢、正式な名乗りをできずに失礼した。私はカタリア国第一王子アルフォンスだ。」

「申し遅れ失礼しました。私はジェノヴィア公爵家次男のライモンド・ディ・ジェノヴィアです。」

 立て続けにキラキライケメンスマイルを向けられるとどぎまぎするのでやめていただきたい。せめてそのめちゃくちゃ飛ばしてるキラキラを減量してほしい。

「こちらこそ、2年もの間失礼いたしました。改めて、わたくしアガタ・ディ・パレルモと申します。」

 そんな不敬な思考をおくびにも出さずにせめて丁寧な礼を、と頭を下げた。


。。。3角関係まで発展するところまで持っていけるか不安です

改稿(2019/01/26)

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