3.真夜中の猪
ここは異世界だ。
龍が飛んでる時点でそうとしか思えない。龍が飛んでるという事は、ここはもしかすると剣と魔法の世界かもしれない。
兵士が隊列を組み国同士で戦争をしているような世界かもしれない。その中で魔法を扱う魔術師隊が遠距離からの援護を……
いかんいかん。妄想なんかしてる場合じゃない。よりにもよってスタート地点は崖の上だ。体育座りで山の山頂に沈む太陽を見つめている場合ではない。
それにしてもここから見える夕焼けはとても綺麗……
夕焼け?
夕方?
夜が……来る?
まずいまずいまずいまずいまずい!
夜になんかなったらますます崖の上から降りられなくなる!ただでさえ森が広すぎて遭難するんじゃないかと思っているのに、夜になって夜行性の動物が動き始めたらこの崖の上ですら安全は確保できない!
2度目の人生をこんな所で終わりにしたくはない。幸いこの崖の上は木の実が生っているし水もある。今日や明日くらいは簡単に腹を満たせるだろう。
問題は寝る場所だ。流石に草が生えていたとしても動物も通れるような地面は危なそうだ。
だとするとやはり木の上が良いか。
届きそうな枝に両手を伸ばして登ろうとする。なんとか掴みぶら下がった状態から足で木を蹴って登る。
枝に肘が乗った。このまま他の枝に片手を使って登れば……!
はぁ。はぁ。
木登りってこんなに疲れたっけ。子供の頃は良く木登りしてたのに。年を取るって怖いなあ。
まだ高校生だけど。いや、高校生だったのか。
この世界に高校とかあるのか分からないし、ファンタジーの世界じゃ今の俺は「冒険者」辺りだろう。
それに俺は自分の「願い」の世界にいる。
俺が世界で1番頭が「良くなれる」世界だ。
この崖の上で俺が学べるものは少ないが村にでも行くことができれば、この世界の文化や言語を知り頭が良くなることができるだろう。
そうすれば、俺は世界で1番頭が良い天才になれるはずだ。
木の上はゴツゴツしていて寝にくいがこのまま寝るしかない。
朝になったら落ちていましたとかありませんように。
目が覚めた。目が覚めたのは木が揺れた振動を感じたからだ。
木の根元を見る。
鳴き声を出しながら木に突っ込む額に大きなコブのついた猪がいた。
また木が揺れる。葉っぱが散って落ちていくのが見える。この猪、木を倒すつもりなのか?
俺という獲物がいることに気がついてしまったのか?
どうする?このまま木の上にいたんじゃ何もできない。かといって降りたところで猪なんかには逃げられない。
猪が諦めるのを待つしかない。
木が倒れてしまった時に猪にどう対処すべきかを考えていると、その間に猪は突撃をやめていた。
諦めたのか?
暗闇の中目を細めて見ると猪は何かを食べているようだった。
何を食べているかを考えたらすぐに分かった。
この木は木の実が生っている木だ。猪はこの木の実を取るために木を揺らしていたのか。
自分が目的だったではないのだと知ると緊張が解ける。ため息のような息を吐き、力が抜ける。
助かった。
猪は木の実を食べ終えると森の中に消えていった。