10.アルイさんの1メルク
ちょっと閲覧注意。全年齢向きにしようとしてるので表現は控えめですが。
うぅ。昨日はよく眠れなかった。アルイさんと一緒に寝るなんて思わなかった。
2日連続で熟睡できないとは。
というか俺、この世界に来てから1度もちゃんと寝れてない。
今日はしっかり寝たいな……
いや無理だな。あの家で寝泊まりを続けてる間はアルイさんと寝るわけか……
嬉しくない訳ではないが、一緒に寝るのが普通みたいな反応からしてなんだか複雑な気持ちだ。何というか、何も知らない少女を騙しているような、そんな感じ。
でも日本語を使えるのは彼女だけで、それ以外に日本語を使える人が見つかる可能性はかなり薄い。
嫌でも異世界語を使いこなせるようになるまではこの村にお世話になる。
だから仕事を手伝おうと思ったけど……!
「アルイさんって村の食糧調達係だったの!?」
山を走り下りているアルイさんに声を掛ける。
「そうですよ。皆さんある程度は自分の分を確保していますがやっぱり肉を食べたいみたいで」
平然と喋ってるけどアルイさん走って山の坂道を下りているからね?
木でできたリュック(昨日話題に出たトマールさんが作った籠)を背負って追い掛けてるけど坂道で勢いづいてなきゃ追い付いてないだろう。
いつ木にぶつかってもおかしくない速さだ。俺止まれるかな。
というかアルイさんが速すぎる!俺から逃げる時よりも速いじゃねーか!
背中を追い続けているが見失ったら遭難しそうだ。
その場合アルイさんに助けてもらうしかないけど。
アルイさんの動きが坂道なのにさらに速くなる。
やばい。もう追い付かなさそうだ。アルイさんとの距離が開いてくる。
速すぎ……!人間なのかあの速度。呼吸も乱れてないし、マジで人間じゃないかも。
少し距離が離れ、平坦な所でアルイさんが片膝を立てた態勢で止まっていた。
「ぜぇ、ぜぇ、速すぎますよ。アルイさっ……!」
何とか追い付く。だけどアルイさんは振り向きもしない。
雰囲気が違う。
「こっちを見ないで。私の右側をまっすぐ進むと川があるから、そこで待ってて」
こちらに顔も向けずに手だけを動かしている。
しかも普段の言動よりもかなり強い言い方だ。俺は何も言わずにその言葉に従う。それだけの威圧があった。
体を右に回し歩く。その時つい好奇心でアルイさんの手元を見てしまう。
見てしまった。
アルイさんの立て膝でちょうどモノは見えなかったが、その見えた部分だけで全てを察してしまった。
うさぎの耳のようなものが見えた。
顔を前に向け直して走る。
見るんじゃなかった。
いや、分かっていたはずだ。こんな山の中なんだから普通だ。
昨日の肉が出た時点で何かを思うはずだった。日本で普段から肉を食べていたから感覚が麻痺していた。
走る。
走る。
走る。
「うわっ」
突然の陽射しに目が眩む。
無我夢中で走っていたからどのくらいの距離を走っていたか分からない。長いようにも、短いようにも感じた。
手を額につけ影を作る。
さらさらと流れる穏やかな川がそこにあった。
川の近くに座り、息をつく。
「っはぁぁ」
息を吐く時、思っていた以上に息が出る。
そんなに息を溜め込んでいたことに自分でも驚く。
「ため息は幸せが逃げるって日本では言ってましたね」
体がビクッと跳ねる。声の主はアルイさん。
でも、首が動かない。
見てはいけないと本能が叫ぶ。
「こっちを見ない方がいいですよ」
ちゃぷ……と水の音を鳴らしながら隣に座るアルイさんに冷や汗をかく。
「驚いてしまいました? すみません。これが私の仕事なので」
口もハッキリと動かない。
無理に喋ったら声が震える。
「い、いつからやっているの」
震え声でアルイさんに聞いてしまった。でも、これが今の俺に出せる声の限界だった。
「そうですねぇ……5トルク、6トルクくらい前かな?」
「そ、それって、年?」
「うーん、多分そうです」
必死に会話する。まだ心臓がバクバクする。昨日の寝る前の時とは違う鼓動。
「このくらいでいいかな。りょうさん。籠をこっち側に向けてください」
アルイさんに背負っている籠を向ける。
背後でしゃっ、しゃっ、と水を払う音がしてから籠の重さが増えた。
「後9メルクです!」
メルク?アレの名前か?
「私ちゃんと考えたんですけど、村のみんなが一仕事終わった時に1メルクと数えていたんです。だから、私の1メルクは今終わりました」
メルク……そういう数え方だったのか。そりゃあ必死に考えても時間が分からない訳だ。
それじゃあ10メルクを30分と言ったのって……
いや、もうこれ以上考えるのはやめよう。




