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メッセージ・フォー・ユー

作者: 塚井理央

 穏やかな秋空の下をアマゾネスとヘラクレスが歩いていた。

 木の根に似た触手の先端から黄土色の液体をぶちゅぶちゅと噴出させながら、二人は公園の前の通りを歩いていた。街全体がひっそりとしていて、綿を千切って投げたような雲が高い空に浮かんでいる。

「アマゾネス、気持ちが良いね」

「ヘラクレス、気持ちが良いよ」

 ぷわぎゅるるッぷわぎゅるるるるッと微笑みながら、二人は散歩を満喫していた。お互いの触手を注連縄のように絡めながら、自宅に向かって進んでいた。しかし、急に不穏な気配を感じて立ち止まった。

「アマゾネス、何か聞こえないかい」

「ヘラクレス、何か聞こえているよ」

 緊張の糸を広げて警戒していると、どこからか空気を裂く音が聞こえた。アマゾネスがふと空を見上げると、鋭い光を放った何かが彼らの方に落下していた。

 二人はぎぃええッぎぃええええッと悲鳴を上げて逃げ出した。落下物のスピードは凄まじく、彼らは毛むくじゃらの足を懸命に動かし、五メートルほど進んだところで背中から轟音を浴びた。まるで大気に亀裂が走ったように空気が震え、周囲に砂埃が舞った。大きな音を立てて落ちたその物体は、二人のわずか数十センチ後ろの地面にめり込んでいた。尻餅をついていた二人は咳き込みながら、ゆっくりと立ち上がった。

「アマゾネス、大丈夫かい」

「ヘラクレス、大丈夫だよ」

 砂塵が晴れてくると、二人は落下地点へこわごわと歩み寄った。硬い地面に幾筋も亀裂が走り、その亀裂の集約点に鉄製の物体があった。何度か躊躇した後、ヘラクレスは思い切ってその物体に触れてみた。ヘラのような形の指で撫でてみると、表面は滑らかで光沢があった。

 少し力を込めると、その物体は簡単に地面から引き抜くことができた。鉄製の物体は長さが二十五センチほどの偏楕円形をしており、中身が空っぽなのか、とても軽かった。卵型の物体の胴回りには細い切れ込みがあり、卵の周りをぐるりと一周していた。このカプセルは何だろう、と二人は不思議に思い、顔に五つある鼻で匂いを嗅いだり、紫色の長い舌でカプセルを舐めてみた。そして舌が横向きの力を加えた時、カラカラと音を立ててカプセルの先端が回った。

 しばらく回していると、カプセルの先端部が外れて地面に落下した。カプセルの中にはA5サイズの紙が一枚、丁寧に折られて入っていた。二人は興味深げに触手を打ち鳴らしてから、紙に書かれた文章を読んでみた。


***


 こんにちは初体験。そもそも最初に、私の宇宙公用語は得意じゃないことをあなた知るべきです。

 手紙をこの持ったあなたは何の星の者生きるか。私は未知さっぱり。しかしながら例えば、手紙をこの持った貴様へ私を感情を伝えしたいほしい。

 私は青い星が来る。ところがどっこい私の星は母親はズダボロ。とんでもないズダボロで底辺なっています。完全に病気がビュンビュン飛んだ。病気が原因は分かるじゃない。だからズダボロなる不幸にも。私の集団が少ない時間経過の賜物は糞になるかもね。仕方がないである。ズダボロは運命であるからして僕は諸行無常。

 私の星の虫の息の前の、私の宇宙の跳躍の行きました。我が宇宙ビュンビュンさんは仲間が八匹乗りましていらした。ただし私の宇宙の乗り物の活力をズダボロで糞のエンドロール。自動的な人数の脱落者。ディナーと酸素は地面を這いつくばる。すなわち手紙を残留させる。こんにちは。

 手紙をこの持ったあなたが時は、私が惑星糞まみれだろう。パンデミック病原菌開催。死んでだろうこれ無量大数。

 しかしお願い申し上げますお前。脳味噌に傷を付けろメモリー。星は顔面蒼白、美しいでしたこと。星で上に生命ありました。星は私つまり人間が存在でした何よりもまず。

 私は微妙に、あなたに分かりますほしい。先祖、宇宙で人間があった。さらに星があった。分かりますかこの通り。私は感情へそれ一つです。こんにちは。


***


 アマゾネスとヘラクレスは最初、神妙な面持ちで文面を読んでいたが、フジツボに似た突起物の付いた肩をわなわなと震わせ、終いにはぴぃぎえええッぴぃぎえええええッと甲高い声を上げて笑った。要領を得ない文章が滑稽で、どうしても耐えられなかったのだ。アマゾネスは薄い鉄板のような膝を地面に突き、ヘラクレスは過呼吸のように肩を震わせて笑った。そして笑いの発作が収まると、ヘラクレスは触手の先端で手紙を散り散りに破いた。

「アマゾネス、これは宇宙規模のイタズラだね」

「ヘラクレス、これは宇宙規模のイタズラだよ」

 飛行機に乗っていた酔客が意味不明な文章を書き、偶然手元にあったカプセルに紙を詰めてからハッチを開けて外に放り投げたのだろうと彼らは推測した。細切れになった手紙はからっ風に巻き込まれて、公園の方に飛ばされた。どこまでも広がる秋の空の下で、ぴぃぎえええッという彼らの笑い声だけが、潮騒のように長い尾を引いて響いた。


***


 これは一体何だろう、と少年は首を捻った。

 アマゾネスとヘラクレスという宇宙人が、空から降ってきたカプセルを開けて、手紙を読む。そこには宇宙飛行士と思われる人物の手紙が残されており、二人はその手紙をイタズラだと一笑して破り捨て、笑いながら帰路に着く。

 少年はこの文章が書かれた紙を、放課後の学校の図書室で見つけた。宇宙の歴史に関する書物を探して本を捲っていたら、ページの間に挟まっていたのだ。

 荒唐無稽な内容だと少年は思った。だが、彼は宇宙飛行士の言葉が気がかりで、手紙を上から下に何度も読み返した。

 この宇宙飛行士の文章は滅茶苦茶ではあるが、単語の意味を考えることで、おおよそ推測できた。宇宙飛行士の暮らしていた星では病気が蔓延して、星が滅んでしまった。彼は宇宙船に乗って仲間と共に星から脱出した。しかしその生命も既にあと僅かで、ここに自分という人間がいたことを、この紙を見た人に伝えたかった。たぶんこのようなことが書かれていたのだろう、と彼は想像した。

「……でも、まあ、どうせ誰かが暇つぶしに書いた小説の類だろう」

 少年は紙を学生鞄に滑りこませて、本を棚に戻した。時計を見ると、そろそろ下校の時間だった。結局目的の本は見つからなかったな、と肩を落として、図書室の出口へと向かった。

 何気なく、少年は図書室の窓を見た。眩い光を放った何かが、夕日に濡れるグラウンドに向けて落下していた。



<了>

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