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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ろじうら

大分前に書いた没作品の冒頭です。ずっと執筆中小説に溜まってたので下ろしました。





 誰だ……、こんな物語を書いたのは。

 誰だ……、私を操っているのは。


……誰だ、こんな結末を用意したのは。


 私は殺されかけていた。少しからかっただけのはずが、いつのまにか仲間を四人も殺された。必死に私は逃げていた。不気味な殺人鬼から、救う者の居ない真夜中の路地裏で。


 走り続ける足は、開いた傷口から容赦なく血液を吐き出し、痛覚へ限界を訴えている。

 歩く足跡は血の海へと変わり、何度も足を滑らせそうになる。

 知り尽くしていたはずの路地裏は、ゴールのない迷路のようだ。切れかけた街灯は、私を照らし長い影を作る。


 徐々に近づくもう一つの黒い影は、走ることもせずに、ゆっくりと私を追いかけている。

 そこには、一人の男がいた。不気味な邪気を纏ってはいるが、本人がその気になれば色事の相手には不自由のないであろう美男子であった。だがその眼光は人を寄せ付けない奇妙な色を含んでおり、長い髪がそれを隠している。

 教会で祈りを捧げる神父のような黒い外套を羽織り、一歩、また一歩と歩みを進める。

 男に向かって、私ははち切れんばかりの声で叫ぶ。

「……嫌だ、助けてくれ。私が悪かった」

 何度目かわからない懺悔は、僅かに空間に響くのみだ。

 脳に響き続けるのは純粋な感情ただ一つ。

 死にたくない。

 だが、慈悲のない狩人は追い詰めた獲物の言葉など意に介す風もない。


 いつだ、いつ間違えたのだ。


 左腕の上腕骨に刺さったままのガラス製の短剣は、流れるはずの血液を吸い込み、私の腕の機能を奪う。

 住人のいない廃屋の壁で身体を支える。壁の感覚すら消え、そのまま落ちてしまいそうだ。

 視界が暗色の赤から青へ、青から黄色へと点滅している。膝は震えを止めることすらままならない。

 粗雑で不揃いなタイルは一枚一枚が何か朧げな輪郭を模していく。幻であろうか、真白な無感情な顔へ変わっていく。どこかで見たことのある顔だ。よく見ると先に殺された四人の顔だった。彼らはケタケタと笑いながら徐々に私の眼前へと近づく。


 気分が悪い。ヤクが切れた時ですらこんな幻聴と嘔吐、脳の痺れに苛まれることはなかったのに。麻薬が切れたわけではない。これらが発作させているのは、純粋な”恐怖”。


「ォ……ヴォアァ”ぁあア”」


 胃酸が逆流し堪らず吐き出した吐瀉物に、ダラリと下げた左腕から垂れる赤い雫が、身体中から吹き出る体液が、瞼から零れ続ける涙が混ざる。痛覚は既になく、進んでいるという感覚すらない。異様な色調に変わるソレから必死に目をそらす。


 私はまた、歩き出す。

 何度も倒れながら、何度も吐きながら。決められた”死への結末(エンドロール)”に向かって進んでいく。

 胎内を蠕動(ぜんどう)する滑稽なモルヒネが人生の終末を嘲嗤う。

 諦観した可能性の模索は、どこへ置き忘れてしまったのか。


 軸のない身体は不安定な重心に逆らえず、覚束ない足取りは重い一歩をさらに縺れさせていく。

 まるで、糸の切れた操り人形のようだ。

 操る者のいなくなった人形(ガラクタ)は、解放感など微塵も見せることなく、ひたすら暗闇の中を這い逃げる。

 そもそも、操り人形であるというなら誰がこの糸を操っていたというのか。神であるというのなら、もう一度この糸を手繰り寄せてはくれないだろうか。

 背後から押し寄せてくる未曾有の化け物は、持ち主のいなくなった糸を、さも自らが紡いでいたかのように。一本も絡ませることなく簡素に確実に手繰り寄せてゆく。

 そして、私は理解した。そうだ……私の(いのち)は、既に男に握られている。

 彼は狩人でなく、私は獲物などではない。


 間違いない。男は、殺人鬼だ。それも、一度や二度人を殺したなどという手腕ではない。手練れだ。

 男が行なっているのは、ただ快楽のみを求めたシュミ的な行為だ。貴族が狩りを行うのと大差ない人狩りである。私はまんまと、その猟場に足を踏み込んだ。

 仕事を終えて部下と飲んでいた。酔った足取りで入り込んだ路地裏に、男は静かに佇んでいたのだ。その男に向かって何をしたのかは覚えてはいない。もしかすれば、何もしていないのかもしれない。

 無機質なその内に、殺人鬼という怪物を孕ませていた事を知った時には、既に部下が殺されていた。

 殺し(シュミ)標的(あそびどうぐ)に選ばれた私は逃げている。獲物を追いかけるのも快楽の範疇なのか。

 先刻人を四人も殺したというのに、男の目には何の感情も映ってはいない。静けさが(さざな)む湖畔のような目は、どこを視ているのだろう。そう思わせるほど虚ろな潤色をした瞳は、どこか違う世界を視ているような気がした。

 しかし、男の手に持つナイフには虚ろとはかけ離れた、現実的な赤い血液がこびり付いている。私より先に殺した四人の血だ。


 今まで、あの殺人鬼は何人の人間を殺してきたというのだろうか。人を殺してはいけないなどと言う確立された倫理観や道徳性といった概念が、私の中で音を立てて崩れ落ちてゆく。

 奴は狂っている。間違いなく(おか)しい。

 趣味(シュミ)で、人を、殺すのだ。


 ふと、昔。学生だった頃に覚えた一つの言葉を思い出す。

ーー殺人性愛(エロトフォノフィリア)

 精神医学の疾患に類する性嗜好異常(パラフィリア)の一つだ。米国の一概念だったが、まさか本当にいるなど思ってもいなかった。あれには社会通念、常識、価値観全てが私たちから逸脱している。

 私が所属しているファミリーに、”殺し”を楽しむ者など、一人としていない。


 あの男は、道徳心、倫理観、人類が生まれながらにして持っているはずの、モノを持っていない。あんなものは人ではない。怪異だ。怪物だ。化け物だ。

 化け物は四人殺し、さらに私へも殺戮を重ねようとしている。奴にとってこれはただの遊戯だ。当然のことなのだ。自らの欲望を満たす為の快楽的行為(あそび)なのだ。

 いつの間にか近づきすぎた、化け物の揺るぎのない足取りがそれを証明している。天を仰げば高い建造物の先に空が開け、月の光が満ちているというのに。私が進む道の先には出口もなければ、光もない。


 発しようとした赦しの請いは、喉に鉛でも詰まっているのか、震える唇で紡ぐことすらままならずに溜飲する。

 懼れ、慄きながら、私は振り返る。

 (うなじ)に銃を突き付けられる距離にいた、化け物(ソレ)の表情は。

 濃い影を落としながら、狂笑(わら)っていた。

 死ぬのだーーと。

 そう、知覚した。逃れられない、変わらない。

 もしも私が、ただの偏執病者で。この一連の全てが長い妄想(パラノイア)であるならば。

 そうであれば、嫌な現実(あくむ)を見たと、目覚め悪く廃屋の片隅で起き上がりながら、仲間と軽口を叩き合うのに。

 インドに人を轢き殺し極楽へ送るという神がいると言うが、もしかするとソレかも知れない。ならば、辻褄が合うというものだ。しかし、福音主義(プロテスタント)の教えに背き悪逆非道を続け、教会での懺悔と礼拝にすら通わなかった暴力団(マフィア)の下っ端が極楽など行けるはずもないか……。

 だがそれは、背後の化け物も同じだ。この地に生まれたからには、どこの宗派に属そうが個人的な殺人が認められる筈がない。必ずや神の天罰が下るだろう。

……しかし、人間如きの信仰すら超越した禍々しさを放つ殺人鬼は、煉獄の業火に焼かれようと絶えぬ心臓の拍動と脈打つ灰と共に復活するような。そんな夢想を禁じえない”何か”が全身から溢れ出している。


 再び私は、化け物と目があう。

 口を開け、何か意味の分からないことを言うと、ナイフを喉元に押しやる。死の宣告は、化け物が微笑を浮かべる口元と伝わってくる拍動、粗くなる息遣いが告げていた。

 冷たい刃物が、ひっそりと私の首元へ突きつけられる。その時には既に、全感覚が遮断され切り離され取り残されたのは視覚のみであった。

 化け物は当てがったナイフで皮を裂き、肉を抉り、脈を弄る。殺しを()らし、吟味するようナイフで私の喉を開き、裂いていく。そして、間も無くナイフを押し込んだ。

 軋む映写機は途切れ途切れに回転し、細切れのシーンを写す。私の視界はまるで、出来の悪い映画のようだ。一連のこの様相を視聴する者が居れば悪態と罵り、嫌悪に身を焦がす事だろう。

 趣味の悪い黒塗りの短剣(ナイフ)が赤く染まり、私の心臓から押し出された血液は壊れた蛇口(けいどうみゃく)が余す事なく暴発させる。黒い空が、赤い空に変わった。


 そして、何かを思う前に。

 視界に突然、黒い幕が降りた。





⌘  ⌘  ⌘  ⌘





 化け物は五つの死体を重ねた。

 血塗れの服を被せ、油瓶を開けて屍にかける。

 瓶を道端に捨てると、ゴミに紛れて闇に消えた。

 化け物は、懐から取り出したジッポーで静かに火をつける。小さな灯火は暗闇を照らした。

 それを死体に向ける。暫くすると油に発火し燃え上がる。燃えた(したい)から飛沫した脂が唇をギタつかせる。


 後始末(あとかたづけ)を終えた化け物の身体を、充溢感が駆け巡る。


 化け物は、殺し(あそび)の満足感を噛み締めながら。静かに夜の街へ消えていったーー。


こういった系統の作品をまた書きたい。拙作「メダリオンハーツ」の二章もこんな雰囲気ですので、気が向いたら是非。

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